6.ダグラスの過去と、再会
顔を上げると、フィリップはダグラスを見ながら複雑な表情をしている。安堵と寂しさが入り混じったような表情だ。
そんな彼を見上げて、リディアは再びダグラスに視線を移した。
(弟、だものね)
そう、フィリップとダグラスは異母兄弟なのだ。
つまり、ダグラスは公爵などではなく、本当ならば第二王子なのである。
これが、フィリップとダグラスの因縁だった。
ダグラスは、今は亡きシャーウッド公爵夫人と現国王との間にできた子だった。
二人は愛し合っていたのだが、さまざまな理由から結婚はできず。
ダグラスの父親である前シャーウッド公爵は、父親が国王とは知らないものの、ダグラスが自分の子供でないことがわかっており、彼には幼い頃から冷たく接してきた。使用人たちの彼が公爵の実子出ないことはわかっていたので、常に冷たく、彼は幼い頃、屋敷内にだれも味方がいない状態だった。
(だから、十年前会った時も、元気がなかったのよね)
元気がないのも当然だ。
あの頃にはもう公爵家嫡男としての厳しい教育が始まっており、使用人にはいじめられ、父親には声もかけてもらえない。
さらに、ダグラスを追い出すためには他に子供が必要だからと、父親である前シャーウッド公爵は愛人のところに入り浸り、ほとんど帰って来なくなったのだ。
要するに、ダグラスは愛に飢えていたのだ。
誰かに必要としてもらいたいのに、だれも自分を必要としてくれない。
自分は父親が新しい子供を作るまでのスペアで、いずれはお払い箱になる存在。
そう聞かされていたし、彼もずっとそう思っていた。
(まぁ、前シャーウッド公爵には結局子供はできず、お遊びのしすぎでかかった病気のためになくなってしまうのだけれどね……)
公爵の爵位を継いでも彼の渇きは治らなかった。
ずっと彼は満たされないまま、大人になってもなお、誰にも心を開けない。
それどころか、自分が国王の子供だと知った後、何もかも持っているフィリップを妬むようになっていくのだ。
しかしそんな時、自分を頼ってくれる存在が現れた。
愛くるしい笑みを向けてくれる人がいた。
それが、ローラ・ブライトウェルだった。
しかし、彼女も結局ダグラスを受け入れてくれなかったのだ。
そして彼は絶望する――。
(でも大丈夫! 私がダグラス様をそんな運命に向かわせないんだから!)
リディアは小さくだが、しっかりとうなづいた。
彼をそんな悲しい運命には向かわせない。そのために今まで準備してきたのだ。
リディアの視線は、今度はローラを探す。
彼女はちょうど飲み物を持ったまま壁の花になっていた。
ダグラスは――近くにいる。チャンスだ。
(さぁ、ローラ、ダグラス様の服に飲み物をこぼすのよ!)
「って、あれ?」
ローラは、壁際に立ったまま微動だにしない。
ダグラスは、なぜか外に出て行こうとしている。
(ちょ、ちょっと!)
「そういえば、ローラ、随分と君に懐いているね」
「えっと、そうですね」
フィリップの問いかけにリディアは上の空でうなずいた。こっちは世間話に花を咲かせている場合ではないのだ。しかし、王子様の言葉を無視するわけにもいかない。
「ローラ、君の期待に応えたくて必死だったみたいだよ。見ず知らずの僕に、教えを乞うぐらいにさ」
「え?」
「だから教えてあげたんだよ。『君は少し落ち着きがないところがあるから、飲み物を持っているときはあまり立ち歩かないように』ってね」
(お前かぁあぁぁ――!!)
叫び出しそうになったのをグッと堪える。
ここで文句を言ったって状況は変わらないのだ。
それよりも問題なのは――
(ダグラス様が帰っちゃう!)
出会い方は変えても問題ない。ただ、出会わないのはまずい。非常にまずい。
なんのために、招待客をダグラスの関係者だけで固めたと思っているのだ。
彼を誘き出し、この場に留まらせるためだ。
普通、貴族は夜会で関係者を見つけたら、挨拶するまで帰らないのが普通だ。
(なのに――)
ダグラスが玄関の方へ消えた瞬間、音楽が鳴り止んだ。
リディアは、フィリップを伴いすかさず壁際によると、彼に頭を下げた。
「私、ちょっと用事ができましたので!」
「あ、うん」
「ちょ、お姉様!」
話をしにに来てくれたのだろう、ローラの声を背中で聞く。
しかし、リディアは振り返ることなく、ダグラスが消えていった方向に走っていくのだった。
ダグラスがいたのは、噴水の前だった。
彼は揺蕩う水に映る月を見ながら、何かを考えているようだった。
リディアはその背に声を張った。
「ダグラス様!」
その声にダグラスは振り返る。そして、これでもかと目を大きく見開いた。
リディアはダグラスの前に止まると、肩で息をしながら、必死に言葉を紡ぐ。
「か、帰られるのですか? あ、あの、できたらもうちょっと――」
「いや、帰るつもりはない。君を探していたんだ、リディア・オールドマン」
「へ?」
(私を、探す?)
初対面のはずだ。少なくとも向こうにとっては初対面だろう。万が一彼が十年前のことを覚えていたとして、だとしてもほぼほぼ初対面に変わりない。
ダグラスは、リディアの鼻先に手紙をつき出した。
しかも、一通ではない、紐で縛られた何十通もの手紙の束だ。
「ようやく見つけたぞ、アネモネ」
唸るように告げられたその言葉に、リディアはようやくことの重大さにたどり着き、顔を青くするのだった。
エブリスタで連載している新作です。
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