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君が歩くから  作者: るう
8/8

第7話目: jiken

『冬になると雪が私を独りぼっちにして、春になると私は冬に置き去りにされたまま遥か遠くで花が咲く。春夏秋冬、私はずっと寒いところで独りぼっち』


 そこまで書いたところで、未來(みく)はパソコンの画面の前でちょっと考え込んだ。

(なんか暗いけど、いっか)

 公開、というボタンを押す。これでこの文章は、世界中に公開されることになる。もっとも世界中といっても、ただのブログだから通りすがりの人がチラっと見る他にはこの文章が人の目に触れることはないのだが……。


 私はずっと寒いところで独りぼっち。


 このフレーズが、未來はちょっと気にいっている。まさに自分のことをそのまま言い表しているという感じがして。


(私は独りぼっち……)


 未來はいわゆる登校拒否児童である。理由は何かと問われたら、特にないといつも言っている。


 本当の理由は、文章を書きたいからだった。学校に行かなければ、一日中文章を書いていられる。今日は詩を書いてみたが、本当は小説を書きたいのだ。

 今までは短い小説しか書いた事がないが、長編の小説も書きたい。実はプロットまで作ってしまっている。

 これを送って、もしこれが何かの賞を受賞したら、と思うと胸が震える。

 書きたいテーマ、人に発信したいメッセージはもう山のようにある。あまり人と話さないだけに、頭の中では様々なキャラクターが動いて自分を主張して、外に出たいと騒いでいる。

 この子たちに、脚光を浴びせてあげたい。


 未來は慣れた手つきで軽くキーボードを叩くと、いつも通ってるチャットに入った。

「おねーさん、こんにちは!」

 入ったとたん、挨拶の言葉が表示される。

「こんにちは。ゆーじくん。」

「今日はほんとに暑いねー。扇風機ずっとつけてたら、お腹壊しちゃって二時間くらいトイレにこもってたよ」

「扇風機って、そんなのつけるほどまだ暑くないと思うけど」

「うちは風通し悪いからめっちゃ蒸し暑い」

 ゆーじくん、とは未來のブログに初めてコメントをつけてくれた人で、なんとなく何度もコメントをつけてもらったりレスを返したりしてるうちに、二人でチャットで話すようにもなった相手だ。なんとなく一緒に話してて落ち着ける。

 中学三年生だということ以外は特に何もわからない。名前も本名なのかどうかはわからない。どうやら近くに住んでいるようだったが、未來としてはあんまりリアルでは人と会いたくないから住んでる場所などについては言わないようにしている。

 ちなみにチャット仲間はそれから徐々に増えて、合計で4人になっている。だが4人が集まる事は滅多になく、普段はこうやってフリーで遊びに来た人と話しているだけだ。

「今日ね」

「うん?」

「クラスメートが家に来たの」

「へ~」

「プリントを家に届けに来てくれただけみたいなんだけど…。なんとなく、優しそうな人だった」

「そうなんだ」

「うん……」

 なんとなく沈黙が続いた後に、

「学校に戻りたくなった?」

「そういうわけじゃないよ。学校には行かない。勉強なら自分でするし」

「みんなもいるしね」

「うん」

 集まってる四人のうちの二人は大学生だ。1人はとても頭がよくて、勉強で分からない所は教えてくれたりする。姉御肌な感じで、頼れる人だ。HNをケイと言う。もう1人は男性らしい。あまりチャットには来ないのでどういう人かはよく分からないが、あまり発言をしない無口なキャラと未來は思っている。HNはMASAだ。

「……ごめん、ちょっと親が呼んでるからいったん落ちるね」

「はいよ。お疲れ~」


 親が呼んでるというのは嘘だった。少し考えたい事があった。

(万引きの事、やっぱり噂になってるんだ)

 万引きは犯罪です、とどこの店にも書いてある。当然未來も知っていた。


 捕まるだろうか。いや、万引きは現行犯じゃないと捕まらない。だからもう大丈夫なはず。逃げたから。


 ちゃんと、逃げたから。


 言い出してきたのはケイだ。計画のキモは、2人で実行する事だった。万引きの瞬間2人でいて、逃げた時に二手に別れれば相手もどちらか一方しか追えないからという理由だ。完璧だった。そして、その通りにできた。

 もう1人の人は会った事はないが、向こうも自分には初めて会うのだとケイは言っていた。接点があると、後々のその人との人間関係に溝を作ってしまうからこの方がいいのだということだった。よく分からないがそういうこともあるかもしれないと未來は納得してしまった。

 当日の服装と帽子とサングラスが互いにあらかじめ知らされていたので、すぐに分かった。

 事に及ぶタイミングも、完璧だった。

 とにかく夢中だったので、どちらかが盗み役とかは決めてなかった事にも気づかなかったが、帰った時に盗んだ服は自分が持っていたので自分がやってしまったのだと思った。

 服はギザギザに切り刻んでバスに乗って遠くまで行って捨てた。


 それで終わりのはずだった。


けれど、警察が自分たちを追っているらしいということに気づいたのは、家に事情聴取に来たからだった。万引きという言葉は口には出さなかったが、万引きが行われた時刻を指して、この時どこで何をしていたのか、アリバイのようなものを聞かれた。

 特に小林家の人間をなんらかの事件の容疑者として考えている訳ではなく、みんなに聞いている形式的なものだと、それこそ形式的に説明した。

 あとは、その時刻に誰か不審な人物を見なかったかなどを細かく家族全員に聞いていった。


 未來はもう震えが止らなかった。捕まってしまうのだろうかと。


 いや、万引きは現行犯でないと捕まらないから、とそのたびに同じ説明を自分自身にしてなんとか納得させていた。でも怖い事に違いはない。警察は怖いし、自分には後ろめたい事がある。


(きっと真っ青な顔をしていた。警察は不審に思ったに決まってる)


 万引きではなく何かの罪に問われるのだろうか。


(やらなきゃよかった!!)


 あれから毎日毎日思っている。そんな事は犯罪だって分かっていたのに。駄目だって分かっていたのに。知っていたのに。

好奇心はあったのだ。小説を書く時の参考になるんじゃないかと考えて引き受けてしまったのが軽率だった。


 自分はなんらかの犯罪に巻き込まれたのだろうか。

 それから毎日ニュースや新聞を震えながら見ていたが、特にそれに該当する事件らしきものは見当たらない。


 その事をケイに問い詰めたら、実は自分も誰かに頼まれたのだと言う。

 今、色々な筋から情報を集めて、どういう事になっているのかを調べていると言っていた。それからは、あまりチャットには顔を出さなくなった。最後に、こんな事に巻き込んでしまって本当に申し訳がない、何を言ってももう遅いけれど、本当にごめんなさい、と何度も謝っていた。


 数日くらいしてケイが久々にチャットに現れて、「未來が万引きをしたと学校で噂になっているようだ」と教えてくれた。弟が同じ高校にいて、彼から聞いたのだと言っていた。


 今日のあのクラスメートの言動で、これはもう確定した。

 学校にはもう行けない。



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