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11.一番星

 キラキラ光る宝石が好きだと書いてあった。

 肌触りの良い布や形のいいリボンが好きだとも書いてあった。

 毎日行列ができる街一番のショコラ店に行ってみたいとも書いてあったし、

 ショコラの中ではジャンドューヤが一番好きだとも書いてあった。


 アネモネから送られてくる手紙には『嫌い』は少しも書いてなくて、あれが美味しかったとか、これに行ってみたいだとか、『好き』が いつも溢れていた。その文面を好ましく思いつつも、何もしてやれない自分がどこか歯痒くて、『アネモネに会ったら、できる限りのことは全部してやろう』とダグラスはいつも密かに考えていた。


 だから、出会ったばかりのリディアを宝石店に連れて行ったのだ。

 仕立て屋も一流のところに連れて行ったし。ショコラ店も、手紙に書いてあった店はもうなくなっていたから、女性が好きそうなところをいろいろ探して連れて行った。

 いつも書いてくれる手紙の文字がかすれていたから万年筆も替え時なのかと思い、物持ちがいいと有名な文具屋にも連れて行ったし、異国の本が好きだと書いてあったから、輸入品を多く取り扱う店にも連れて行った。

 全部、全部、彼女が喜ぶと思ったからそうしたのだ。

 なのに彼女は何一つ喜ばずに、むしろ少し困ったような笑みを浮かべて、『私はアネモネではないから、こういうのは受け取れません』と首を横に振ったのだ。それどころか、ダグラスに道の脇に咲いてある花を摘ませ、『自分はこれで十分だ』と言い出したのである。

 この時のダグラスの気持ちは、一言では言い表せなかった。

 少しの落胆と、何もできない申し訳なさと、アネモネではなくリディア本人に対するわずかな好感と。そして、それを好ましいと思ってしまっている自分への罪悪感。

 さらに……


(もしかして、彼女は本当にアネモネじゃないのかもしれない……)


  という自身の確信に対する疑問。


 ダグラスは馬車に揺られながら、アネモネではないかもしれない彼女を見つめる。正面に座るリディアは、窓の外を見ながら笑みを浮かべたり、目を瞬かせたりしていた。

 連れ出したときよりは緊張していないだろうその様子にダグラスは安堵しながらも、先ほどの自分の疑問を反芻して、眉間の皺を深くした。


(彼女がアネモネじゃないのなら、彼女が否定し続ける理由もわかるし、俺からの贈り物をもらえないという心情もわかる)


 ワックスだって、インクだって、香水だって、偶然と言われればそうなのかもしれない。リディアに指摘されるまでもなく、招待状の筆跡が手紙のものと違っていたのは気づいていたし、年齢だってピーターから聞いた話から計算しただけで、誕生日によっては、現在十六歳かもしれないし、十八歳かもしれない。そのぐらいの曖昧さだ。

 だからこれは、偶然の一致だと、妄想だと、一蹴されればそれまでの話なのである。


(リディアがアネモネじゃなかったら、また、一から探し直しだな)


 諦める気は毛頭ない。ただ、少し疲れていた。

 どれだけ探しても会えないどころか、姿形も見えてこない想い人。こんなことなら、彼女の後ろ姿を初めて見た日、強引にでも追いかけて、顔を見ておけばよかったと心から後悔した。

 こんなに会いたいのに、なぜ彼女は会ってくれないのだろうと心から思う。

 何度か会いたいと手紙を送ったこともあるのだが、いつだって彼女は『ごめんなさい』の一点張りだった。それに『会ったらきっと幻滅しますよ』なんて、絶対にないことまで綴ってあって、恩人をそんなふうに思う程度の男なのだと言われた気がして落ち込んだりもした。

 それでも会いたくないだなんて思った試しは一度としてない。

 この十年間、一度たりとも会いたくなかった日などない。

 ただ、アネモネが見つかったという気持ちに安堵して、すこし気を緩めていたのかもしれない。

 彼女がアネモネじゃないかもしれないという疑惑だけで、身体に、精神に、ドッと疲れがきていた。

 ダグラスは馬車の椅子に深く腰掛けると、深く息を吐いた。

 そしてもう一度、目の前に座るリディアを見る。


(彼女にも謝らないといけないな)


 こんな重い男の妄想を押し付けたのだとしたら、申し訳ないことをした。

 明日にでも改めて、詫びの品を送ったほうがいいのかもしれない。


 そんな鬱々とした気分をダグラスが抱えているとはつゆ知らず、リディアは窓の外に視線を向けたまま「あっ!」と弾けるような明るい声を出した。


「一番星!」

「星?」


 子供のようなはしゃいだ声に、ダグラスも窓の外を見る。

 すると彼女のいう通りに、オレンジと藍が混じる空に一点だけ、煌々と輝く光が見えた。


「私、星が好きなんですよね」


 本当に楽しそうに彼女は言う。


「実は昔、星を見ているうちにベランダで寝てしまって、風邪を引いたことがあるんです! 寒くて起きたらベランダで。あの時は父にこっぴどく叱られました」

「それは……」

「でもすごく綺麗だったんですよね。……まるで宝石箱みたいで」


 その思い出話に、ダグラスは大きく目を見開いて「君は……」と声を漏らす。

 彼の脳裏に蘇るのは、アネモネからもらった最初の頃の手紙だった。 

 

『ベランダで寝転がりながら星を眺めていて、そのまま寝てしまったんです。朝起きたら、寒くてびっくりしました!』


『でも、星はとっても綺麗でしたよ!

 星座はよくわかりませんが、まるで宝石箱のようでした。

 もしよかったら、今晩でも眺めてみてください。

 私は今日も眺めるつもりです』


 これも偶然かもしれない。たまたま、リディアがアネモネと同じような行動をとっていただけかもしれない。

 たったこれだけの情報で、彼女のことをアネモネだと思うのはやっぱり時期尚早だし、今の話だってもしかすると聞き間違いかもしれない。


 だけど、

(リディアは、アネモネだ)

 彼の本能がそう告げていた。



エブリスタで連載している新作です。

エブリスタの方では、完結まで投稿しております。

続きが気になる方はこちら(https://estar.jp/novels/25871275)まで。


面白かった場合のみで構いませんので、評価していただけると嬉しいです!

どうぞよろしくお願いします><

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