第3話:yume
音が…時に波のように、時に嵐のように。
(きれいだ)
いつも、同じ感想しか抱けない自分が嫌になる。
通学路の途中で聞こえる音楽。不思議と、帰り道には聞こえない。しかもいつも同じ曲。
(他の曲は弾かないのかな…)
他の曲も聴いてみたい、と思わせた。
なぜだろう。
その音楽が聞こえるだけで、ただの車の音が、まるでドラマの一部分を切り取ったように聞こえてくる。自分の一挙一動までが、ドラマに組み込まれたかのような感じだ。たまに音を間違える時があって、その瞬間だけ、現実に舞い戻ってくる。
誰が弾いてるんだろう。何歳なんだろう。男なんだろうか。女なんだろうか。
「…くらい…」
「え…?」
「さくらい」
ピアノの音と一緒に、なぜか自分の名字が空気を渡ってくる。
「佐倉井」
後ろからだ。
あきらは立ち止まり、踵を返す。
…と、
「佐倉井!」
唐突に、頭に硬いものがぶつかってきた。
「いてっ」
「起きろ!」
英語の立原のアップが目に飛び込んできた。
(夢だったのか…)
というか、寝ていたのだ。
「おまえは、遅刻しておいてまだ寝足りないのか? 保健室で寝てくるか?」
「いや、遠慮しときます。すいません…」
保健室のおばさんは、一発で仮病を見破る事ができるという不思議な技を持っているのだ。そして見つかったあかつきには、すぐに担任に連絡がいって説教と宿題を食らう。
(あんなのもうごめんだ…)
あきらは宿題を嫌う、ごく平均的な生徒なのだ。
「ったく。明日は当てるからしっかりやってこいよ? それにほら、そこに鞄を置くな、と何度言ったらわかるんだ? 下ろしなさい」
言われて、隣の席に置いてある鞄をしぶしぶ下ろした。
(いいじゃねぇか。どうせ来ないんだから)
隣の席は、登校拒否を繰り返す女子生徒の席だった。
小林未來。
新学期に一度だけ顔を合わせたっきり、彼女は一度も登校してきてない。あきらは顔も覚えていない。新学期に顔を合わせたはずだったが、まさかその時には登校拒否になるとは思わなかったので、大して気に留めてなかったのだ。
極端に成績が良く、入試でトップだったという衝撃的な事実を知ったのは、それから数日経ってからだった。ちなみに二番手はあきらだった。遅刻魔の正体は実は成績優良児だったのだ。
けけけ、と嶋田が笑っていた。
窓から差し込む光がペンケースで反射していたので、眩しくてペンケースの位置を変えた。窓の形に切り取られた、嫌味なまでに蒼い空は、北海道に遅い夏が近づいていることを告げていた。