家庭教師の教育の賜物
「はあ、まったく、最近の貴族の子供はみんなアンタたちみたいなのかい? 」
「ふふ、僕たちにとっては至って普通のことだけど、一般的でない自覚はあるつもりだよ。」
いかにも貴族の坊ちゃんという、見た目をした二人からもたらされた衝撃的な考察に固まりかけた空気を、シエラはため息を着くことで散らす。
一方で返された自らの異常を認める言葉には、なぜそんなに堂々としているのか、もはや呆れるしかない。デインに至っては、部屋着で路地裏にいるヤツらだしな、という謎の納得の仕方をしていた。
「アンタらの頭がバグってんのはわかったよ。まぁ、こっちとしてはちゃんと対価を用意してくれたんだから文句は無いけどね。」
「だったら、早く教えろ。依頼人はどいつだ。」
「アンタらはくじ運がいいみたいだね。アンタらの予想通り、依頼人はスヴェン•ヴェラット公爵だよ。」
「なるほど。」
シエラからもたらされた回答に、カイは一言だけ返すと優雅に机上のカップを持ち上げ、ゆっくりと口に含んだ。その仕草はあまりに洗練されていて、一瞬ここが闇組織の拠点だということを忘れさせた。
だが、一切の動揺を見せないどころか、呆れてそれを壊す存在がここにひとり。
「おい、カイ、癖出てるぞ。」
カイがカップを机に戻したタイミングを見計らい、軽く額を叩く。その衝撃と音で彼の思考が現実まで戻ってくると、動きもやや軽いものへと変化した。
「ふふ、またやっちゃったよ。ごめんごめん。」
「く、癖? 」
「こいつは考え事に集中するとすぐ動きに出るんだよ。無意識に行動を効率化しようとして、無駄な動きがなくなるっていう癖。周りが困惑するから治せって。」
「僕もできることならそうしたいけどね。なかなか難しくって。」
そう言うとカイは困ったように笑った。やはりその動作も充分貴族らしい洗練されたものではあるものの、先程のような思わず視線が釘付けになるほどではなかった。
貴族のマナーの見本のような動きが治すべき癖とされているのを、他のものが聞いたら冗談か見栄を張っていると思うだろう。だが、キルとカイは本気でそれを治すべきと考えている。マナーを極めることになんの意義も見出さず、相手を警戒させてしまうだけと思っているからだ。
圧倒され固まっていたシエラとデインも、2人が会話しているうちに現実まで戻って来ると、それた話題を修正するため口を開いた。
「それで、お前は何をそんなに集中して考えてたのか教えてくれんのか?まあ、依頼人の追い詰め方に決まってるけど。」
「そうだね。もちろん、ヴェラット公爵への対処の仕方についても考えてたよ。」
「対処の仕方についても?他に今考えるべきことなんかあったか?」
「物事っていうのは連動しているものだからね。ま、それは僕らが知っていればいいことで、君たちとはあまり関係ない事だよ。それよりその依頼書とか貰うことはできる?」
「ああ、ただし後でそれは処分してもらっていいかい?うちの悪評が立つのは遠慮したいんでね。」
乱雑に放り投げられた紙束の中を早速確認する。パラパラと斜め読みして大体の内容を把握すると、そのまま隣にそれを渡した。
「この件に関して君たちが話題に出ることはないと約束するよ。」
「そりゃよかった。それじゃ、あとは――」
その時、人払いして締め切ってあった扉が小さな音を立てて開けられた。4人が一斉に振り向くと、そこに現れた影はびくりと震え扉の外に隠れてしまった。
「誰だい、誰も入れるなって言っといたはずだけど。」
「ご、ごめんなさい。」
恐る恐るといった風に顔を出したのは、ガリガリに痩せた赤毛の少年だった。
「なんだ、サックかい。今はお客さんの相手をしてるんだ、用事は後にしな。」
「ボスさん、でもオレその人たちにどうしても言いたいことがあるんだ。」
「僕たちに? 」
「うん。」
カイはサッと立ち上がると、サックと呼ばれた少年の前まで歩み寄りしゃがんで視線を合わせた。サックは一瞬怯えたように後ろに下がりかけたが、なんとか思いとどまると真っ直ぐにカイの目を見つめてここに来た目的を果たそうと口を開く。
「あのね、オレたちをあそこから連れ出してくれてありがとう。リナウ兄ちゃんは信用出来ないって言うけど、オレはあそこから出られて嬉しかったよ。だから、お礼を言いたくて。」
「そうだったんだね。君たちの助けになれて良かったよ。そんな君たちのこれからの事を話したいから、一番年が大きい子を呼んできてもらってもいいかな。」
「分かった!じゃあ、 リナウ兄ちゃんを呼んでくるね!」
そう言うやいなや、急がなくて大丈夫と伝える間もなくサックは扉を開け放して駆け出して行ってしまった。
「ふふ、元気そうだね。良かった。」
「元気すぎて困ってるぐらいだ。結局あいつらのことはどうするつもりなんだ。いつまでもうちで預かる訳にはいかねぇからな。」
「分かってるよ。いくつか案はあるけど、まずは話を聞かないとね。」
再び席に戻って話していると、ドタバタと廊下を駆ける音が部屋まで響いてきた。音はどんどん近づいてきて、ついにすぐそこまで来た時、今度は勢いよく扉が開いた。
「兄ちゃん、連れてきたよ!」
「サック、急になんだよ。呼んでるって誰が!」
サックが手を引いて連れてきたのは、彼らを救出した時一番に周りの子供を守り、キルとカイを最も警戒して見せた少年だった。
「僕が呼んでもらったんだ。君たちの今後について話すためにね。」
「お前ら、あの時の!」
「ふふ、あの後いい子にしてたかな?」
「……あそこから出してくれてことは感謝してる。だけど、お前ら貴族だろ。しかもこんなとこに俺らを預けられるぐらいにはやべぇな。」
少年はキルとカイの姿に気づくと、サックを背にかばい手負いの獣のように警戒心を剥き出しにする。その時さり気なく片足を下げ、直ぐに走り出せるよう準備も欠かさない。
もちろんここから逃げたとて、目の前の貴族から逃げることも他の子供たちを逃がすことも出来ないことはわかっている。だからこそ、ここに預けられてからも逃げ出さず、本人がやって来て交渉の余地がないかを探ろうとしていたのだから。
カイはその様子を普段から眠そうと言われる目をさらに細め観察していた。
「そう。君はここが何処なのか把握してるの?」
「なめんなよ。こちとらこの歳まで路地裏で生活してんだ。ヤバい奴ぐらい把握してねぇで生き残れるわけねぇだろ。ああ、お坊ちゃんは護衛さんがダイジに守ってくれるからその必要もないってか。」
「君、僕のもとで働く気はないかな?もちろんお給料は用意するよ。」
苦労してなさそうな貴族に対する嘲りに返されたのは、まさかの雇用の提案だった。
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