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37.攻防2

「んじゃ、そろそろやりますかね」


 話が終わったとばかりにそう言ってジョルジュは立ち上がる。

 彼の手に持ったナイフが月の明かりを受けてきらりと光った。

 その輝きに背筋がブルリと震えたが、ここで怯んでいる様を見せつけるわけにわいかない。


 オールドマン家、家訓その⑤

『交渉は冷静さを欠いた方が負け。常に冷静を装うこと』

 である。


 リディアは震えを止めるために自身の手の甲をつねりあげた。そして、極めて冷静な、彼を試すような声を出す。


「本当に、このまま殺すつもり?」

「あぁ」

「本当にいいの? 後悔しない?」


 もったいぶったリディアの言い方に、ジョルジュは足を止めた。


「変な言い方をするなぁ、嬢ちゃん。その言い方じゃ、俺がこのままお前を殺したらいけないみたいな言い方になるぞ? それともただの命乞いか?」

「どちらにとってもらっても構わないわ。ただ、私が殺される時に抵抗しないと思わないことね。私、暴れちゃうんだから」

「そんな縛られた状態で何を――」

「そうね、何もできない。きっと私は碌な抵抗もできずにあなたに殺されるわ。でもきっと、暴れたら私の死体の手首には縄の跡がつくでしょうね」

「……」

「いいの? 『突発的に殺された女の死体』に縄の跡が残っていても。不自然に見えないかしら」


 ダメ押しとばかりにそう言えば、ジョルジュは黙った。

 何かを考えているのだろう。彼は顎を撫でながらリディアを見下ろしている。

 そんな彼に、リディアはここが最後のチャンスとばかりに口を開いた。


「ねぇ、取引しない、ジョルジュ?」

「取引?」

「私はこのまま腕を動かさないでいてあげるから、手首と足首の縄を解いて。私を解放して」

「それは――」

「私は全力でここから逃げようとするから、あなたは全力で追えばいい。逃げ切る前に貴方が私を殺せばいいだけの話だわ。もしあなたが私をその状況で殺したら、それっぽい死体ができると思わない?」

「……」

「それとも、こんな狭い部屋で逃げ回る小娘一人捕まえられないのかしら?」


 わかりやすい挑発に、ジョルジュははっと吐き出すように笑う。そして、「いいぜ?」と歯を見せた。

 ジョルジュが扉の前にいた部下の一人に視線で指示を出す。すると部下はリディアの方へ来て、手首と足首の縄を解いた。


「結構素直に、提案を飲んでくれるのね」

「ま。遊びだと思ったら、悪くねぇと思ってさ。でも、獲物まではわたさねぇぞ? さすがにそれは遊びになんねぇからな」

「もちろんいいわよ。……私にはこれで十分だから」


 そう言ってリディアが取り出したのは、首から下げていた犬笛。オクタヴィアから貰ったハクロを呼び寄せるためのあの笛である。

 本来は森の前でしか機能しないその笛を、彼女は口に咥え、思いっきり吹いた。

 掠れたような笛の音が、部屋に響く。


「なんだそりゃ」

「じきにわかるわ!」


 そういうのが早いか、部屋の外から『うわあぁあぁ!』『狼だ!』という幾人もの叫び声が聞こえてくる。ジョルジュもこれにはうろたえたような声を出した。


「な、なんだ? お前、何を――」


 ジョルジュがリディアに向かってそう叫んだ瞬間、扉の隣の壁が破られる。それなりに硬い壁のはずなのに、まるでお菓子を割るかのようにバラバラになった壁に、埃が舞い上がった。

 そしてそのほこりの奥には巨大なシルエット。


「おやおや、リディア。そんなところにいたのかい?」


 その声が響いて、シルエットの正体がゆっくりと顕になる。

 そこにいたのは、白い巨大な狼。そして、それに乗った一人の女性。

 ハクロと、オクタヴィアである。

 実は、攻略本の写しをもらった時にオクタヴィアに頼んでいたのだ。『笛を吹いたときにハクロをどこでも呼び出せるようにしてほしい』と。もしも何かがあったときに、狼の姿をもつ彼がいれば心強いと思ったのだ。もちろん対価はそれなりなものを要求されたが、金で解決できるものだったのでその辺は何も問題ない。


「な、なんだありゃぁ!」

「魔女だ!」

「茨の魔女だぞ!」


 慄く声がいろんなところから上がる。

 あまりにも摩訶不思議な登場の仕方と、黒くてらしい(・・・)服装から、オクタヴィアの正体は全員に割れてしまったようだった。

 ハクロは震えながら剣を振り回す男たちを威嚇しながらリディアにかけよってきた。そして、その背に乗ったオクタヴィアが手を伸ばす。


「リディア!」

「オクタヴィアさん!」


 手を取り、引っ張られる。またがったところで、ハクロは駆け出した。

 風を切り、激しく揺さぶられる。

 気がついたときには、いつの間にかたどり着いていた二階の窓から飛び出していた。

 下から激高したジョルジュの声が聞こえる。


「くそぉ。女が魔女と知り合いだなんて聞いてねぇぞ! ――おい! アレを出せ!」

「はっ、はい!」


 部下がバタバタと忙しなく動く気配がする。

 そんな彼らを無視して、ハクロは地面に降り立ち、森に駆け出した。

 しかし――


 パァン


 轟く、破裂音。

 瞬間、ハクロの身体が揺れてその場に倒れ込んでしまう。リディアとオクタヴィアはその拍子に投げ出され、地面に身体を擦り付けた。


「きゃあぁっ!」


 ゴロゴロと地面を転がり、木にぶつかったところでようやく止まる。

 よろよろと身体を起こせば、隣にはオクタヴィア、目の前にハクロが倒れていた。

 オクタヴィアは気を失っているようで、ハクロはピクピクと痙攣してしまっている。よく見てみれば、彼の倒れている地面は赤く染まってしまっていた。


「ハクロ!」


 リディアは慌てて駆け寄る。彼の腹の方へ回れば、足のところからおびただしい量の血が流れていた。きっと銃で撃たれたのだろう。


「ハクロ、待っててね。今――」

「よぉやく止まったか」


 少しだけ楽しそうな、それでいて怒りの感情も含んだ声を響かせながら、ジョルジュはゆっくりと歩いてくる。彼の手には先ほど火を吹いただろう立派な猟銃が握られていた。彼はリディアの前に立つと、銃口を彼女の眉間に向けた。


「まぁ、思ったよりは楽しめたぜ。嬢ちゃん」


 最後の挨拶だというようにそう言って、ジョルジュは引き金に指をかけた。

 指先に力がこもる。


(あ、もう――)


 呼吸が浅くなり、リディアはもうダメだと目を瞑った。その瞬間――


「――リディア!」


 聞きなれた声が轟いて、直後に再びの破裂音。

 目をひらけば、目の前には見たことのある後ろ姿があった。

 リディアは大きく目を見開いたあと、彼の名を呼ぶ。


「ダグラス様!」

「おまえっ――!」


 ジョルジュの狼狽えたような声が耳に届く。ダグラスの手には剣があり、彼はその剣で銃口を上に弾いていた。

 そして、ジョルジュが怯んだすきに、ダグラスは彼の持っていた銃を蹴り飛ばし、ジョルジュの喉元に剣を突きつけた。


エブリスタで連載している新作です。

エブリスタの方では、完結まで投稿しております。

続きが気になる方はこちら(https://estar.jp/novels/25871275)まで。


面白かった場合のみで構いませんので、評価していただけると嬉しいです!

どうぞよろしくお願いします><

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