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32.攻略本

『ジョルジュが奴隷商を再開しているのは紛れもない事実だろう。しかし、奴はなかなか尻尾を出さない。私たちが調査をしに行っても、どういうことか、上手に躱されてしまうんだ。だから、先にダグラスを捕まえてジョルジュとの悪事を無理矢理吐かせればいいと考えている貴族院の奴らもいる』


 ダグラスを調査してほしいという相談をされたその直後、フィリップはリディアを別室に呼び出し、声をひそめながらそう言った。

 あまりの話にリディアが『そんな!』と声をあげると、フィリップは人差し指を口元に当て声を顰めた。


『あぁ。おそらくダグラスは無罪だ。だけどこのままじゃ、ありもしない罪をなすりつけられて、彼は投獄されてしまうかもしれない。だから君を推薦したんだ。調査に手心を加えてくれとは言わないが、公正さは期待できるだろう? 少なくとも、貴族院の馬鹿どもよりは公正に見る目がある』


 そして最後に、リディアの肩をまるで鼓舞するように叩く。


『それじゃ、リディア。よろしく頼むよ?』



 それが二日前の出来事である。



「つまりアンタは、そのダグラスとやらを調べて、無実の証拠を見つけたいわけだ?」

「はい」


 目の前の人物から発せられた声に、リディアは首を垂れながらそう頷いた。声を発したのは、荊の森の魔女こと、オクタヴィア。彼女の隣には、人の形をとったハクロもいる。

 リディアが注文したクレープシュゼットが前に並び、二人は仲良くそれを口に運んでいた。よほど気に入ったのかハクロは『お』『い』『し』『い』とリディアの手に文字を書く。

 ほとんどのものが魔女の顔を知らないからだろう。ローブを着たオクタヴィアはちょっと艶かしい女性として認識はされているものの、誰もまさかクレープを頬張っている彼女が魔女なんて疑ってはいないようだった。

 魔女は持っていたフォークを置く。


「でもそれって、ものすごく難しいことなんじゃないのかい? やったことを証明するよりやってないことを証明する方が難しいの世の常だからね」

「そう、なんですよね」


 クリスとピーターに情報を集めてもらい、息巻いてみたはいいものの。正直、どうしていいかわからないのが現状だった。

 ダグラスが奴隷商人とのつながりを疑われているのは、きっと彼の父がダグラスを奴隷商人に売りつけようとしていたからで。きっと彼の父の代では売ったり買ったりという話はなくとも繋がり自体はあったのだろう。

 だからこそ、やっていないという証明は難しい。

 そして、やっているという証拠の方が集めやすそうなのが問題なのだ。

 話を聞く限り、何度も彼らはジョルジュに煮湯を飲まされてきていて、相当躍起になっていることが窺える。そんな時にやってきたダグラスとジョルジュが関わっているかもしれないというの情報は、まさに飛んで火に入る……だったのだろう。


「ってことで、考えたんです! もういっそのこと、ジョルジュ・エルベールのことを捕まえて、本人に白状させたらいいんじゃないかって!」

「アンタ、またすごいこと考えるねぇ……。ようは貴族院の奴らとは真逆のことをやろうと?」

「はい! しかも、それをダグラス様が捕まえたってことにすれば、完全に疑いは晴れるじゃないですか!」

「まぁ、疑われていた本人が捕まえるんだから、それはそうだろうねぇ……」


 呆れたようにというよりは、若干引きながら彼女はそう言う。

 頬が引き攣っているのは見間違いではないだろう。


「でも! 誰からどうみても本当に白だって証明するためには、正直、この方法しかないと思うんです!!」


 意気込みながらそういうリディアをもう止められないと思ったのだろう。オクタヴィアは眉間を抑えながら少し首を振った後、長いため息を吐き出した。


「で。話はわかったけど、その上であんたは私に何を頼みたいんだい?」

「頼みたいことはいくつかあるんですけど……」


「とりあえず、異世界の本とか取り寄せることできるでしょうか?」

「異世界の本?」


 オクタヴィアは困惑したような声を出す。

 実は、『眠れる君に口づけを』にはスマホゲームに珍しく、攻略本というのが存在した。それを入手すれば、ストーリーはおろか、話の分岐でさえもわかってしまうというもので、ファンはこぞって買っていたのだ。そして、リディアの前世である七海まどかが亡くなる直前、ダグラスルートの発表とともに新しい攻略本の発売も発表されていた。

 つまり、リディアが欲しいのはその攻略本なのだ。


(これがフィリップ様のルートなら、ちゃんと内容を思い出しておきたいし! ダグラス様のルートがどんなのかも知ることができるし、一石二鳥よね!)


