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ドンバスの貞子

作者: 赤虎

私は貞子。日本政府が極秘裏に開発した自立型無差別対人攻撃兵器。PCやスマートフォンで私のサイトに誘導され、画面から這い出た私に呪われた哀れな人間達は確実に死に至る。呪いの原理?ウイルス感染による心臓冠動脈肉腫とかの似非科学による説明なんかどうでもいい。呪いは呪いだ。


今年の1月、私はウクライナ政府に秘密裏に提供され、即座にロシア語対応に改修された私は、2月22日に実戦投入された。ロシア人を皆殺しにするために。


「何だこれ・・・えっ、これをクリックするのか・・・ほう、これは・・・何だ、この動画は・・・古井戸が・・・何か出てくる。・・・女?近付いて来る・・・うわっ!」

「どうしました、少尉!・・・これは!」

「落ち着け!騒ぐな!」


スマートフォンの画面から出てきた私を数人の兵士が囲んでいる。全員ロシア語を話している。最初の獲物はお前達だ。


「銃を下ろせ!よく見ろ!服はずぶ濡れ、手足の爪が剥がれている。ホホールの奴等が拷問した証だ。軍曹!」

「はっ!」

「彼女を保護し安全な場所で治療しろ!」

「はっ、同志少佐!」


何てことだ。こいつ等、私を恐れないだけでなく、保護するつもりか?関係ない。まずはこの軍曹からだ。


「お前、歩けないだろ」


軍曹はいきなり私を抱きかかえた。さっきから想定外の反応しやがって・・・少し様子を見るか・・・


「お前、何処の村の住民だ?何処で捕まった?」


答えられるはずがなかろう。私は無言のままでいた。


「それにしても20歳前後の若い娘に酷いことするよな。逃げて来たのか?」


酷いこと?それはお前等が日常的にしていることだろ。何を言っている。


「俺の村も5年前に戦場になって、両親と妹がホホールに殺された。近所の人達と病院に避難していたのに、ホホールの奴等は重榴弾砲で攻撃してきて、俺の家族は病院にいた医者や看護師、病人諸共吹き飛ばされた・・・だから、俺は人民軍に志願したんだ。妹は生きていればあんたと同じ年頃だな・・・」


ウクライナ軍の行動は、分離独立派のテロリストに対する治安維持活動だ。これは戦争ではない。しかも、民間人に対する無差別攻撃は全てロシア軍の仕業だと私は聞いている。


「俺はミハイル。あんたは?」


私は無言のままでいた。軍曹の話は私が事前に得た情報と重要な部分で齟齬がある。作戦を完遂するためには新たに情報収集をした方がよさそうだ。そうこうするうちに、私達は集落に入った。


「拷問のショックで声も出ないのか・・・でも、もう大丈夫だ。この集落は俺達が守備しているからな。安心しな」


軍曹は私を抱いたまま1軒の家に入った。


「カーチャ、いるか!」

「ミーシャ!元気だった?あれ、この子は?」

「ホホールの奴等に拷問されて逃げてきたようだ。ショックで声が出ない。手足の爪が剥がされているから、治療してくれ。それと、着替えの服はあるか?」

「酷いことを・・・分かった!ベッドに降ろして」


カーチャという女性の年齢は私と同程度だ。カーチャは私の手足に付いた汚れを丁寧に落とし指先を消毒してくれた。その後、私は濡れて汚れた白い服の代わりにカーチャの服を着せてもらった。


「じゃ、俺は部隊に戻るから」

「今度は何時来てくれるの?」

「分からない」

「ロシア軍が来てくれれば・・・」

「何時か、必ず来るさ。その日まで俺達はドンバスを守り抜く。じゃ・・・」


カーチャは家の入口で軍曹を見送っていた。それにしてもおかしい。ドンバスにロシア軍はいないのか?


「私はカーチャ。貴方は?」

「貞子・・・」


情報収集のためには、こちらの情報も出した方が得策だ。


「サダコは何処から来たの?」

「日本」

「えっ!日本人がどうしてこんなとこに?」

「キエフに留学していて、ハリコフに遠出した時に巻き込まれた」

「そうなんだ・・・散々な目に遭ったんだね・・・でも、此処なら大丈夫だよ。ミーシャ達が守ってくれているし」

「ロシア軍は?」

「まだ来てくれない。8年も待っているのに・・・」

「8年?」

「この戦争は8年前に始まったの。私達は当然の権利と自由を求めただけなのに、ホホールは圧倒的な軍隊を使って私達を攻撃してきた。奴等は街を破壊し村を焼き払い、人々を殺した。軍隊にいたロシア系の兵士達が私達に合流してくれたから何とか持ちこたえているけど、正直、後何ヶ月持つか・・・ロシア軍が来てくれれば、1ヶ月で平和になるのにね・・・サダコ、綺麗な長い髪だね。少しボサボサだから手入れしようか」


カーチャは私の髪を梳かしてくれた。


「これじゃ前が見辛いでしょ。後ろで結っとくね」

「それは・・・」

「前髪垂らしていたから分からなかったけど、サダコは綺麗な人だったんだね」

「・・・」


その後、カーチャは私に様々な話をしてくれた。その話の内容は、私が得た事前情報と全く異なるものだった。ドンバスにロシア軍はいない。民間人を殺害しているのはウクライナ軍。ドンバスのロシア系住民は理不尽な差別を受け迫害され、挙句の果てにジェノサイドの標的になっている・・・しかし、カーチャや軍曹から聞いた話だけで判断する訳にはいかない。もっと情報を入手しないと。


