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2 出会い①

「おいクソガキども!早く起きろ!」


 ハギリは脂ぎった怒声と、金属同士がぶつかる耳に痛い音で目を覚ます。そこは鉄の檻の中だった。手首に違和感があったので見てみると、右の手首に手錠がついていた。手錠のもう片方は檻を成す格子に留めてある。


 檻の中にいるのはハギリだけではなかった。彼と同じ、8,9歳くらいの少年少女が20人ほどが中にいた。一様に灰色の薄く汚れた衣服を一枚だけ着せられ、手錠をつけられて壁際から移動できないようにされている。時折誰かが鼻をすする音が聞こえた。


 ハギリは檻の外を見る。朝焼けが遠くに見える。いろいろな店が立て並ぶ道の真ん中に檻は置いてあった。檻の周りで、三人の細い男たちが忙しそうに作業をしている。そのうちの一人が『奴隷!特売!』と書かれた看板を設置しているのが見えた。


 奴隷としてこれから売られることをハギリは理解した。


 

「もうすぐ市場が開く!」


 ハギリを起こした汚い声が響いた。声の主はブクブクと太り、紫色のシュミの悪い衣服をまとった男だ。


「うまく買ってもらえるようにせいぜい頑張れよ!売れないやつはしばらくしたら殺処分だからな!!」


 汚く太った男はそう言うと下品に笑った。


 殺処分。その単語がハギリの心に重く沈んだ。母親の願いを思い出す。


 産み、育ててくれたことへの恩返しを、母にすることはもうできない。もしできるとすれば、それは幸せになることによってする他にない。だから幸せにならなくてはいけない。何が何でも幸せになってやる。ハギリはそう決意した。しかし当たり前だが、いま死んでしまっては幸せにはなれない。

 

 幸せとは何だろう。それは両親と三人で暮らすことだった。もう手に入らない。あの男に奪われた。彼を殺せば、幸せになれるだろうか。いいや、きっとだめだ。けれど、殺さねばならない。理由は単純だ。そうしないと気が済まない。


 考えているうちに、そもそも、自分が、両親がこんな目に遭ったのは奴隷というものがあるからだと気づいた。どうにかしたいが、自分の力でどうにかなるのもではないので思考の隅に追いやった。


 かつての幸せの形はもう戻らない。だから、新しく見つけねばならない。


 まだ見つかりそうにないけれど、この檻の中から幸せになるのは難しい。


 上手くいけば奴隷として売られて、労働力か、別の役割を与えられる。けれど一生自由にはなれない。しかし売られなければ、そのまま殺処分だ。どちらにせよ、幸せになれる可能性は 無に等しい。


 逃げられないだろうか。


 ハギリは自分の自由を奪う手錠を睨んだ。手首の骨を外せば、逃げられる。昔母親に読んでもらった本から得た知識だ。間違いなく痛いけれど、やるしかない。

 

 手錠を外した後は、この檻からでなくてはいけない。見渡すと、出入り口はすぐに見つけられた。南京錠が光るのが見える。問題はあの錠をどうするかだった。


 しばらくして市場が開き、客が流れてきた。太った男を含めた奴隷商たちは、声を上げて客を呼び込む。


「子供奴隷!仕事をさせるもよし!ストレス発散につかうもよし!」


「特売だよ特売!どこで買うよりも安くするよ!」


「南蛮の珍しい髪色のヤツもいますよー!」


 それはハギリのことだった。ハギリの生まれた国には、生まれつきハイライトが入っている人が多い。ベースとなる髪色に加え、一部に明るい色が入った髪色だ。ハギリの場合は、暗い金色をベースに明るい銀色の髪がハイライトとして入っている。


 男の客が一人檻の外で立ち止まった。彼は檻の周りを一周し、少女の奴隷を一人買って行った。


 それがきっかけとなったようだ。客足が一気に増えた。買わない客も多くいたが、それでも檻の中の人数は減っていった。男性客が、少女ばかりを買って行く。彼らの意図を想像し、ハギリは吐き気を催した。


 ハギリは買われた子供たちが、どのようにして檻から出るのかを観察する。そして希望を見出した。


 商品の購入が決まると、痩せた下っ端の男が南京錠を開け、檻の中へ入ってくる。そして檻に固定された方の手錠を解除し、今度は子供の両手を封じるようにして鍵をして、檻の外へ連れ出し、客に引き渡すのだった。その間、檻は空いたままだ。


 次だ。次に誰かが売られることになったら、男が手錠を付け替えている間に脱出すればいい。


 万全を期すために、あらかじめ手首を外し、手錠から手を抜いておくことにした。


 いざやるとなると勇気がいる。


 呼吸を整えて、心の中でカウントし、ねじるようにして手首を外した。


「ぐっ…!」


 短く鈍い呻き声を上げてしまった。幸いなことにその声には気が付かなかった。分かってはいたことだが、すさまじい痛みだ。それも継続的なものでずきずきと、鼓動を重ねるごとに痛みは増して行くようだった。脂汗を全身から吹き出しながらも、手錠から手を逃れることに成功した。ばれない様に手錠の輪っかを、親指の付け根辺りまで残した状態に保つ。


 あとは誰かが売られればいい。


 しばらくして、その機会は訪れた。


 痩せた男だ。髪は乱れていてみすぼらしい。少なくとも身なりに気を使ってはいないようだ。


 その男は、少女を買おうとしていた。支払いが済んだらしい。商人の下っ端が、檻に入ってきた。鍵を取り出し、錠を外すために腰を下ろす。


 ハギリは立ち上がり、出口へと走った。扉は軽かった。ハギリは檻を飛び出し、人ごみの中へ紛れ込もうと必死で走った。


 唐突に髪をぐいっと捕まれ、そのまま地面へと投げ飛ばされた。背中に激痛が走り地面を転げた。


「何考えてんだてめぇは!」


 見れば、太った商人である。憤怒の形相で倒れたハギリを見下ろし、腹部を蹴り上げた。


 激しくせき込むハギリ。全身が痛んだ。しかし、檻の外には出ている。自由はもうすぐそこなのだ。彼は骨を外したことで未だに酷く痛む右手も必死に動かして、人ごみへ向けて這った。


 このままではもうすぐ檻に戻されることは薄々分かっていた。しかし幼い彼には、這うことしか思いつかなかったのだ。ゆえにすがるように彼は、ワラジムシのように地面を這いつくばって進んだ。


 右手を商人が踏みつけ、にじった。ハギリは絶叫した。しかし、誰一人として彼を助けようとしない。髪の色が変わっているから、異国の人間であることは一目瞭然だった。異国出身の奴隷を助けて、得などほとんどない。せいぜい自分の優しさに酔えるくらいである。


 その時だった。


「商人さん」透き通るような女の声がハギリに降ってきた。「その子、商品?」

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