割と本当に美味しかった
キルが王城に呼び出され、父からの探りを躱してから1週間が経った。まだカイの魔道具が出来上がっていないため、あれから勝手に城外へ出ることはしていない。
今日は午後に何も予定がなかったため、キルは1度家に帰り転移で王子の部屋に来た。
陛下と宰相と話した時から、転移魔法を使うのを身内の前では自重していない。魔法師団が侵入阻止用の新しい結界魔法を考案しているので、それが出来上がるまでは堂々と王城内でも使えるのだ。使えなくなる時には報せてもらうようちゃんと話も通してある。
「いらっしゃいライン。お茶飲む?」
「はい、いただきます。」
カイがベルを鳴らすとすぐにメイドが現れた。お茶と茶菓子を置き、綺麗に一礼する。
その間、キルは彼女のことをじっと眺めていた。
「あの、なにかご用事でしょうか?」
「……。」
「ライン?」
「いえ、なんでもありません。」
メイドは不安そうな顔をしていたが、カイが手を振って退出を促すとそれに従い出ていった。
「彼女は?」
「気になるの?1ヶ月くらい前に入った新しい人だよ。」
「誰の紹介ですか?」
「ナンイ伯爵だったかな。」
ふわふわと笑いながらカイがお茶のカップに手をつける。飲み込んで喉がこくりとなるのを考え込みながら見ていると、王子が、ふっとカップを見つめて首を傾げた。
「どうされましたか?」
「ううん。ねぇねぇ、この紅茶すごく美味しいよ。飲んでみて。」
ニコッと笑い、自分の飲んだカップをそのまま差し出す。もうひとつキルのために入れられたものがあるにも関わらず。
素直にそれを受け取り、表面を揺らし香りを楽しむ。
種類が違うのか、普段飲んでいるお茶よりも少し色の濃いそれは、砂糖は入れていないが遠くで甘い匂いがした。
「ありがたく頂きます。」
カップの8割程残っていた全てを、一気にあおった。味わうように目を閉じて飲み干した後、キルは普段滅多に見せないような笑顔を見せた。全てが計算された完璧な作り笑いである。
「確かに、とても美味しいですね。」
「でしょ?」
「どうやったらこの安いものを、ここまで美味しくできるのかぜひ教えてもらいたいです。」
キルの返事の直後、カイが唐突に俯いた。肩が僅かに震えている。気づいたキルがすぐさま駆け寄る。
「大丈夫で――」
「ふ、ふふふっ。あははっもうダメ!キル、素が出ちゃってるし。確かに安物だけどっ、あははは!」
体をくの字に折り曲げ思いっきり笑う。それを見て呆れたようにため息をつき、カイの額を軽く叩いた。
「びっくりさせるな。」
「だって、キルがすごい綺麗な笑顔で言うんだもの。」
未だ笑いが収まらないようで苦しそうに言葉を続ける。
「それに、どうせ君はわかってたでしょ?」
「そりゃ、これぐらいの毒お前には問題ないのはわかってるけどな。解毒も必要ないだろ?」
「もちろん。なんなら、スパイスとして美味しくしてくれてるから感謝だね。普通の人なら倒れちゃうけど。」
「……どっちかって言うと、問題なのはその性格がバレることだよ。もし俺が焦って魔法失敗して、見張りに変な幻覚見せたらどうする。」
「あぁ、やっぱり今も見張りついてるんだ。ゼルさん?」
「いや、兄上じゃない。この感じは他の組織の人だな。今は魔法で誤魔化してる。」
王子ともなれば、暗殺の危険はいつも付きまとう。だから、幼いうちから少しづつ毒を摂取し慣れさせるのだ。薬としては効果を持つが、多く取っても死に至るほどにはならないぐらいの身体になっている。
キルに至っては、時々夕飯に毒が混じっている。幼い時に度々寝込んだ原因が毒だったと知ったのは、だいぶ後になってからだった。
また、カイもキルも人前で素を出すことは絶対にしない。常に猫をかぶり続け、素になるのはお互いの前だけ。そうした方が色々な場面で楽だからずっと続けている。
「ふーん、どれくらい持つ?」
「俺の魔力がある限り。」
「じゃあ、いっか。君、魔力量も化け物並みだしね。」
「でも面倒くさい。俺にだって楽させろ。魔道具はどれくらいで出来そうか?」
「うーん、あとは微調整だけだから2日もあれば出来ると思うよ。」
今カイが作っている魔道具は、対象に動く幻覚を見せるというものだ。これまで、幻覚を見せる魔道具というのは存在しなかった。
そもそも、幻覚の魔法は高度で使える人が少ない。本物と見間違うほど精巧に作ろうとすれば、とても細かく魔法陣で指定しなければいけないのだ。それにはやはり、繊細な魔力操作が求められる。
カイはキルの魔力量を化け物並みと言うが、そんな代物を一週間そこらで作ってしまうカイも十分に規格外だ。
2人とも自覚があった上で気にしていない。
「なら出来たら、ナンイ伯爵を探り始めるか。どうせ自分で動きたいんだろ?」
「ふふ、よくわかってる。面白いことを人任せなんて勿体ないからね。今度こそ後ろにいる人物の証拠があるといいんだけど。」
「だな。この味、こないだの隣国の麻薬に近いよな?」
「恐らくね。まったく、僕を殺したとこで何も変わらないのにね。」
ふたりがリラックスして話している最中、唐突にキルが姿勢を正した。数秒後、ドアがノックされる。入ってきたのは、子供の頃から仕えてくれているベテランの侍女だった。
「どうしたの?」
「魔法師団長様からクロムカイト殿下とキルクライン•ドクルハイト様とお話したいとの連絡がございましたが、いかが致しましょう?」
「ユリウスさんが?うんいいよ、この部屋に来てもらうように伝えれる?」
この度は作品を読んで頂きありがとうございます。
面白い、続きが読みたい、と思ったら、ブックマーク、評価等で反応してくれると嬉しいです。