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1 別離

 自分が幸せだったことを、少年は知った。


 目の前には、血でまみれた両親。赤黒いであろう血液は、夕方の薄闇のせいか、より黒く少年の目に映った。


 父親は動かない。既にこと切れているのだろう。


 母親はまだひくひくと動いていた。腹部の刺し傷から生命の液体がとめどなくあふれているのにも関わらず、我が子を取り返そうと這って手を伸ばしている。


 少年は自分を連れ去ろうとする殺人者の拘束から逃れようと必死でもがいていた。


 少年は自分が幸せだったことを知った。


 雨漏りを受け止めるための容器がいくつも置いてある狭い家に三人で住んでいた。廃品置き場を漁って得た拾得物を路上で売ることで一家は生計を立てていた。彼らは移民だったので、両親には仕事が無い。物が売れなかった日には食事ができなかった。清潔な服もこの国に来てからは着ることができていない。温かいお湯につかることもなく、冷たい川の水で身を清めていた。


 貧乏は嫌だ。少年はそう思っていた。けど、それでよかったのだ。父がいて、母がいて、その間に自分がいる。それだけで良かったのに。


「父さん!!!母さん!!!」


 少年は死に物狂いで殺人鬼の手を振りほどいた。母親のそばへ駆け寄り、屈む。


「母さん!死なないで!嫌だよ母さん!!」


 彼の母親の目は涙で溢れている。少年同様に。


 母親は少年の頭に手を伸ばした。温かさが、少年の頭のてっぺんから体全体へ下る。こんなときなのに、少年は安心感を覚えた。


「いい?約束して」


 母親が口を開く。少年は母親の目を見た。自分と同じ茶色い瞳だ。


「絶対に、幸せになって。私は、ハギリが幸せになってくれたら、もうそれでいいの。どんなに辛くても、どんな手を使ってでも、幸せになって。約束よ?」


 この言葉が母親から貰える最後のものであることを、少年は悟った。


 約束する、と少年は言ったつもりだったが、涙でうまく発音ができなかった。伝わらなかったかもしれないと思って、何度も大げさに頷く。


「いい子ね。ハギリ、頑張ってね」


 母親の手が、ハギリの頭から滑り落ちる。


 ハギリは母の手を握りしめて、泣き叫んだ。


 背後から人殺しの足音がした。


 振り向くと醜悪な目つきをした大男が立っている。


「殺してやる……!!絶対に、ぶっ殺してやる!!!!!」


 ハギリは無謀にもその男に跳びかかった。しかし、髪を掴まれ、腹部を酷く殴られ、意識を手放した。

 

 

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