40.ちゃんと幸せになるんだよ。
「なっ――」
驚いたダグラスがそう声をあげた直後、胸に猛烈な熱が生まれた。
それが痛みだと気がついた時には、リディアの胸には深々とナイフが突き刺さっており、後ろに倒れると、ダグラスに抱き止められた。
「リディア!」
「こいつ、縄を切って!」
「ユーベルが逃げるぞ!」
震える手でナイフを手放したユーベルは、リディアに背を向けて走り出す。しかし、その逃亡もうまくいかなかった。リディアが視線の先で呆気なく捕まってしまったのだ。
そんな光景を呆然と眺めていると、リディアの周りには人間が集まった。
しかし、その顔をリディアは見ることはできない。胸を刺されたショックからか、上手に焦点が合わないのだ。
だけど――
「リディア、リディア。しっかりしろ!」
その声の主だけはわかった。
「ダグ、ラ、スさま」
思った以上にちゃんと声が出なくて、咳き込むと、口がら血が出た。
痛みはなくて、あるのは息苦しさと寒さだけ。ヒューヒューと喉が鳴り、手先は段々と血の気がなくなっていく。四肢が重くて、もう自分ではなかなか動かせないし、瞬きの一回一回が、もう二度と開かなくなるんじゃないのかという恐怖を孕んでいた。
(私、死んじゃうのかな……)
なんとなくそう思う。フィリップもサイモンもオクタヴィアもみんな心配そうにこちらを覗き込んでいるし、声もかけてくれているようだが、その声もどこか遠いのだ。兵士たちが何やら走り回っているが、どうして走り回っているのかもわからない。
(でもまぁ、これはこれでよかったのかもしれないな……)
ダグラスが刺されてしまうよりは、ダグラスが死んでしまうよりは。
リディアが刺されて死んでしまう方が、きっとずっとマシな展開だろう。少なくとも彼女にとっては。
(最後に差し出すのが命だなんてね)
でもまぁ、真っ当な交換だろう。
彼の幸せを得るのならば、自分の幸せを差し出すのは道理だ。
数分前までは、彼の想いに頷いて、一緒に幸せになる道もあるかと思ったのだけれど、どうやらどこまで行ってもその運命はやってこないらしい。
(なら、ダグラス様だけでも)
「ごぶじで、よかった、です」
掠れた声でそう言い、渾身の力で腕を上げ、ダグラスの頬に触れた。彼の頬に血の赤がついて、また遠くで彼が自分の名を叫ぶ。
頬に熱い液体が当たって。それが彼の涙だとわかった瞬間、とても嬉しくなった。
「いやだいやだいやだ」
抱きしめられたまま耳元で何度もそう言われて、少し困って、すごく嬉しかった。自分も彼の背中に手を回したかったけれど、もうなかなか腕も上がらない。
その時、震えていたダグラスがぴたりと止まる。
そして、何顔を思いついたかのように、オクタヴィアに声をかけた。
「オクタヴィア。俺の命を対価に彼女を助けることはできないか?」
なぜかその時ばかりははっきりと声が聞こえ、リディアはぎゅっと彼の服を握る。必死の思いで首を振るが、ダウラスは額を撫でただけだった。
オクタヴィアの悔しそうな声も鮮明に耳に届く。
「無理だ。この子の命は私にとって重くなりすぎた。出会ったばかりのあんたの命なんて、私にとっては等価じゃないよ。私自身の命だけでも足りないってのに」
「しかし――!」
「なら、何か持ってきなよ! 私だってこの子を助けたいに決まってるだろう!」
感情をあらわにしたオクタヴィアの声に、リディアは申し訳なりつつも感謝した。ダグラスの命を犠牲にして得た命に意味はないのだ。リディアはずっと彼の幸せを祈っていたのだから、彼が生きてないと意味がない。
オクタヴィアの激昂に、ダグラスは「そうか」と震える声を出した。きっと彼の頭では他に対価になりそうなものを探しているのだろう。
でも、きっと彼が思いつく頃には自分は完全に事きれている。
(でも、そうだ。あれだけは、渡さないと)
「オク、タ、ヴィア、さん」
「なんだい?」
か細い声にオクタヴィアは反応した。そんな彼女にリディアは「ポケットを……」と指差した。ポッケの中を探って差し出す元気はもうない。
オクタヴィアはリディアのポケットを探ると、一枚の手紙を取り出した。
そう、王宮の図書室で見つけたアレである。
中身は、オクタヴィアに向けたラブレターだった。
オクタヴィアは封筒を開け、中の便箋を読む。
リディアも同時に一度見た手紙の中身を思い出していた。
『オクタヴィアへ
君は私のことを恨んでいるだろう。当然だな。
私は、君を裏切った。
君と出会った時、私はもうすでに病気を患っていた。それは事実だ。
生まれた時から婚約者がいた。それも事実だ。けれど、君を愛していたことも本当で、君のことが何より大切だったのも本当だったんだ。
私は君を誰よりも愛していた。
屈託なく笑う君が好きだった。いつも快活な君が好きだった。
常に強くて凛としているのに、たまに弱くなってしまうところも愛おしかったし、なんだかんだと面倒見がいいからか、甘え下手なところも愛くるしかった。
でも、私は君を傷つけてしまった。
嫉妬に狂った彼女が君に有る事無い事吹き込むのを止められなかった。
本当にすまない。
この手紙が君に届くことはないだろうし、謝って済む話ではないだろうが、どうしても書き記さねばならないと思ったのだ。
愛してる、オクタヴィア
君の幸せを常に願っている。
ピエール・ドゥ・チェスター』
「これ……」
「おうきゅうの、としょしつで」
オクタヴィアの相手はかつての国王だった。つまりダグラスやフィリップの先祖である。オクタヴィアの力が王族の禁忌となっているのは、もしかすると噂通りの理由ではなく、こういったことが本当の理由なのかもしれない。
オクタヴィアはぎゅっと手紙を抱き締めると、リディアの額を愛おしそうに撫でた。
「ありがとう、リディア。ありがとう」
オクタヴィアの鼻にかかった声にリディアは頬を引き上げた。
でももうそれ以上はできない。なんだかすごく、猛烈に眠たいのだ。
「もうすっぱり切り捨てたものだと思っていたけどね。やっぱり、しこりになっていたんだね」
「……」
「リディア、対価が揃ったよ」
意味がわからず、閉じかけていた瞼を少し開けると、オクタヴィアの周りが微かに光っていた。まず最初に、彼女の持っていた手紙が砂のように崩れる。
「この手紙により、今私の人生は報われて、アンタの命と等価になった」
「え?」
「私は結局、私が大切だったんだね」
オクタヴィアはリディアの目元を優しく撫でる。
そして、今までに聞いたことがないような優しい声を出した。
「今はお眠り。ちゃんと、幸せになるんだよ」
エブリスタで連載している新作です。
エブリスタの方では、完結まで投稿しております。
続きが気になる方はこちら(https://estar.jp/novels/25871275)まで。
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