5.彼の名はフィリップ
フィリップ・メイヤー・チェスター、二十三歳。チェスター王国の第一王子であり、このゲームのメイン攻略キャラクター。
金髪にエメラルド色の瞳、さらに甘いマスクに優しい性格という、まさに物語の中の王子様といった様子の彼は、『変装をし、お忍びで街の様子を見に行く』という完全無欠の王子様にはあるまじき悪癖を持っている。
ゲームの中のローラと出会うのも、その悪癖の最中だったりするのだが……
(もう二人が出会う時期、過ぎちゃってたってこと!?)
認めたくないがそういうことなのだろう。ローラは目の前の男をフィリップだとは思っていないようだし、フィリップの髪の毛も、いつもの金糸から茶色いくすんだ色へと変わってしまっている。変装用のカツラだ。
ちなみに、その変装用のカツラを用意したのも、彼が着ている華美すぎない貴族服を用意したのも、オールドマン商会だ。つまり、リディアである。
だからリディアは、あらかじめフィリップが変装していたことも知っていたのだ。
(ゲームでは、変装道具を用意したのはオールドマン商会でも、リディアを介しては用意させなかったんだけどね)
その辺の細かい違いは運命のバグみたいなものだろう。
あまり細かいことを気にしていても仕方がない。
明らかに知り合いだという雰囲気を漂わせる二人に、ローラは首を捻る。
「あら。リディア様とアンドレ様はお知り合いでしたか?」
「えっと……」
「オールドマン商会には、たびたびお世話になっていてね。その流れでリディアとも親しくさせてもらっているんだよ」
フィリップ、もとい、アンドレの言葉にローラは「そうなのですね!」何故か跳ね上がるように喜んだ。
(というか、ちょっと待ってよ! なんのために私がこの舞踏会にフィリップ様を呼ばなかったと思ってるのよ!!)
脳内リディアは、頭を抱え、悲鳴を上げた。
ゲームでのダグラスとローラの出会いは舞踏会だ。きっかけは、ドレスの裾を踏んでしまったローラが、ダグラスに飲み物をこぼしてしまうこと。
慌てふためいたローラは、その場でダグラスの上着を剥ぎ取ろうとするのだが、それに怒ったダグラスが彼女を叱りあげ、ローラは泣き出しそうなほどに追い詰められてしまう。
そこに颯爽と登場するのが――
(フィリップなのよね)
そうして、ダグラスを宥めたフィリップは、ローラを慰めるため彼女を中庭へと誘う。そしてそこで、ローラとフィリップの仲はより一層強まるのだ。
(今のローラなら、飲み物をこぼしてしまった場合でも、サロンに連れて行くなりして適切に対処ができるのに! このままじゃ二人の出会いが潰されちゃう‼︎)
予定しているシナリオにフィリップは不要だ。
リディアが用意したシナリオは
①ローラがダグラスに飲み物をこぼす。
②二人揃ってサロンに行く。
(使用人には、「ダグラス様が来たらだれもいない雰囲気のいい部屋にお通しするように」と伝えてある)
③いい感じの音楽をかけたりして、二人をイチャイチャさせる。
④両思いになる。
である。
フィリップの「フィ」の字も出てきやしない。
(かくなる上は――!)
リディアは目の前にいるフィリップの手を取った。
そして、今できうる最大の笑みを顔に貼り付ける。
「フィ……アンドレ様。よろしかったらいっしょに踊りませんか?」
「おや。君から誘ってくれるだなんて嬉しいね。もちろん、喜んでお引き受けしよう」
そして、まるで図ったかのように鳴り響く管弦楽。
リディアは、フィリップとローラを引き離すように、彼を連れて会場の真ん中までやってきた。そして、あたらめて向き合い、手を重ねる。
すると、フィリップがリディアの腰を引き寄せた。
「久しいね、リディア」
「来られるんなら、最初からいっていて下さい。殿下」
「ごめんごめん」
軽い感じでそう謝られ、リディアは唇を尖らせた。
フィリップにリードされる形で、自然と足がステップを踏む。
「まさか、殿下がローラと知り合いだとは思いませんでした」
「うん。先週たまたま会ってね。それからちょくちょく話をするようになったんだ」
「そう、なんですね」
「妬いたかい?」
「なんでそうなるんですか」
あからさまに嫌な顔をすれば、フィリップはカラカラと笑った。
本当にどこまでが冗談で、どこまでが本気なのかわからない人だ。
腹の黒さがそのまま政治的な強さになるのならば、腹に狸を飼い、口に蛇を住まわせているようなこの男は、政治的にとても強いということになる。
そう言った意味で、彼はとても立派な時期国王様だ。
(でも、話していて疲れるのよね。この人……)
気を張っていないと刺されそう……とでもいうのだろうか。
彼はいちいち変な緊張感をあたえてくる。
リディアはバレないように一つため息をついた後、フィリップから視線を逸らした。ローラの様子を確かめようと思ったのだ。予定ではそろそろ彼女はダグラスと出会うはずである。
(ちゃんと出会えるかしら。――ぁっ!)
とある人物の背中が視界の中に入った瞬間、リディアのステップが半テンポ遅れる。慌てて体勢を立て直し、リディアは再び先ほど視線をやった方を見た。
「おや。ダグラスだ」
そう言ったのは、フィリップだった。リディアの動揺が気になったのか、彼も彼女と同じ方向を向いている。
そこには、彼のいう通り、ダグラス・シャーウッドがいた。
前世の記憶そのまんまの黒い髪に、褐色の肌。鋭い目の中心にある瞳はエメラルド色で、十年前に見たあの頃より背は高く、身体はガッチリとしている。
久しぶりに見る彼の姿に、リディアは全身がぶわりと熱くなるのを感じた。
毛穴が開き、汗が滲み出る。唇は自然と緩み、瞳が潤んだ。
恋? いいや、この感情はそんなちゃちなものではない。
これは、――感動だ!
推しが生きている。生きて動いている。
リディアは今それを実感した。
(きゃああぁぁあぁぁあぁ! ダグラス様!!)
だめだ。かっこいい。死んじゃう!!
リディアは脳内でのたうち回り、そして拝んだ。
(神様、仏様、ゲームの制作者様! ダグラス様を産んでくださり、会わせてくださり、ありがとうございます!!)
なんせ十年ぶり……
いいや、あの最初の出会いを出会いとしてカウントしていいのか分からないので、前世ぶり、と言ってもいいかもしれない。
「珍しいね。ダグラスはあまりこういう場に出たりしないのに」
フィリップは不思議そうな声を出す。
そう、ダグラスはあまり社交会に参加しないのだ。参加しても、挨拶をしてすぐに帰ってしまうため、リディアは今までダグラスに会えてなかったのだ。
もちろん無理をすれば会えたのかもしれないが、無理を通した場合ゲームのシナリオに影響が出ないとも限らない。
だから、今の今まで我慢していたのだ。
(あぁあぁぁ、我慢した分だけ身に染みるー! 心臓が、苦しい!!)
今にも叫び出したい気持ちを吐息一つで抑え込む。
すると――
「元気そうだね」
と、ほっとするような声が聞こえた。
エブリスタで連載している新作です。
エブリスタの方では、完結まで投稿しております。
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