14.白い狼
うなり声も上げなければ、こちらに襲いかかる風でもない。
狼はただじっとリディアとその後ろの男を見つめてい流だけだ。
それはまるで、彼らがこの森を後にするの待っているかのように見える。
「あなた……」
そんな狼の様子に、リディアが構えていた木の枝を降ろしたその時だった。
「うわぁああぁぁぁあぁ!」
「ちょっと!」
突然、背後の男が立ち上がり、狼に向かって剣を突き立てたのである。
ちょうどリディアが死角になり見えなかったのだろう。狼は男の剣をそのまま腕に受けてしまう。
苦悶の表情を浮かべる狼に、背後の男は勝ち誇ったような顔を浮かべた。
「この俺を驚かすからいけないんだ! お前なんか――ぁ……」
しかし、その勢いも狼が彼に近づくことにより、無残にも削がれてしまう。
大きな黄色い瞳に見下ろされ男は「あ、あの……」と言葉を漏らしたあと、ひっくり返った悲鳴をあげながら脱兎のごとくその場を後にしてしまった。彼を庇ったはずのリディアも置いてけぼりである。
男がその場を去るやいなや、狼はその場に伏せってしまう。剣はもう抜けているが、彼の白い毛は血で真っ赤に染まってしまっていた。
「大丈夫?」
リディアが思わず駆け寄ると、その狼を庇うように小さな子犬が飛び出してくる。その子犬は全身の毛を逆立てながらリディアに「ウゥー、ゥー」と唸り声を上げていた。そんな彼の肩にも剣が掠ったような小さな切り傷がついていた。
「そっか、この子を助けようとしたのね……」
おそらく、あの男が最初に見つけたのはこの子犬の方なのだろう。男はそれでもびっくりしてしまい、子犬に向かって剣を向けた。それを庇ったのがこの大きな狼だったのだろう。
あまりの痛々しい姿に、リディアは狼への恐怖を忘れ、その場にたたずんでしまう。そして、何を思い立ったのか、背負っていた鞄を下ろし、中を探り始めた。
「えっと、ちょっとまっててね。 ……実は色々持ってきていて……」
そして彼女は、包帯とガーゼと消毒用のアルコールを取り出した。
「人間用のなんだけど……。だめかしら?」
そんなもの狼だって聞かれたら困るだろう。
なのにその巨大な狼はしばらく固まったのち、リディアの前に前足を差し出してきた。それはまるで「やってみろ」と言わんばかりの態度で……
「……いいの?」
思わずそう聞くと、狼はわずかに首を下げる。
もしかして、これは許可が降りたということだろうか。
「えっと、染みても噛まないでね?」
リディアは持ってきた消毒液をガーゼにつけると、狼の傷口を探るように白い毛をかき分けた。
「これじゃ、ダメね」
数十分後、そこには頭を抱えるリディアの姿があった。
狼の傷は意外にも深く、なかなか血が止まらないのだ。じわりじわりと滲む血に消毒液だって流されてしまう。骨に近い部分だからだろうか、肉の奥には骨らしきものだって見え隠れするのだ。これは消毒でどうにかなるものではない。縫合した方がいい案件だろう。
逆に子犬の方の傷は浅く、消毒だけで済んでいた。
これなら今後なんの問題も出てこないだろう。
「痛いよね?」
リディアがそう沈痛な面持ちで聞くと、狼は首を傾げるだけ。
眉間に僅かに皺は寄っているが、それだけだ。
本当におとなしい狼である。
そんな狼を見ながら、リディアは何かを思いついたように立ち上がった。
「よっし! こうなったら!」
いきなり立ち上がったリディアに、狼は驚いたような顔で彼女を見上げる。
「袖触り合うも多少の縁ってね! 私が魔女に頼んであげる!」
「……」
「実はね。私、この森に魔女を探しにきていて、ついでだからあなたの事も治してもらうように頼んであげるわ!」
狼の目が瞬く。これはわかる。『何言ってるんだコイツ』という目である。
リディアはそんな狼にまるで言い訳をするように慌てて言い繕った。
「ほら、なんとなく放っておけないし! そもそも怪我したのは私のせいだろうし!」
リディアが飛び込んで来なければ、狼に剣を突き立てたあの男だって、もうちょっと早く逃げだしていたに違いない。剣などほっぽりだして、一目散に。
だからこの狼の怪我はリディアのせいなのだ。彼女がしゃしゃり出てしまったがためについてしまった傷。
「……ってことで、待ってて! すぐに探して戻ってくるから!」
そう言って、リディアはリュックを背負い立ち上がった。それと同時に何を思ったか狼も立ち上がる。
「え? もしかして一緒に行くつもり?」
「……」
「いや、待っててもいいんだよ! というか、その傷で歩くのしんどいでしょ?」
「……」
「行くの?」
「……」
「そう」
そこまで言うなら……とリディアが頷くと、狼は突如顔を近づけて彼女の頬を舐めた。びっくりして舐められた場所を手で拭えば、手に血がつく。どうやら頬に血がついていたらしい。
「ありがと。……私、リディアっていうの。あなたは?」
「……」
「まぁ、そうよね」
当然答えない巨大な狼にリディアが苦笑を漏らすと、足元で「アン!」と子犬のような鳴き声がした。
「あなたの方にも名前はあるのかしら?」
「――アンッ!」
すっかり警戒心がなくなった小さな狼にも笑みをこぼし、リディアは一人と二匹で、再び魔女の家を探し始めようと草木をかき分けた。――その時。
「おや、お客さんかい?」
「……どうして」
目の前に広がったのは、開けた広い庭である。その奥には小洒落た小さな一軒家。長い煙突からはもくもくと煙が上がっており、洗濯物を持った女性がこちらに振り返っている。
「貴女は……」
リディアがそう驚いた声を出すのも無理はない。
だって、目の前にいる彼女こそが、リディアが何時間も探し回っていた人物なのだから。
身体に張り付くような黒いワンピース。何百年という時を生きているのにリディアとあまり変わらない相貌。ゲーム画面では下ろしていた黒くて長い髪は後ろで結ばれており、右の目尻にはトレードマークの黒子が見て取れる。
何度目を擦ってみても、彼女はやっぱりどこからどう見ても、ゲームの中で見た魔女そのもので。
魔女はゲームの中で聞いたツヤめかしい声でこう口にする。
「久しぶりだね、ハクロ。……おや、そちらのお嬢さんは、初めましてだね」
「えっと……」
「初めまして、お嬢さん。さてアンタは、どんな願いを叶えてもらいにきたのかな?」
エブリスタで連載している新作です。
エブリスタの方では、完結まで投稿しております。
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