 前世の記憶思い出したとは言え、それでもやっぱり忘れているものも多い。

 しかし攻略本があれば、その辺は考えなくて済むようになるのだ。


「異世界の本を、一冊まるまるねぇ……」


 オクタヴィアの渋るような声にリリアは不安そうな顔になる。


「やっぱり、難しいですか?」

「そうさね……」


 オクタヴィアは何か考えるような素振りを見せた後、リディアに向かって身を乗り出した。


「要は、一冊丸々じゃなくても必要な情報が書いてあればいいんだろう?」

「あ、はい!」

「それなら、写しにするか……」

「写し?」


 リディアが首をかしげると、オクタヴィアはまるで子供に説明するように人差し指を立てた。


「必要な情報だけを取り出して、紙に写したものを渡すんだよ。その方が別の世界からものを取り出すより、はるかに簡単だからね」

「本当ですか?」

「前に同じようなことをやったことがあるからね。それなら比較的に対価も安いはずだし……」

「前にも?」


 つまり前にも異世界から転生してきた人間がいるということだろうか。

 リディアが驚いたような顔でそう呟くと、オクタヴィア懇切丁寧に説明してくれた。


「古代のことを研究している学者に、昔の書物を出してくれって頼まれたんだよ。私にとっては昔の書物も異世界の書物も価値は一緒だからね。そういう意味で一緒って言ったのさ」

「それって、何年前ぐらいの話なんですか?」

「んー。おおよそ百年前ぐらいかねぇ」

「百年……」


 その長さに感嘆の声が漏れる。確かゲームでは、オクタヴィアは何百年と生きている魔女と書かれていることもあった。


「そういえば、オクタビィアさんは不老不死なんですか?」


 疑問のままにそう口を開けば、彼女は困ったように笑って片眉をあげた。


「不老不死ではなく、不老だね」

「不老って――、それもギフトなんですか?」

「いいや、これは私の願いの対価だ」

「……対価?」

「昔話だよ?」


 オクタヴィアはそう断り、過去のことを話し始めた。

 曰く、彼女は元は普通の人間だったらしい。

 厄介なギフトを持っているだけの、普通の人間。

 しかしある時、彼女に好きな男ができた。男も彼女のことを好きになり、2人は結ばれたのだが、ある日男が不治の病に罹っていることが判明する。


「その男を救うために、私は自分の力を使ったのさ」


 好いた男の命と引き換えになったのは、『男と一緒に老いる』こと。

 好きな人と一緒に時間を重ねることを、オクタヴィアは対価にしたのである。


「その男性は?」

「もう、死んだよ。別の女と結婚して、子供を成して。後から知った話なんだが、その男は自分の死期が近いことを悟って、私のところに来たらしいんだよ。結婚も私と知り合った時にはもう決まっていたらしいね」

「そんな……」


 つまりオクタヴィアは、利用されただけということだろうか。

 男はオクタヴィアのことなんて愛しておらず、自分の命を助けてもらうためにオクタヴィアに気持ちがあるふりをした。

 リディアの辛そうな顔に気がついたのだろう、彼女はわざと明るい声を出す。


「それを知った時、私も荒れたさ。それまでは自分の力を嫌悪していたのに、人に頼まれるがまま力を使って、どんな非道な対価だろうが要求した。最後の方は何も知らない男の一族も私のことを頼るようになってねぇ。まぁ、嫌がらせ混じりのことは色々したねぇ……」


 懐かしむように、悲しむようにそう言って、彼女は瞳を閉じた。

 しかし、それも瞬きひとつでいつもの彼女に戻ってしまう。


「で、さっきの話に戻るが、内容だけを知れたらいんだよね?」

「あ、はい!」

「それなら、あそこで適当な本を二冊買ってきな!」


 そう言って彼女がさしたのは、本屋だ。

 一般人に売っているというよりは、貴族に向けて売っているような高級な本屋である。


「その中の一冊をアンタのいう異世界の本とやらに書き換えてやるよ」

「もう一冊は?」

「対価さ」


 そんなものでいいのかとリディアが驚いていると、オクタヴィアはからりと笑う。


「読んだことのない書物という意味では、それらは等価値だからね。――で、もう一つの頼み事っていうのは……」

「それは――」


 そしてリディアはもう一つの頼み事を口にするのだった。


エブリスタで連載している新作です。

エブリスタの方では、完結まで投稿しております。

続きが気になる方はこちら(https://estar.jp/novels/25871275)まで。


面白かった場合のみで構いませんので、評価していただけると嬉しいです!

どうぞよろしくお願いします><

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