食べられなかった葡萄は酸っぱい
グルメ番組好きなんですが、どうしてもお腹すくので何かしら食べながら見ることにしています。いいわけですけども。
ガキ、か。たしかにそうかもな。話をしていても身がない。向こうもそう思っているのだろう。顔は笑っているが目が笑っていない。自分の孫が侮辱されたにしてはどうも機械的な反応だ。まずは、相手を知るよりは自分の状況を知ることが大事だろう。どうやら、相手のペースに飲まれているようだ。整理してみることにする。一番重要なのは「ギムリィからのメッセージ」だ。特に、個人的にあのでっかい「ヘッドコンソール」無しで出来ることに興味がある。なのだが。
「ワイン、ごちそうさまでした。とても美味しく頂けました。私みたいな庶民には言葉がありませんが、息子さんにはさぞいいお土産になったのではないでしょうか」
わざと半分ステルス(技術ありならもろばれレベルのヘッポコステルス)の機雷デバイスを設置し、(技術があるであろう)SP達には警戒心を煽りつつも口元だけ笑って見せて。
「面白いお方だ。お名前を何と言ったかな?」
。。。本当にボケているのか?それとも、わざとの回答なのか?年齢的にアルツハイマー性認知症と言ってもおかしくないのかも知れないのかもしれないが、面と向かってその言葉を言うかねぇ。まあ、いいか。
「桐生、孝志と申します。お見知りおきいただけると恐悦至極に存じます」
わざとらしく頭を下げて見せる。俺としてはとっととギムリィの所に移動したいんだが。
「肉と魚、どっちが好みかな?ベジタリアンではなさそうだが」
一瞬何を言っているのか分からず、言葉を失ってしまっていた。
『ギムリィ、1時間ぐらい後でも構わないか?今は直ぐは連絡できない』
珍しいなと返されてしまい、明らかに怪しまれたが、今は仕方ない。ユウキやウィルにも明らかに「何言ってんのこいつ」状態である。
牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳や卵、野菜、珍味、それこそ虫食ですら「動物性と植物性プランクトン」から加工してその味を再現することは可能である、という時代だ。アルコールですら「味や酔っ払った感覚」を再現することができるのに、「生き物をわざわざ殺してまで食事にする必要性」は今や罪悪ですらある。ま、プランクトンも生物なんだけどもね?
「本物を食べてみたくないかね?ITエンジニア殿」
バカにしているのだろうか。それとも、俺が西暦2000年からの人間だと知っているのだろうか。実際、米だろうが小麦だろうが大豆だろうが、天然で醤油や味噌だけでも食いたいし、岩塩だったとしても舐めてみたいとも思ってしまっている自分が居た。目の前に金さえあれば出してやるぞと言い切っている富豪が要るわけなのだから。
「ある童話で、キツネがでてくる話があるんだが」
突然、俺は話を切り出した。自分の思い通りに話が進まないのが気に食わないのだろう、表情をあからさまに歪めてくるユークラテス会長。
「そのキツネは美味しそうな葡萄をひと房手に取って意気揚々とどう食べようか考えながら自分の住処へとスキップして帰っていたそうだ」
明らかにどうでもいいという表情を見せつつも、話は聞いてやろうという上からの気持ちがありありと分かってしまう。偉い人ってそういうの隠さないし、出してるつもりないんだろうな。
「ちょうど、昨日大雨で川の流れが速くなっていた橋に差し掛かった時にそのキツネは古くなった橋の揺れに足を取られてしまった」
この話は古典的な話なのだが、分かる人には分かるんだがなぁと思いながら、表情を変えずに話を進め、ぽちゃんっと葡萄を落としてしまった、と特に脚色をつけずに話をしてみる、と。
「なんてもったいない!今すぐ飛び込んで取りに行くべきだ!」彼は食べ物の大切さ(というよりお金に換算したらもったいない?)を訴える。
俺はそこで付け加える。川の流れは速く、泳ぎが得意ではないキツネは飛び込んだら溺れてしまうだろう。ほかには誰もいない。虫でさえも。
「川下に回って網などで少しでも葡萄を拾うべきだ!」
キツネはそこまで足は速くはないし、網などの道具をすぐ作ることもできる知識も知恵もない。嘘ばっかりついて人の信用を失っているので、頼める知り合いすらいない。キツネは、じっと葡萄がバラバラになって下流に流れていくのを口惜しくみていた、と俺が話をすると。。。
「そんなのはおかしい!」
突然彼は叫んできた。
「自分が手にした利益をみすみす何もせずに見逃すなどあり得ない。飛び込んでも自分のモノにすべきであり、出来なくとも川全体を自分のモノにしてもその葡萄を享受すべきだ!」
少し、深呼吸する程度の時間を彼と瞳を合わせながら。
「その葡萄が、『酸っぱいばあいは?』と問いかける」
「ワインにすればいい!」
鼻息荒く即答する会長。一応驚いてみせる。
その後、じっと瞳を見つめて、数秒目が合った後ににっこりと笑って。
「俺は代替品や加工品じゃなく、そのものが欲しかったんです。それがあるがままに。」
さっきまでの契約書にRejectと押印して突き返す。
「で、ヘッドコンソール無しでどこまでできるのか、説明してほしいんだけど?」
ポータルに早歩きで移動していると、ユウキが慌てたように着いてきて話しかけるタイミングを逃している。そこまで早口で話しているつもりは無いんだが、何がいけないのだろうか。
「少し落ち着け、タカシ。イライラしているのは口調でも分かっちまうぞ」
ウィルに鼻で笑われてしまい、それが余計に鼻について一言言い返しそうになるのだが、アタフタとしているユウキの姿を見て俺が大人げないのかと冷静にさせてもらったことをウィルに感謝しつつ。
「アンデルセンだっけ、イソップだっけ」
「何を言ってるんだ?もう、ハロウィンは終わったぞ?」
「食べてもいない食べ物を美味いとも不味いとも言えないって話」
「知らんよ。食い物は食べてみないと美味しいとは言えんだろ。あくまでも見た目で美味そうに見えるものはいくらでもあるしなぁ」
「ワインにしたら美味しいらしいよ?」
「発酵させたら美味い場合もあるじゃろうよ。なんの話をしたいんじゃ?」
ギムリィもサウンドオンリーで入ってくるがよく分かっていないらしい。あまり有名じゃなかったっけ、この話。
「プランクトンって発酵させたら美味いの?」
「乾燥させただけじゃと美味しいとは言えんな」
「難しいもんなんだね」
「タカシ、ワシの話聞く気はあるのか?」
平謝りして話を戻してもらうようにお願いすると、なんと耳、もしくは首回りにケーブルを当てるだけで最速10nsecまでの神経速度が測定できたとの事。人体ではまだなので、人身御供的だが試すかどうするかとの相談。簡単に言えば、「新薬できたから死ぬ気で試す?」と言われているのとほぼ同じ。今の状態、1msecで動けるのと1nsecで動けるのでは、1000倍の時間のアドバンテージがある。それを一気に縮める可能性があるということだ。
「死んだらそこまでだ。やらせてくれ」
最後までユウキはチップの方が安全だと腕を放してくれなかったのだが。
読んでくださってありがとうございます!
タカシは基本的にサイボーグ化したくない方向で進んでますが、限界は来ると思います。




