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春~sunrise~

作者: 黒飴細工



 春。

 なんで、春というものは毎年訪れるのだろうか。

 私はこの季節が凄く嫌い。

 強制的な『別れ』という、心が引き裂かれる思いを、毎年のようにしているから。






「ごめんな、(こず)。お父さん、これが本当の本当に、最後の転勤になるから」

「…………」

「あなた、その話はもう沢山したでしょう。梢、もう積み込む荷物は無い?」

「……無いよ」

「そう。なら、車に乗りなさい」

 


 母さんのその言葉通りに私は新居へと向かう車の中に乗り、私の後に乗って来た父さんが運転する車の中で、私は曇ってしまった眼で車中の窓から色が全て灰色になってしまった景色を眺めるのであった。

 









 私の家は、所謂転勤族と呼ばれる家庭。

 小さい頃から転勤を繰り返して、住んでいる地区や学校が変わるのなんて、当たり前のような生活をしていた。

 けれど、中学に入学する際に父さんに言われたのは、今回が最後の転勤になるという言葉だった。


 私は喜んだ。

 これで転校などせずに、友達が作れると。


 それから中学の三年間は本当に父さんの転勤がなく、長く深く付き合える友達ができて。

 ――――――好きな人もできた。

 中学の生活はとても彩に満ちていて、明るく眩しいくらいに輝いている生活だった。

 楽しかった。とても。

 友達と新しく進む高校も、一緒の高校にしようと約束していた。

 その為の勉強も頑張った。



 






 


 けれど、中学三年生を終える直前、新年を明けた一月。

 父さんの新たな転勤が決まってしまったのだ。


 私は、父さんが『最後』と言ったはずの新たに転勤に怒りもしたし、悪あがきもした。

 せっかく親しみのできたこの場所に残れるようにと、父さんと母さんに私の一人暮らしを提案したり、なんなら一番親しくしてくれている友達が高校生活の間、自分の家で暮らさないかとも提案してくれた。


 しかし、私の意見なんて一つも通ることなく、全て母さんに拒否されてしまった。


 『一人暮らしなんてできるわけない』

 ――――母さんの言うとおり、私は今までの生活を母さんに支えられて生きて来て、突然の一人暮らしという生活で、すべての家事や学生生活を一人でこなせるかという不安がないわけがない。それに金銭面でも両親に迷惑をかけてしまう。

 バイトという手も考えたが、それも含めて全て一人でこなせるかなんて、まだ中学生の身の私には無茶があるのが嫌でも理解させられてしまう。

 『お友達のご家庭にご迷惑をかけることはできない』

 ――――これも母さんの言うとおり。何度か友達の家にはお泊りに行かせてもらったりした経験はあれど、高校の三年間という長い期間を私の我儘で友達のご両親や兄弟にご迷惑をかけてしまう。という、申し訳ない気持ちに三年もの間耐えていけるかと聞かれると、何も言えなくなる。

 なにより、私の両親は健在でこれからも私の生活を支えてくれるつもりなのだからなおさら。

 

 そして…………。

 『お願い、私達にあなたの傍で一番に支えるという権利をもう少しだけくれないかしら。これからの未来、あなたは私達の元を羽ばたいてしまう時は必ず来るのは分かっているの。だからこそ、これからの三年間はあなたが立派に一人で羽ばたいていけるように、あなたの一番近くであなたの力になりたいの』

 ――――――ずるい。こう言われてしまったら、頷くしかなかった。

 いつも私の事を一番に考えてくれて、何回もあった転勤の中で私の事を労わってくれて気を使ってくれたのは一番近くにいた両親で。

 そんな両親の元を離れることも、怖いと思ったのも、事実。

 







 こうして、新しく友達と一緒に行こうと決めていた高校ではない学校に決まった私は、新居地へと向かっているのであった。








 転勤の度に引越しをしているので、荷解き作業も慣れたもの。

 新しい住まいに慣れる暇もなく、過ぎていく日数の中で唯一、心に彩りをくれるのは中学でできた友達達のこまめな連絡だった。

 けれど、その中には中学でできた好きな人からの連絡はない。

 私は臆病だから、前に居た土地を離れる前に、好きな人に告白する事も、連絡先を聞く事すらもできずにこっちに来てしまったのだ。

 中学の友達もその事を知っているから、あえてその辺には触れないでいてくれているので、私はその優しさに甘えている。








 引越しから入学までの期間がとても短かったし、色んな事に慣れる為に慌ただしかったので、時が過ぎるのが早く。

 あっという間に1ヶ月が経ち、着る予定の無かった制服を着慣れるには十分の時間が過ぎてしまっていた。

 ここまでくれば、引っ越して良かったと少し思える余裕が一つだけできていて。

 それは何かと言うと、今通っている高校の制服がめちゃ可愛かったのが、唯一の良かった所だ。


 今は学校終わりの放課後。

 父の言葉を信じれば、これが最後の転勤のはずだし、今まで引っ越した先々で友達がいなかった事がない訳でもないので、一応新たな友人を作ってはいる。

 ………………一応。

 一応、というのは、父さんには本当に最後とは言われたものの、やはり再び転勤というのが来るかもしれないと疑ってしまっているからだ。

 また、この間みたいな絶望を味わうなら、狭く浅い付き合いをした方がマシだから。



「はぁ……」



 今私がいるのは、学校前にある花壇近くの、お昼を食べるのに人気のスポットで。

 とはいえお昼と違って今は放課後で、多くの人が帰ってるか部活をしているので、いるのは私くらいだ。

 私はぼーっと校庭で部活をしている生徒たちを見ながら、先程近くの自販機で買った紙パックジュースをチビチビと飲んでいた。

 私は帰宅部なので、いつもなら早々に友達と帰るのだが、今日はその友達が委員会活動で帰るのが少し遅くなると言うので、友達が委員会活動を終えるのを待っている。

 私だけ先に帰ろうかともその話を聞いた時すぐに思ったのだが、友達が……。


 

