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晴々舞台  作者: 森屋鯨
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奇跡の貝殻

主要な登場人物

雨宮陸斗リク→有名私立大学進学志望。しかし、家は貧乏で学費を払えない。気象学オタク。

晴世茅乃カヤ→アイドル。不思議な体質(晴れの日→高校生、雨の日→幼子)を持つ少女。

霧島心咲ミサキ→強い眼鏡っ子、以上。

・木下雪→カヤと同じアイドルグループに所属する少女。最年長、十九歳。

・卯月夏樹→アイドルオタク。リクの親友。‥‥‥彼の名前に「天気」が入っていないのはなぜ?

 いったい何年が経ったのだろう。少年は()()を耳に当てつつ、思い返してみる。あぁ、と思わず涙が出てしまうほど、儚く、悲しく、かけがえのない日々と───その終わりを。


 その日は夏にしては涼しく、むさくるしさもないすっきりとした日だった。幼馴染である晴世茅乃に呼び出され、校舎の屋上にやってきた彼は彼女にさっそく告げられる。

「ねぇ、リク。ちょっと、目をとじてみて」

「なんだよカヤ。勿体ぶるなって‥‥‥大体、なんだよ話って‥‥‥」

 しぶしぶ言って従ってはいるが、彼の心情は歓喜と、期待に満ち溢れていた。なぜなら。

 ‥‥‥屋上にひとり、話があると呼び出される。これはあれしかない。

 ふにゃりと緩んでしまわぬよう、表情筋に力を込めながら、脳裏に彼女を思い浮かべる。

 サラサラなこげ茶の髪と、よく似あった鈴の髪ゴム。整った顔立ち。素養もあり、仕草のひとつひとつが女の子、な彼女。自分に気があるのではと勘付いたときから、そっけない態度をとってきていたが、いよいよだと思うと彼は溜まらなかった。

 そう、彼は彼女のことが好きだったのだ。ゆえに、告白が予想される状況に興奮していた。

 告白されるということは、彼女も自分が好きだということ。そんな当たり前のことさえ新鮮で、新定理でも発見したかのように、誰かに言いふらしたくなった。

 次に自分の肌、いや頬、まさか唇に触れるのは何なのか。温かくて柔らかいものなのか。反対に誰にも言いふらしたくないものを考えて、しかし、全てを考え終える前にそのときが来てしまった。

「ひっ‥‥‥」

 予想外の温度、そして思いもよらない場所にそれを当てられて、リクは男らしからぬだらしない叫びを漏らす。それは硬く、冷たい素材で、何の為か聴覚器官に押し当てられていた。

「いいよ、目、あけてみて」

 そして彼女の許しの言葉が出る。リクは瞼をゆっくりと開けた。

「これ‥‥‥」

 聴覚より先に入った視覚からの風景。あれほど色々考えていたのに、いざ大胆な行動に出られると反応に困ってしまう。音が全く聞こえず気づかなかったが、彼はいつの間にか念願の幼馴染と共に透明な傘の中にすっぽりと入っていたのだ。興奮する気持ちに少し蓋をすると、なるほど遅れて近くにほんのり甘い花の香りを感じられる。

 実感がついてくるにはまだ時間が必要だったが、彼は正真正銘の“相合傘”をしていた。

 “告白の予感”が急速に“告白の確信”へと変化を遂げる。

「あ。そうだ‥‥‥これってなんなの?」

 リクは、隣で自分の耳に手を伸ばしているカヤに訊いた。

 あと残されているのは耳元の違和感だけだが、彼は先程からさらに加速する拍動のために微弱な音を聞き取れずにいた。

「もう。これだから男の子は。耳赤いよ。ほら、深呼吸、深呼吸」

 それから子供の相手をするかの如く、カヤの吸って、吐いて、の言葉が続く。リクは敢えて、それとは反対に、逆らって深呼吸をしてみせた。

「聞こえる?」

「まだ」

「‥‥‥聞こえた?」

「うーん」

「‥‥‥‥まだ?」

「あ!?」

 途中から薄っすらと鳴り出したのは静かな波の音だった。なぜか、この冷たい物の中から、確かに聞こえてきたのだ。

 ‥‥‥なんだこれ、すごい。

 この大きさでは、蓄音機でもラジオでもない。ではなんだというのか。リクの乏しい知識ではその正体に辿り着くには時間がかかりそうだった。もっと難しい、複雑で、珍しいものを考え始めていた。

「‥‥‥これはただの貝殻」

 だから、その答えは衝撃で、きっと、数年たったあとでも忘れない瞬間になるだろうなとリクは思った。

「これ、リクにあげる。真っ白な、貝殻。綺麗でしょ」

「‥‥‥あ、ありがとう。普通の貝殻なのに、どうして‥‥‥‥」

「じゃあ、こう名付けることにする!」

「なに?」

 それが何であったか。思い出すことはリクには容易いことだった。何年経っても、きっと何十年経っても。


「“奇跡の貝殻って。なんか素敵じゃない?リクにいーっぱいの奇跡が訪れますように、って”」


 あの日の彼女の言葉を、リクはもういちど独りで呟いてみる。

 そして苦い思い出の最後のページを繰った。


「‥‥‥あのね、ずっと言いたかったんだけど‥‥‥わたし、リクが世界で一番好きなの」

「お、おれも‥‥‥カヤ、が‥‥‥‥」

 屋上にあがったばかりの頃はまだ陽が上の方にいたのに、長い長い思い出話に耽る間にもう下の方まで降りてきてしまっていた。外は烏の鳴き声と、茜色の夕日に包まれている。

「リク‥‥‥‥幸せになってね‥‥‥‥わたし、行ってくるね。願いのために」

 その言葉が消え切ってしまう前に、カヤは涙を拭いながら駆けだしていた。リクは何が起こったのかわからず、ただ呆然と立ち尽くす。

 キキィと錆びれた音を立てながら屋上の戸が閉まるのを、永遠にも感じられる時間の中で、ずっと見つめていた。





──────そして、その日から、カヤはリクの前から姿を消し、学校にも来なくなってしまった。








 





*随分前に書いたものをパソコンのデータから発掘したので、投稿しています。拙い表現、突飛な展開等々あると思いますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。後日、改めて再考、推敲し書き直したものを投稿する予定です。

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