7.ダグラスの過去1
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『俺の本当の子供が生まれたら、お前なんて奴隷商に引き渡してやるんだからな!』
それが、ダグラスの父親であるブレイデン・シャーウッドの、酒に酔った時の口癖だった。
ダグラスの母親――ハリシャが死んだのは、彼を産んだ直後だった。
ブレイデンはハリシャのことをとても愛しており、なのにハリシャの心は最後まで手に入らぬまま、彼女は他の男との子供を残して、天国へと旅立ってしまったという。
本当ならば、ブレイデンはダグラスのことなどすぐに追い出してしまいたかったのだろう。しかし、彼は子供ができにくい体質で、公爵家の跡取り問題というのは、ブレイデン一人の感情で片付けられる話ではない。なので、ブレイデンがほかの子供をもうけるまで、ダグラスが嫡男としての教育を受けることになったのだ。
しかし、後妻を迎えようと、愛人を何人作ろうとブレイデンには子供ができなかった。ダグラスが大きくなるのと比例して、ブレイデンの憤りは増していき、ダグラスに辛く接するだけでなく、暴力まで振るい出した。
最後には屋敷に帰って来なくなり、愛人のところへ入り浸るようになっていく。
父親の悔しさも、無念さも、やるせなさも、自分に対する憤りも、今のダグラスなら多少はわかる。わかる気がする。
ただ、幼い頃の自分がそれに納得や理解ができるかと言ったらまたそれは別の話で、そもそもどうして父親が自分のことを拒絶するのかさえも知らなかった当時のダグラスは、理由もわからないまま寂しさに押しつぶされそうな毎日を送っていた。
最初にそれが届いたのは、本邸から簡素な別邸に追いやられ、誰とも話さない日々を送っていた十歳の春。まだ朝晩が冷え込む時期だった。
早朝、窓のところに滑り込ませるようにして、その手紙は置いてあった。
『ダグラス様へ
はじめてお便り差し上げます。
こんにちは、私はアネモネと申します。
突然のお便りで、びっくりされたかと思います。
私も手紙を送るかどうか散々迷ったのですが、すこしでもダグラス様の気が紛れればいいと思って、こうして筆を取っています。
ダグラス様にとっては不審な手紙かもしれませんが、もしよろしければ読んでいただければ嬉しいです』
その手紙は、ダグラスの体調や心身を気遣う文面から始まり、世間話。途中で話が逸れて、彼女が植えたカボチャの苗やジャガイモ。最近屋敷で隠して飼っている犬の話などが事細かに書いてあった。
一生懸命筆を走らせているが文字は拙く、ダグラスよりも年下であることが窺える。
そして最後に――
『ダグラス様が一日も早く毎日元気で過ごせますようにお祈りしております』
という文言で手紙はしめられていた。
最初ダグラスは、使用人の悪戯だと思っていた。可哀想な自分のことを嘲笑うために、子供の字を真似て、誰かがこんな手紙を書いたのだろうと。
そうでなければ、こんな自分を慰めるような、元気付けるような文章を書くはずがない。これではまるで、アネモネはダグラスの現状を知っているかのような文章じゃないか。
きっと、使用人たちは自分がこうやって手紙を読んでいるところをどこかから見ていて、彼が喜んだ瞬間に「あれは自分たちが貴方様をお慰めするためにやったんです」「貴方様の味方なんてどこにもいるわけがないじゃないですか」とネタバラシをしにやってくるのだろう。
だから、アネモネからの最初の手紙はろくに読み返すこともせず、そのまま握りつぶしてゴミ箱に捨てたのだった。
しかし、次の週も手紙は届いた。前回と同じように窓から半分だけ差し込まれるようにして、真っ白い封筒が風にはためいている。
ダグラスはそのまま読まずに捨てようとした。また使用人たちの悪戯だと思ったからだ。しかし、ゴミ箱に放る直前、ふと思いとどまった。
もしかしたら、本当に誰かが敷地内に侵入して、ここに手紙を置いていったのかも知れない。アネモネという人間は存在していて、どうしてかわからないがダグラスの現状を知って、彼を元気付けるために手紙を出そうと考えたのかもしれない。
きっとそれは願望だった。
誰かが自分を見つけてくれるかもしれない。『いらない』以外の言葉をくれるかもしれない。
同情でも、慰めでも、哀れみでもなんでもよかった。プライドなんかない。
自分の生を否定しない誰かに出会いたかったのだ。
ダグラスはおそるおそる手紙を開く。そこには前回と同じような下手くそな文字が並んでいた。
『ダグラス様へ
二回目のお手紙、失礼します。
あれからお身体の調子はどうでしょうか?
私は先日、風邪をひいてしまいました。
多分原因は、外で寝てしまったからだと思います』
「外で?」
思わずそんな声が出た。手紙に使われている紙の質や、封に使われているワックスから勝手に商家か貴族の人間だと思い込んでいたが、外で寝るということは、もしかしたら何か困っている人間なのかもしれない。
ダグラスはそう思いながら便箋を捲る。
『ベランダで寝転がりながら星を眺めていて、そのまま寝てしまったんです。朝起きたら、寒くてびっくりしました!』
「そりゃ、そうだろう」
今度は安堵の声が出た。
どうやら手紙の主は何かに困っているわけではなく、ただのおっちょこちょいなだけのようだった。
『でも、星はとっても綺麗でしたよ!
星座はよくわかりませんが、まるで宝石箱のようでした。
もしよかったら、今晩でも眺めてみてください。
私は今日も眺めるつもりです』
その晩、久々に外に出て星を見た。
いつもいつも俯いてばかりで、空なんて見上げる心の余裕も習慣もなかったから、あんなに夜空が綺麗だとは思いもしなかった。
星が瞬いて、瞬きをする間に横に流れた。
それが流れ星だということに遅れて気がついて、きっとアネモネはそれを見て声をあげて喜んだのだろうということが容易に想像できた。
唇は弧を描く。
そうして翌日から立て続けに三通目、四通目の手紙も届いた。
三通目には、流れ星を見たこと。声をあげてはしゃいでしまったこと。
四通目には内緒で飼っていた犬がとうとう親に見つかったことが書いてあった。
そうして五通目、いつも手紙が届く場所にダグラスは初めて返信の手紙を置いた。『いつもありがとう』という一行だけの手紙を震える指で封筒に押し込めた。
その夜――
「わ! お返事だ!」
そんな少女の声で目が覚めた。
寝ている部屋は二階で、手紙が置かれている窓は一階にある。ダグラスは慌てた様子で窓から身を乗り出した。
例の窓の近くには一人の少女がいた。
暗くて顔はよく見えないが、自分よりも年下の女の子だった。ふわりと舞ったスカートの裾が彼女の喜びを表しているように見える。
ダグラスは外にいる彼女に声を張った。
「アネモネ!」
少女が見上げる。顔はよく見えない。
彼女は驚いたように飛び上がり、一目散にどこかに逃げていく。
ダグラスは、慌てて屋敷の階段を駆け降りた。そして、去りゆく彼女の背に声をかける。
「待って!」
彼女は一瞬だけ振り返る。そして、嬉しそうに笑った――気がした。
エブリスタで連載している新作です。
エブリスタの方では、完結まで投稿しております。
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