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プロローグ。 男=彼









運命とは、力のあり方とは本来どうであるべきなのか、かつての幼き少年がその本質に気がついたのはまだ齢6歳のことだった。



魔法という非現実的な物が存在するその世界で、満6歳の児童たちに神からの授かり物をいただく『神託』の場。

与えられたスキルでその者の人生が左右されると言っても過言ではないそこで、彼が受けたスキルは【吸打術】という名のかなり変わった癖を持つものだった。



効力は(体術における)物理的な攻撃を行なった相手の魔素、つまりステータスを体から分離、弾き出したのち、攻打した分(ダメージによる加算はなし)だけ微身たる量吸い取る、という"剣の道"を進むために日々鍛錬を惜しまず、夢として”剣聖"を掲げていた彼には必要もクソもなかった、なんの役にも立たない神託内容であった。



剣士が剣を使わず拳で敵と対自する? そんなこと言語道断である。


それはもう剣士でない。背中に剣を飾ったそこら辺の農場人と何ら遜色ないジョブなしの村人だ。



彼は心の底から血涙するほど呪った。


どうして! 俺は剣聖になりたかったのに、剣を持って舞いたかったのにと、顔も、存在すら知り得ない神を呪った。



剣を振るえば斬撃が飛ばせる程に6歳という若さで剣の道を極めていた彼の腕はスキルの影響で目に見えて衰えてゆき、いつしか自由に剣を振るうことすらできなくなっていた。

ただただ脳裏に焼き付くのは、なんの努力もして来なかった奴らが剣の道に適正を得たスキルでホイホイと、彼が幼子では耐えきれない過酷な努力の末に踏み込んだ剣の領域を飛び越えていく様。



それはもう絶望や嫉妬の類ではなく、ただ単純な悔しいという感情だった。



どうすれば強くなれる?



ゲロ吐くほど鍛錬に次ぐ鍛錬を重ねてもなんら結果を示しそうにない自身の体。



何をすればあいつ等に追いつける?



思いつく限りの鍛錬を試しても埋まらない差。日を追うごとにどんどんと開いていく実力差。



どうか、どうにかして………あいつらに…………。



自問自答と試行錯誤を繰り返し、腕がもげそうなほど剣を振るい、足が崩れ落ちそうになるほど舞を舞い、それでも退化を続ける剣の腕にさらなる負荷をかけた結果、ついに剣すら握れなくなった状況下で、彼の剣の道は終わった。



今思えば、その瞬間からすべての原動力である”精神"の崩壊が始まっていたのだろう。



闇の深い湖の沈められるような感覚に、彼は抗うことなく、遠のく愛剣をうすら目で眺めながら、スキルに犯された『つるぎの精神』から『体闘の精神』へと変わる渦に飲み込まれていった。 



『体闘の精神』が生まれたその日を境に、彼という人間は大きく変わってしまったのだと、皆、口を揃えて言う。



もともと、どちらかと言えば温厚な性格で暴力を好まない性であった彼を知っている皆からすれば、突然の彼の豹変はかなりの衝撃を与えたようだった。

まぁ、それも無理はないことなのだが。



『体闘の精神』の誕生は彼の”精神"の崩壊と引き換えに、奮起する力、いわばきっかけを作り出す一歩目を与えた。

剣の道を捨て、【スキル】とともに生きていくということを決めた精神が、停滞していた彼の時間を再び動き出させたのだ。



そこからのことは深く考えたことはない。ただ本能のままに、精神のままに従った。



「劣等種、劣等種」と彼を蔑み、サンドバックとして木刀を振ってききていた有能スキル持ち相手に、走り込んで飛び蹴りをかまし、それにしびれを切らした数人にリンチにされて倒れ伏し、そしてまた立ち上がって無心で奴らとぶつかりあった。



なんて暴力的なんだ、と毎日毎日腕や足を振りかざして相手を殴る、蹴る彼を見て、町の人々はそう思っていたのかも知れない。



だが、仕方ない。そう思われるのも、そう思われることをしてしまうのも。

彼の心のどこかにいる何かが「強く、ただ強く」と懇願しているのだから。



そして、月日は驚くほど早く流れ、12年後。



度重なるトレーニング(暴行)を行い、野郎どもだけでなく、歴戦の冒険者や魔物などに己をぶつけ続け、幾度となく殺されかけた末、彼の立つ水平線上には気づけば誰の姿も見えなかった。



見渡す限りの空間に、下を見れば腹部に拳をくらって息をスカし、悶るかつて彼の遥か上にいた強者の姿がゴロゴロと確認できた。



あぁ、そうか。



その時、彼は自覚した。



「俺は強くなった。誰よりも。どんな奴よりも」と。



ついに。ついに頂点に立ったのだ。

ふと、いつしか「強くあれ」と燃え続けていた『体闘の精神』の炎はその勢いを失い、もう、役目は果たした、と鎮火しようとしていた。



ようやく終わる。俺の止まることなく動いていた時間が。



完結するのだ。彼の物語が。



これが終われば戦闘とは一線を退こう、己の完結に彼は『最後の決闘』とそう心に決め、強者集まる王都に出向き、彼の物語の最後に相応しい相手を探した。



王都に入って感じるあちこちで立ち昇る強者の気配。匂いがしたのだ。強い、強者が持つ特有の。



彼は自身でも抑えきれない戦闘衝動に駆られ、片っ端から声をかけると、相手の返事が帰ってくる以前に一方的にボコボコにした。一瞬の攻撃の隙も与えなかった。彼を捕らえようとやってきた腕利きの警備隊も、何人かの彼に対抗してくる強者もいたが、かと言って彼の敵ではなかった。



