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12.「さ、課金するわよ!」

「今日は付き合わせてしまって、すまなかった」

「いえ。今まであまり行ったことがないところばかりでしたので、楽しかったです」


 二人がそんな会話をかわしたのは、オールドマン家の屋敷の前だった。馬車から降りたリディアの後ろには、主人の帰りを待っていたのだろうクリスの姿がある。

 降車した際に握った手を離さぬまま、ダグラスはリディアにこう切り出してくる。

 

「また、誘ってもいいだろうか?」

「あ、はい。お誘い、お待ちしています」


 断るのもどうかと思い定型文でそう返せば、ダグラスは嬉しそうに優しく微笑んだ。

 その瞬間、リディアの全身にぶわりと血が通う。


(わ。笑った!)


 この人生が始まって、初めて彼の笑顔を見たかもしれない。もしかしたら、前世のゲームの中でだって彼はこんなふうに優しく笑わなかっただろう。

 ほとんど初めて見る彼の優しい微笑みに、頬が熱くなり唇が自然に弧を描く。


(幸せそうで、よかったな……)


 ダグラスが本当に幸せなのか、それはリディアにはわからない。もしかすると、リディアにはわからないような悩みを抱えている可能性だってある。けれど、少なくともゲームの中の彼よりは、彼の表情は穏やかに見えた。

 その表情を作る一翼を、アネモネ(リディア)が担ったのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。


(今日はちょっとひやっとしたけれど、なんとか誤魔化すことができたし! ちょっと仲良くなれた気もするから、これを機にローラとダグラス様の橋渡しをしてもいいわよね!)


 ちょっと出会い方は違ってくるが、もう出会えばなんでもいいだろう。

 出会わずに始まる恋愛なんてものはないのだから、出会わないよりはずっといいはずである。

『友人の紹介』なんてありきたりだが、そのありきたりこそがもしかすると、恋愛の王道なのかもしれない。


(こうなったらゲームのシナリオを徹底的に壊す勢いで進めるわよ!)


 そう意気込みを新たにした時、ダグラスはリディアの手を離し「では」踵を返した。離れていった体温に少しだけ名残惜しさを感じた瞬間、リディアの脳裏にとある妙案が降ってきた。


「あ!」

「……あ?」


 リディアの声に、ダグラスは振り返る。

 そんな彼の手をリディアはもう一度握りしめた。瞬間、彼の頬がわずかに染まる。

 リディアはダグラスの手を両手で握りしめながら、彼にグッと身を寄せた。


「あ、あの! ……私、 手伝いましょうか?」

「手伝う? 何をだ」

「アネモネ探し、です!」


 その瞬間、ダグラスの目が大きく見開かれる。


「ダグラス様がご存知かは分かりませんが、オールドマン家は顔が広いことで有名なんです!」

「それぐらいは知っている。ここら辺の商家のまとめ役といえば、オールドマン家だからな。少し前の世代だが、確か王家に嫁いだ者もいたはずだろう? そのおかげで王家にも顔が利くとかなんとか……」

「はい。まぁ、祖父の時代の話ですが……」


 昔から細々と商いをしていたオールドマン家が成功を収めたのは、リディアの祖父の代だった。当時ではまだ珍しかった海外輸入の絨毯が王家に気に入られ、そこから爆発的な売れ方をした。祖父は貿易業をさらに強化。それがまた成功を収め、気がつけばオールドマン家は商家の顔役となっていた。

 そして、時をほとんど同じくして祖父の妹であるアニエスが当時の王弟に見初められ結婚。これにより、オールドマン家は子爵の爵位を賜り、同時にそれを妬む人間から『成金』と揶揄されるようにもなった。


 リディアはダグラスの手を握っていた片方の手で自身を指し、胸を張る。


「父には及びませんが、私もそれなりに顔が広いと自負しています。父の仕事にも幼い頃から同行していましたし、自身で取引している商家の方もいます!」

「……つまり君は、その顔の広さでアネモネを探してくれると?」

「はい、任せてください! こう見えても人探しは得意なんです!」


 驚いたように目を見開くダグラスに、リディアは自信満々に頬引き上げた。


「私が絶対に、アネモネと会わせてさしあげます!」




「どういうつもりですか? お嬢様」


 屋敷に入るなり、そう非難するような声をかけてきたのはクリスだった。

 渋い顔をする彼に、リディアは自信満々の顔で振り返り、人差し指を立てた。


「ふふふ。実はいいこと思いついたのよ! ……ローラをアネモネに仕立てるの!」

「ローラ様をアネモネに?」


 困惑したような顔をするクリスを前に、リディアは腰に手を当てる。


「えぇ! ダグラス様が私をアネモネだと思ったのは、使っているワックスとインクの色が一致したからでしょう? これぐらいなら、ローラをアネモネに仕立てることなんてわけないわ!」

