会長もしばらく動けなかった
王立学園。それは、全ての貴族と、優秀だと認められた一部の平民が入学することができる学園である。
未来ある子供たちのために、ありとあらゆる設備が整えられ、生徒は皆平等の精神のもと全ての生徒が使用可能となっている。
朝、学園の門には豪華な馬車が次々と横づけられていく。優雅に降りてくる貴族らは、しかし皆シンプルな同じ服を着ていた。その横を同様に制服を着た平民の生徒が歩いていく。
和やかに朝の挨拶をし合う生徒たちにまぎれ、キルは何もせずただ端の方で待機する。その周りを何人もの生徒が囲んで話しかけるも、キルは無反応を貫いていた。
入学して1週間、それはもはや見慣れた光景になっていた。多くの生徒が侯爵子息で将来有望なキルと縁を得ようと群がってるのだ。
しかし、何をしても受け流す彼に、群がるのをやめた生徒も多い。今でも残っているのはそれでもめげない強い心の持ち主か、何も理解してない愚者かのどちらかだろう。いや、どちらもか。
「あの、キルクライン様。」
「はい。」
初めて聞く声に、声をかけられた方をキルが振り向くと、1人の女子生徒がいた。キルは話したことの無い生徒だ。
まだ初々しさの抜けない新入生とは違う落ち着いた雰囲気に、上級生だと判断する。緊張しているのか少し顔が強ばっている。
「どうかしましたか?」
「わたくし、生徒会長のナターシャ・ホメストーニと申します。ここは皆様が通る道ですが、何をなさっているのか教えて頂いても?」
「側近としての仕事ですが。」
すぐに返ってきた言葉にナターシャの表情がが少し苦いものに変わる。視線を彷徨わせ数瞬迷っていたが、覚悟を決めた様に真っ直ぐキルを見つめて言った。
「その、側近として常に主人のそばにいようという姿勢はとても尊敬いたします。
ですが、あなたの周りにいる彼らは、あなたと第2王子殿下の教室までついて行くため授業に遅れ、先生方に迷惑をかけているのです。どうか、ここで待つのをやめていただけませんか?」
「それは私ではなく彼らに言うべきではないですか。」
ちらりと群がっている周囲を見る。不思議そうに首を傾げるものと、堂々と胸を張っているもの。態度は大きく二つに分かれていた。
「何度も先生や私の方からも注意はしたのですが……。ここはあくまで学ぶ場所だと言っても聴かず。」
「なるほど。……では、彼らが迷惑をかけなければいいのですね?」
「え? まぁ、はい。あなた自身は授業にも遅れず模範的な過ごし方をしていると聞いています。」
周囲の注意された本人らを置いて会話が進む。
そこへ、王家の家紋のついた一際豪奢な馬車が静かにやってきた。
「では、そちらは私の方で対処しておきますので、失礼します。」
「はい?ちょっとっ!」
ナターシャに軽く会釈をした後、何も理解してないさそうなもの達を軽く殺気を込めて睨む。その凍てつくような視線に誰もが動きを止めた。
御者の手により馬車の扉が開けられ、カイが姿を表すと音もなくキルが歩み寄った。それに着いこられる生徒は一人もいない。
「おはようございます、クロム様。」
「おはよう、ライン。」
挨拶を交わすと、二人は校舎に向かって歩き出した。しかし、まだ少しも歩かないうちにカイが足を止めた。
「どうされましたか?」
「この花、昨日は咲いてなかったなって。綺麗だね。」
「そうですね。学園にある花壇は全て、毎日庭師が手入れをしているようです。」
「職人の技術はすごいなぁ。」
ゆったりとした声は聞くものの気持ちを和ませる。一国の王子と側近候補がする会話としてはなんとも平和なものである。
そんな2人横を通っていく他の生徒は、直接は話しかけず、それぞれの友人たちとこっそり会話する。
「クロムカイト殿下の周りは相変わらず平和だな。」
「あぁ。見ているこっちまでほっこりする。」
「それが殿下の良さだよな。」
クロムカイトは、その容姿と性格から“ゆるふわ王子”と呼ばれ、周りから愛されていた。
いつでもニコニコしていて、争いを好まず、少し空気は読めないが、王子が持つ幸せそうな雰囲気に周りの誰もがそれを許してしまう。
大人からは後継争いが起きる心配がなくていいと放置され、同世代からは親しみやすい王子として人気があった。
「キルクライン様、今日もかっこいいですわね。」
「あの優しい眼差しを私にも向けていただけたら……。」
「あれを唯一向けてもらえるクロムカイト殿下が羨ましいですわ。」
一方、キルクラインは王子にだけ親愛の情を向けることで有名だ。基本的無表情で、整った顔立ち故に冷たい印象を与えやすい。話す時も淡々としていて感情がこもらない。
しかし、王子と一緒にいるときに話せば、そのイメージが少し変わる。王子に語りかける時は目元がほんの少し緩み、雰囲気も柔らかくなる。王子の意見をほとんど否定しないが、間違えた時はやんわりとさとす。
王子を常に1番に行動するその姿は、将来忠臣になると確信させるに十分であった。
「今日もラインは人気者だね。仲良くしないの?」
「元々の性格ですので。」
「ふふ、うん知ってた。」
「はい。ところで本日の予定ですが、放課後陛下から執務室に来るようにとのことです。私も一緒に呼び出しを受けています。」
「そういえば、今日だったっけ。何言われるのかな?」
「私も伺っておりません。」
「そっか。」
なんだろうね、とにこにこして言いながら再び進み始める。すぐに話題は代わり、そのまま教室まで2人は歩いていった。
しかし、いつも周りに大勢いる生徒がいないことが話題に上がることは1度もなかったのだった。
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