相手が弱かったのではない。彼が強くなりすぎたのだ。



攻撃がヒットする度に自身は強化され、相手は弱体化する、【吸打術】。極めた先にあるのはただただ感じる喪失感。求めた力の分だけ失った数年前まで感じることのできたあの生と死の緊張感、あの高揚感、格上の相手と戦うことで感じとれる自身の成長の実感。



Aランクと呼ばれる冒険者と戦おうが、国家騎士と戦おうが彼の心が埋められることはなかった。



彼を捕えるために連日絶え間なくやって来る騎士、警備隊、傭兵、冒険者。不休飲まず食わず連日騎士達を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、過去最高の強者達を倒せば倒すほどこみ上げてくる絶望。



もう、ここが俺の終点なら…………。



そんな考えが頭をよぎり、動き続けていた体が止まり、拳が下がった……………そんなある日の夕暮れ時。



雨だった。連日晴れていた王都に通りかかった雨雲が降らした通り雨。



そんな雨についてきたかのように…………奴らは現れた。



彼は今でも思い出させられる。その者達が現れた途端凍ったように動かなくなった空気を。己の体を震わせた奴らの力を体現する絶対的強者のオーラを。



 「戦いたいんだって? 強いやつと」



彼らは名乗った。己を選ばれし【勇者】だと。



 「いいけどさぁ、君____」



恐怖と武者震いに震え立つ体が、心が、精神が大路を割り、落ちていく雫よりなお早く、過去最高速度で腰に挿した短剣に手すらかけずにいる【勇者】に拳を振るった。



【勇者】は動かない。ヒットする。そう思った。



瞬間。



間違いなく人生最大の衝撃が体を打つ。視界が歪む。横っ腹にどでかい穴が開く。空を切り裂くようにふっ飛ばされる体。



_____?



気づけば彼は地に伏せ、横っ腹から大量の血を流していた。



頭が追いつかなかった。



ヒットしたと確信した瞬間、致命傷を負わせられ、数千メートルも飛ばされた自身の体。



その原因となった、彼に圧倒的に勝る速度で懐に入り込み、横っ腹に手を当て無詠唱で魔法をぶっ放した【勇者】の後ろに控えていた【女】。



頭がおかしくなりそうだった。



【勇者】のオーラで霞んでいた後ろの従者の【女】でこのザマだ。



間違いなく彼の体に染み込んだ彼女の圧倒的強さは彼を遥かに凌駕していた。



横から、不意打ちだった。そんなもの、負けた理由にはならない。



たとえ向かい合ってでも結果は変わらなかっただろう。

そもそもの次元が違ったのだ。



「世界は広い」、彼にその言葉の意味を初めて理解させるほどに。



そして、また。その時を持って、



____「更に、強く」。



奴らに感化された消えかけていた炎がこれまでになく轟々と燃え上がった。



『体闘の精神』は彼が力を追い求める限り潰えることはない。



あぁ、そうなのか。



彼は無意識のうちに力を求めていた。










現在、その男は王都から遠く離れた南端の街でとある薬屋を経営している。


あの日、致命傷を負って気を失っていた彼を介抱してくれた老人夫婦が残した小さな店だ。


薬学の勉強と開店からはや5年と少したった今、少しずつ常連ができ始めている。


この街には今の彼と対等に拳を交わすことのできるような強者はいない。平凡な民の平凡な街だからだ。


そして、命を助けられ、手から溢れ出すほどの優しさを注がれた彼は、以前のように誰かに向けて拳を握ることなく静かにこの街で暮らしいている。



ただ、完全に戦闘から一線を引いたのかと言えば、それとはまた違う。



ふとした時今でも彼の脳裏を過るのは、ダイヤモンドのような眼光を放つ【女】と【勇者】の燃えるような赤髪…………、そして、圧倒的なまでの敗北感。



あの日の絶望が、恐怖が、忘れようにも身体に刻み込まれた傷によって彼の脳内に奴らの背中を浮かび上がらせた。



いつからだろうか、鍛え上げれば鍛え上げるほどあの【女】との差に劣等感を覚え始めたのは。彼の本来の目標がネジ曲がり、目標『打倒、勇者一派』になったのは。



彼は戦い続けるだろう。進んできた我が道を肯定するように。【勇者】達の視界が彼の足元に落ちるその時まで。



消えることのない、精神の炎を燃やし続けて。



鳥獣が喉仏からガンギリ声を上げてお日さんが山から顔を出し、暗闇に光が指し始める早朝。



にんじんジュースとトーストにバターを塗った朝食の匂いが立ち込める薬屋の扉が開き、一人の男の新しい朝が始まった。



 「さむ」



朝日が店内に差し込む時間帯、今日も彼、『シオン=リーグヴァン』は開店の札をかける。










ところどころにあれ? って思うとこがあるかもしれないけど、そこは暖かく見守っていただけたら嬉しいです!

何かあれば直させていいだきます

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