「ただいま」

「お母さん、お帰りなさい!」

「おや、この子は?」

「ミーシャが連れて来たんだけど、ホホールに拷問されたんだって」

「こんな若い子になんてことを・・・中国の人かい?」

「日本人で名前はサダコ」

「サダコ、暫く此処にいなさい。此処は安全だから」


その夜、私はカーチャのスマートフォンからインターネット回線に入り、ドンバスを巡った。カーチャの言うとおり、ドンバスにロシア軍はいない。ロシア系の民間軍事会社やロシア人義勇兵が一定数いるので、正確にはロシア軍正規部隊はいないということだが。そして、ロシア軍が解放軍と見做され、ドンバスの人達にとって精神的支柱になっていることも知った。民間人を殺害しているのはウクライナ軍だということと併せて・・・私はデマ情報を与えられたようだ。私にロシア人を呪わせるために。


「カーチャ、今日は配給日だからね!それと、役場に行ってサダコを登録しておいて」

「分かってるよ!サダコ、行こうか」


カーチャは私を役場に連れて行った。途中、集落の案内をしながら。


「日本人?パスポートは?」

「保護した時、何も持っていなかったんだよ。ホホールに捕まった時、所持品を全部奪われたみたい」

「その証拠は?」

「サダコの指見てよ!爪が全部剥がされているでしょ!これ、ホホールの奴等に拷問された証拠だよ!」

「こりゃ酷い・・・分かった。ホホールにやられたんだったら俺達の身内も同然だ。少し待ってくれ。配給伝票作るから」


カーチャは配給伝票ができるまでの間、近くを知り合いが通る度に私を紹介していた。私の指先を見て、皆が心配し憤慨していた。心優しいい純朴な人達だ。なのに、ウクライナ政府は彼等を悪鬼の如きテロリストと決めつけ殺戮の対象にしている。


「はいよ、配給伝票。もうぼちぼちだな。早く広場に行った方がいいぞ」

「ありがとう!」


広場に行くと既にロシアの民間団体のトラックが数台到着していて、住民に食料や水、医薬品を配給していた。


「小麦と野菜、鶏肉や卵、豚肉だけは辛うじて自給できるんだけど、それ以外の食料や清潔な水は入手できないから・・・私達が8年間頑張ってこれたのもロシアが支援してくれたおかげだよ」


本来、こうした支援物資は自国政府から得るものだろう。ウクライナ政府は自国民を殺戮の対象としか見做していない。これが何よりの証拠だ。


「この支援物資を家まで運んだら、おばあちゃんの家に卵を貰いに行こう」


カーチャの祖母の家は、集落から少し離れた1軒屋だった。カーチャは祖母に私を紹介すると大量の卵と絞めた鶏を貰い、配給された支援物資を祖母に渡した。私は既にロシア人を呪い殺すというミッションを完全に忘却していた。そもそも、これだけ心優しく純朴な人達を何故呪い殺さなければならないのか理解できない。同時に、私の恨みに満ちた荒んだ心は、温かい人間の心に変わりつつあった。


「サダコ、今日もおばあちゃんの家で卵貰ってきて」


昨日の卵は近所におすそ分けした結果、殆ど残っていなかった。今回は私1人で祖母の家に赴いた。卵を貰い暫く雑談していると、集落の中心部から銃声が聞こえた。私は急いで家に戻ろうとした。


「サダコ、今戻ったら危ないよ。銃声が止むまで待ちなさい」


1時間ほどしたら、銃声は止んだ。私は急いで家に戻った。


「軍曹・・・」


家の前に軍曹が横たわっている。揺さぶっても反応がない。死んでいる・・・


「カーチャ!おばさん!」


家に入ると、そこにはカーチャとおばさんが横たわっている。おばさんは銃剣でめった刺しにされ、カーチャはレイプされ・・・外から下卑た笑い声がした。私は外に出た。


「おい、まだ女がいるぞ」

「東洋系だ。中国人は初めてだな」

「やっちまえ!」


この連中、ロシア兵じゃない。ウクライナ兵だ。こいつ等が私の家族を・・・


「よくも私の家族を・・・殺してやる!」


私は前髪を前に垂らした。次の瞬間、3人のウクライナ兵は悶絶しつつ死んだ。私はそのまま集落を徘徊した。至る所に住民の遺体が横たわっている。私はウクライナ兵に遭遇する度に奴等を殺し続けた。何十人殺しただろうか・・・集落にウクライナ兵はいなくなった。役場の前に差し掛かると主を失った役場のラジオが叫んでいた。


本日未明、ロシア軍精鋭部隊19万がウクライナ国境を突破し、各地でウクライナ軍を撃破しつつ進撃を始めました。ドンバスの解放が始まりました!


遅いよ・・・もっと早く行動を始めてくれれば、カーチャはもちろん、死なずに済んだ命が沢山あったのに・・・スマートフォンが落ちてる。電源も入っている・・・私の本当の戦いはこれから始まる・・・

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