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風呂ぐらいひとりで入れるから、入ってくんじゃねぇ!

「まったく、上手いこと言うものだね。」

「えぇ、本当に恐ろしい子たちですよ。」


 数個の机がコの字型に並べられた部屋の中、そのひとつに座っているハイネが書類に目を落としながらぽつりとこぼす。この部屋は本来、商会における幹部、各部門の長たちが仕事をするために作られた部屋だ。数ある店舗のうち最初に作られ、最も大きい店舗であるアスライト王都店には、その最上階に本部が置いてあるのだ。

 当然、会長であるハイネ以外のための机がいくつか置いてあるのだが、今はこの部屋には1人もいない。世界をまたにかけるほどに大きくなったエスコーツ商会の幹部ともなると、本部から指示を出すだけでは追いつかなくなってしまったのだ。

 そうでなくとも、会長が自ら集めた人材は皆、癖が強くじっとしていられない者が多いのも、本部が空になる原因の一つだろう。


「家族に恵まれない過酷な環境の中で育ってきた子たちに効く言葉というのをよくわかっています。どう生きていたら、あの歳の貴族の子供があんなことを考えるようになるんでしょうね、想像もつきませんよ。」

「確かに、今まで見てきたどんな子供とも、大人とも違う。突然雇って欲しい者がいると言ってきた時は、どうしたものかと思ったが、面白くなりそうだ。」


 キルとカイは橙色の百合の拠点を訪ねる前、朝と昼の間くらいの時間、お忍びとしてこの商会にやってきていた。お忍びと言っても、転移魔法についてバレてから何度も念を押されたので、今回は私服に着替えた騎士が護衛として付いている。


 商会に入ってすぐ、キルとカイを見つけた店員が慣れたように店長の元へ案内し始めたことに、騎士がどれだけ驚いたかは言うまでもないだろう。

 騎士には悪いと思いながら、カイは、店長に秘密の話を聞かせてもらうから入らないでくれ、と全力で子供らしい表情で訴え、騎士を部屋から追い出した。その後は、店長に軽く事の顛末を説明すると、キルの魔法で事前に調べていた橙色の百合までリナウたちを迎えに行ったのだ。


「まさか我々の商会を部下の育成に使うなんて。世界広しと言えども彼らくらいでしょう、あんなことを言うのは。」

「本来の商会の形としては正しいのだけどね。」


 ハイネの言う通り、貴族が部下や子息を大きな商会に預けるというのは珍しい話ではない。貴族と言っても家を継ぐ長男以外は、将来自立するために職を探す必要があるからだ。

 騎士や魔法士と並んで次男三男の将来の選択肢として挙がるのが、王が政治をするための手となり足となる存在、王宮文官だ。内務省や外務省、財務省などその分野は多岐にわたるが、そのうちの何処に配属されるかはなってからしか分からない。そのため、王宮文官の採用試験に受かるためには、どこに配属されても困らない程度の能力が要求される。


 そして、商会が大きくなるには、市民が求めるものを敏感に感じ取り、必要な資材を他国から輸入、できた商品を輸出することで外貨を稼ぎ、どれだけの利益を上げられるかを計算することが出来なければならない。さらに国内外の貴族との伝手も必要になるだろう。つまり、大きな商会にはそれらを教えるためのノウハウが揃っているということ。そのため、王宮文官を目指す貴族が、一度商会に所属することでそれらを学ぼうとするのだ。


「この商会を普通でなくしたのは会長ですよ。これまでどれだけ貴族が訪ねてきても突っぱねてましたよね。そんなに貴族が嫌いですか?」

「私は別に貴族が嫌いだから貴族に関わらないのではないんだよ、バオ君。」

「なら何故です? 」

「市民の生活を豊かにするためには、一度貴族、というより政治の場から離れる必要があると思ったからさ。」


 手元で行っていた仕事が終わったのか、書類の端を揃えてバオに渡す。それを受け取り素早く目を通して内容を確認していく。

 幹部の1人を呼び戻す旨が書かれた書類に、また何かをやらかすつもりか、と好奇心がうずいた。何をするつもりなのか教えて貰えないだろうか、いや多分ダメだな、などと思いつつ、会話の中で湧いた疑問をハイネに直球でぶつける。


「クロム様とライン様も貴族、しかもかなり爵位が高い家ですけどいいんですか?」

「彼らはまだ子供じゃないか。まだ政治に関わるような歳ではないよ。」

「それ、本気で言ってます? 」

「さあね。」


 静かに口端を上げたハイネは、何か思惑があっての事なのだろう。彼の眼は何時だっていくつも先の未来を見ているのだから。


「この書類もあの子たちのためですよね。」

「そうだね。いくら良いように利用されているとわかっていても、この商会が育てたと言うのに半端な人材を渡す訳にはいかない。商会のブランドが落ちてしまう。」

「それで、ペネディク様ですか。確かに、ストリートで育った子供たちを貴族の部下にふさわしい人物にたった3年で仕上げろ、なんて言う無茶に応えられるのはあの人ぐらいかもしれません。」


 カイがハイネたちに頼んだのは、リナウたちを一時的に雇い入れること。カイはリナウたちを雇うと決めたわけだが、これまでろくに教えて貰ったことも無い彼らは、読み書き計算すら覚束無い。

 だからと言って、カイとキルが一から教えることは時間的にも周りの環境的にも不可能だ。何処で見つけたのかと聞かれたらどう答えるか、という問題もある。注意されて早々にまた城を抜け出していたなどとバレたら、今度こそ許されないだろう。

 そこで、間に商会を挟むことで、2人はエスコーツ商会の従業員を引き抜いただけ、という形を作ることにしたのだ。リナウたちとの初邂逅を隠すついでに、レベルの高い教育も受けさせられて一石二鳥というわけだ。


「そういえば、週に2、3回はライン君が直接指導をすると言っていたけれど、君はどう思う? 」

「十中八九、教えるのは戦闘技術でしょう。しかも、どちらかと言うと暗殺術寄りの。」

「やはりか。雰囲気がそちら方面の者たちと似ているとは思っていたが……。」

「ええ、ライン様の視線や足の運び方、気配の薄さはそういうものたち特有のものです。ただ、詰めが甘いところも見受けられます。あの子がどういった鍛錬をしているか分かりませんが、これを機に支障のない程度に指導してあげるのも面白いかもしれませんね。」


 ニヤリとして早速どんな修行をしてやろうか、と画策し始める。どんな無茶振りをするつもりなのか、僅かに威圧感を放ち始めていた。


「やり過ぎないように気を付けなさい。まだ子供なんだ、竜殺しとも言われた君と比べちゃいけないよ。」

「わかっていますよ。」


 とその時、下の方の階からドタドタという音がいくつも響き、待ちなさーいという弱々しい声が僅かに聞こえてきた。


「この音は……。」

「彼らは今、仮眠室にあるお風呂に入れさせていたはずだが。何をやっているのやら。」

「さあ。なんにせよ、これから此処も騒がしくなりそうですね。」

「そうだな。」


この度は作品を読んで頂きありがとうございます。

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