ただの同族嫌悪
「1年生諸君!入学から1ヶ月がたった!そろそろ学園生活にも慣れてきた頃だろう!」
教壇に立ち廊下にも響くような大声でそういうのは、キルたちの担任、ハリー・シャインベル。建国から続く公爵家の次男、つまりゴテスの弟である。現騎士団長のユリウスと同じ程度の剣の技術を持ちながら学園の教師をやっているという変わり者として有名だ。幸か不幸か、面倒見がよく贔屓をしないこの教員は今のところキルとカイのことも他の生徒と同様に扱っている。
「これから2ヶ月後、合同合宿がある!知っている生徒も多いだろうが、今日はその詳細を説明する!」
新入生の入学から1ヶ月しか経たないうちから準備が始まる合同合宿。名目としては"集団で行動し素早く連携を取れるようになることを目的とした成長の機会"とされている。
まだ幼さの残るこの年で強制的に違う学年の生徒と協力させることで、人見知りしないようにさせようということだ。まだ将来が決まってない者も多いが、たとえどんな職につこうと人との関わりを断つことは出来ない。
しかし、それらも重要ではあるがあくまで建前。そもそも、この学園には幼少期より鍛えられた貴族と優秀な平民しかいないのだ。そんな彼らが問題になるほどコミュニケーション能力が欠如しているわけが無い。たとえ人見知りな生徒がいたとしても学園に入学している以上、そのハンデを凌駕する程の他の才能があるだろうことを考えれば、本来の目的が別にところにあることは言うまでもないだろう。
「まず、諸君には行先の希望を出してもらう!手元資料に候補地の一覧と各地で行う予定が大まかに載っている!それを見て、明日までに希望調査書を提出するように!本日はこれで終わりとする!解散!」
ハリーの号令と共に生徒たちがバラバラと席をたち始め、一気に教室が騒がしくなる。キルもサッと帰りの準備を済ませるとカイに歩み寄った。
「ライン、合宿だって。どうなるんだろう、楽しみだね。」
「はい。」
「そうだ、今日は合宿のために図書室でちょっと調べ物しようよ。」
「かしこまりました。では、個室が空いているか確認してきますので、少しお待ちください。」
王立学園にある図書室は、王国内でも1位2位を争う蔵書数を誇る。学園に在籍するものなら何時でも利用することができ、中には集中して勉強するための個室も完備されている。小声での会話ができるそこを使うために、キルが確認に教室を出ていくと、まだ机に座っているカイに1人のクラスメイトが近づいてきた。
「殿下はどこに行くか決まっていますか? 」
声をかけてきたのは人懐っこい笑顔を浮かべた男子生徒だった。彼はとある商会の長男で、大人になったら親の後を継いで商会を大きくしたいと学園に通っているそうだ。
王立学園は国中で最もレベルの高い学び場と言われている。貴族は入学の義務があり試験も免除されるため一概には言えないが、競争率の高い試験をくぐり抜けて入学した平民は必ずそれ相応の高い能力を持っている。だからこそ、学園のレベルを維持できているとも言える。
しかし、貴族の中には、国が誇る最高教育機関に平民が入るなど許されてはならないという選民思想の者も少なくない。よって、同じクラスでありながら身分の差によって壁ができるというのは避けられないことであった。
「ユガロ君、まだ決まってないよ。これから調べて決めようかなぁって。」
「そうなんですね!どこも違う良さがあって楽しそうですもんね。」
――このクラスに限っては全くといっていいほど当てはまらないが。
入学、クラス編成から1ヶ月、王子という身分制度の頂点がいるある意味1番危険なクラスは、反対に平民と貴族の仲が良い珍しいクラスになっていた。
選民思想の者が全くいなかったわけではないだろうが、そういう者ほど最高権力者には逆らえないものなのだ。カイが身分の差を全く気にせず平民に話しかければ、自分もそれにならうしかあるまい。カイに意見しようとした者もいたが、カイの澄んだ瞳とキルの冷めた視線に実行に移すことはできなかった。
「避暑地になってる何ヶ所かは僕も行ったことがあるんだけど、とっても綺麗なところだったよ。僕らが行く時期ならちょうど良いかもしれないね。」
「うわぁー、いいですねー。迷っちゃいますね。おすすめはありますか?」
「うーん、どこも本当にいい所だしなあ。」
いくら壁がないと言っても、一国の王子に平民が声をかけるなどなかなかできることでは無い。これほど気軽に会話ができるのはユガロくらいのものだ。
だから、今教室にいるほぼ全ての生徒が彼らの会話に密かに耳を傾けていた。もし、王子の希望先が分かれば一緒に合宿に行くことが出来るかもしれない、王子とお近付きになるチャンスだ。
「あそこがいいかもしれない。たしか――」
「クロム様、図書室の個室が準備出来ました。」
「ッドクルハイト様!」
「あ、ライン、おかえり。よかった、空いてたんだね。ありがとう。じゃあ、ユガロ君、僕たちはこれで。また明日ね。」
「はい、さようなら。」
にこやかにそう言うと、カイはキルを連れて教室から出ていってしまった。教室に残った生徒たちは、結局王子から具体的な地名を聞き出せなかったことに肩を落とす。避暑地というヒントだけを元に王子の希望を推測することになったのだった。
「まったく、俺がもうちょい遅かったらどうするつもりだったんだよ。」
「キルの歩く速度ぐらい計算してるに決まってるじゃないか。」
図書室の個室の中、周囲に声が漏れないことを確認すると2人は素に戻って話し始める。部屋の中にはシンプルな勉強机とその上にお茶をするためのセットが置いてあった。水分は本の天敵だが、この部屋の中でだけなら許されているのだ。ここには侍女もいないので、キルが2人分のお茶をカップに注ぐ。
「それにしても、あの雰囲気に騙されそうになるけどユガロ君も策士だよね。あんな堂々と聞いてくるなんて。」
「まあ、王子に取り入りたいって気持ちを隠しつつ、お前の行き先を聞き取ろうとしてたからな。けど、俺が邪魔した時に睨んでくるようじゃまだまだだろ。ゆるふわ王子なら簡単に話してくれると思ったんだろうが。」
キルたちのクラスで、カイとユガロは癒し担当だと言っていいだろう。タイプは違うが2人ともいかにも平和そうな雰囲気を出している。そんな彼らが人を利用しようとしているなんて、ほとんどの人が思ってもいないだろう。
「お前がそんな角が立つ様なこと言うわけが無いのにな。」
「それはね、そういう風にしてるんだもの。王子におすすめの地と紹介された領地が、貴族たちにどう思われるか考えられる。そんな第2王子は必要ないんだよ。」
領地の評価は、そこを管理する貴族の評価。学園内の会話の影響力などたかがしれているが、それが悪い方向に向かない可能性はゼロじゃない。些細なことでも軋轢に繋がるのが政治の世界で、貴族の世界だ。それを理解しているカイは、迂闊にどこかの領地を具体的に褒めることはしないのだ。
「そう簡単に僕を利用出来ると思っちゃいけない。」
「お前、あいつのこと実は嫌いだろ。」
「さあ? 」
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