「確かに、ワックスとインクの色は何とかなりますが、筆跡や年齢はどうするんです? ローラ様は現在十六歳ですよ?」

「一歳ぐらい誤差よ! それに私、手紙でダグラス様に一度も年齢なんて言ったことないもの! 十七歳だと思ってたのが十六歳だった……ぐらいなら、いくらでも誤魔化せるわよ! 筆跡だって、私がローラに教え込めば問題ないし!」


 いつまで経っても厳しい顔をするクリスに、ローラは唇を尖らせた。


「と言うか、別に後々嘘がバレても問題ないのよ! その前に二人をくっつけておけば、『勘違いはあったけど、結ばれてよかったね!』みたいな展開になるだろうし……」

「本当にそう上手くいきますかね……」


 クリスはそう一つ息を吐くと、心配そうな目をリディアに向けた。


「ローラ様をアネモネに仕立てる……その案自体は悪くないと思います。ダグラス様はアネモネに好感を持っておられるようですし、二人をくっつけるという目的なら、そういう手もありかもしれません」

「でしょう?」

「しかし、お嬢様。それならば、本物のアネモネとしてあなたがダグラス様と一緒になる……という方向は目指されないのですか?」

「へ?」

「ダグラス様のことを憎からず想っていることぐらいは、この私でもわかりますよ?」


 その言葉にリディアは驚いたような顔で目を瞬かせた後、少し固まり、困ったように微笑んだ。


「それは、考えないわよ」

「それは……」

「だって私、ダグラス様の好みじゃないもの」


 リディアはそう吐き出すようにして笑う。

 もしも、彼女が他の別の誰かに転生していたのならそういう手もあったかもしれないが、今となってはそれは考えられない。


 実はゲーム内で、リディアがダグラスを好きになるイベントがあるのだ。

 たまたまローラと一緒にいたリディアは、困っていたところをダグラスに助けてもらい、彼に一目惚れしてしまう。そしてその後、実は彼が高貴な血を引いていると知り、さらなる猛烈なアタックをかけるのだ。

 しかし、そのときにはもうダグラスはローラのことを好いており、ローラをいじめていた彼女に辛辣な言葉を投げかける。


『君のことは好きじゃないし、好きににもならない。それは何度生まれ変わろうが変わることはない』


 それでもめげずに『私の何がダメなんですか?』と聞くリディアに彼は


『声も顔も体も性格も、全部気に入らない。反吐が出るほどだ』


 と言い放つ。


 これにはもちろん、ローラのことを虐めていたリディアに対する侮蔑も入っているのだろうが、だとしてもリディアのことは本当に好きじゃないようで、同じような話が他のルートでも見れたりする。

 まぁ、そのせいでリディアはローラのことをさらにいじめるようになってしまうのが、皮肉な話だが……


(まぁ、さすがにあそこまでのことは言われないと思うけどね)


 けれど、アネモネの正体がリディアだとわかったら、今のダグラスだって、がっかりはしてしまうだろう。今は『アネモネを見つけたかもしれない!』という興奮で前が見えていないだろうが、冷静になったらきっと落ち込む。彼女だったのかと、肩を落とすに決まっている。

 間近でそんな彼を見たら、さすがのリディアだってちょっと落ち込んでしまうだろう。


「オールドマン家家訓その②、『逃げる魚は無理に追うな。時には諦めも肝心』よ!」


 リディアはいつものようにそう言った後、鏡を見る。

 そして、釣り上った目尻を指でなぞった。


「でもま、もうちょっと可愛げのある顔なら、頑張ってみてもよかったのかもしれないけどね」


 可愛い系のローラに対して、リディアは綺麗系だ。でもそれはよく言えばの話で、リディアはどちらかと言えば『綺麗』よりも『悪どい』といった感じの顔つきである。当たり前の話だが、ローラとは正反対の顔つきだ。

 だからこそ、ダグラスの夢を壊してはいけないと思う。ローラのような人間がアネモネだった方が、彼だって嬉しいに決まっている。

 本当のアネモネが誰だったかんて知ることなく、彼には幸せな人生を歩んでもらいたい。


 リディアは少しだけ切なそうに伏せた視線をあげ、先ほどとは打って変わったような元気な声を出した。


「ってことで! さ、課金するわよ!」


 彼女の意気込みを表すように、その拳は高く掲げられた。



エブリスタで連載している新作です。

エブリスタの方では、完結まで投稿しております。

続きが気になる方はこちら(https://estar.jp/novels/25871275)まで。


面白かった場合のみで構いませんので、評価していただけると嬉しいです!

どうぞよろしくお願いします><

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