「と、言うことで! すぐ終わると思うから終わるまで待っててー!」

「え、いや、私、先に……って、おぅ。話聞かずに行っちゃった………………」



 と、学校終わりのホームルーム終わった直後の、帰る準備が出来上がっている私に、そう言い捨てて行ってしまったので仕方なくこうして時間を潰しながら友達を待っているのである。


 

「ちゅー……、教室、戻ろ」



 いつ友達が委員会活動を終えて帰ってくるかも分からないので、紙パックジュースの三分の一を飲んだ所で自分の教室に帰ることに。

 紙パックジュースのストローを咥えたまま、私は学校と第一体育館の横の渡り廊下から自分の教室へと戻ろうとした。


 

 ――――――その時。



「危ない!!!」



 その声は比較的近くから聞こえて、条件反射でその声がした方向を見てみると。



 何かが私に向かって勢いよく飛んできてて……。



「っ!! ……」



 驚きと恐怖とで思考と身体の動きが止まってしまった私は、無防備に突っ立ってることしか出来なくて。

 ――――もうすぐ自分に何かが当たる!

 そう思った瞬間。






 バシッ!!!!!!






「ヨッ!!」

「ぇ…………」



 目の前に現れた私より大きな体、暖かな髪色、そして――――。

 

 高く、高く。

 私に当たるであっただろうそれは、今は青い空の中にふわっと浮かび上がってて。

 浮かび上がるそれが、バレーボールだったんだ。

 と、認識できるくらいスローモーションで見えた。

 眩しいくらいに高く上がったそれは、吸い込まれるように私の前にいる男子生徒の手のひらに乗り、それを手にした男子生徒がくるりと振り返り私に言った。



「大丈夫? 怪我、ないよな?」

「ぁ、はい……」

「良かった!」

「っ、あ、ありがとうございます!」



 さっき眩しいと思えたバレーボールより、もっと眩しいと思えるくらいの大きな太陽のような笑顔を向けられて、声が詰まった。

 けど、振り絞って出てきたお礼の言葉は私が思っているより大きな声で恥ずかしさで顔が熱くなる。



「おー!! 朝日!! ナイスレシーブ!!」

「シャッス!! 遅れてすんません!」

「委員会だろ? しゃーねーって。早く着替えて来いよ!」

「ッス! すぐ行きます!」



 どうやら目の前の彼はバレー部らしい。

 だからあんなに綺麗にボールを操れたんだ。

 ぼーっと熱くなった顔を冷ましていると、先輩らしき人と挨拶の終わった彼はくるりと急に私に方へと振り返った。



「っ……!」

「じゃあ、俺部活行くから!」

「ぁ……、本当にありがとうございました!!」

「おう! またな!」



 そう言って走り去っていく大きな背中。

 しかし、引っかかることがある。



「………………またな???」

 


 その疑問を持ったまま、教室へ戻ると友達はもう委員会から帰って来ていて。



「あ! 梢! 帰っちゃったかと思ったよー」

「ごめんね、飲み物買ってて」

「って、どしたの? 梢。顔、赤いよ?」

「ぇっ! 嘘、まだ赤い?」

「うん。何かあったの?」

「………………ちょっとね、気にしないで」

「ふーん、帰ろっか!」

「うん」



 その日は寝る時まであのボールとあの笑顔の眩しさを忘れられなかった。











 そして次の日、私はいつも通りに学校に着いて自分の教室の席に着いて、毎朝恒例の読書をしようとした。



「しーばーさき!」

「わっ! …………ぁ、昨日の」



 なんと私と本を隔てて現れたのは、昨日私をボールから助けてくれた彼だった。



「昨日は怪我なくて良かったな!」

「…………同じ一年生だったの?」

「え!? 同じ一年だし、同じクラスだぜ!」

「ぇ、嘘、ほんと? ごめんなさい。知らなくて」

「くっはは! 本当に柴咲って周りにあんまり興味無いのな!」

「別に! ……そんな事ないけど………………」



 彼が大きく笑うと、昨日と同じ眩しいくらいで。

 その笑顔を見ると、なんでか顔が熱くなるのが嫌でも分かる。

 そして…………。



「俺、朝日翔! これからよろしくな!」



 彼から差し出された手に思わずそっと手を伸ばすと、向こうから攫われるかのように手をぎゅっと握られた。


 その瞬間。


 ぶわっと、私の周りが色付き、聞こえてなかった音や匂い、温かい彼の手の感触がはっきりとしていった。



「よ、よろしく」











 それが、私のかけがえのない出会いの始まりになったのだ。









 *********


(あー! 朝日! なに梢の手握ってんのよ変態!)

(はぁ!? 挨拶で握手しただけで変態扱いかよ!)

(私の可愛い梢が穢れるわ! 離しなさいよ!)

(なんだとー! じゃあ離さん!!)

(どういう事よ! 離しなさいよ!!)

(…………あの、二人とも、みんな見てるからやめて…………)



 





 

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