第1話:chikoku
「あーきーらー! また遅刻だぞ!!!!」
「おう。待ってろ」
佐倉井あきら。高校一年。早生まれの16歳。
遅刻回数トップのあきらに、級友の嶋田光世が手を振る。
北海道の春は短く、桜はとうに散ってしまってもうなんの枝かわからなくなってしまった枯れた枝の隙間から、嶋田が破顔してるのが見える。
「佐倉井! ほら急げ! もう鳴るぞ!」
生活指導の立原にも怒鳴られた。
(うーん。人気者だなぁ。オレ)
などと他人から見たら勘違い男、と言われかねない事を考えながら悠然と歩を進める。
低血圧だから遅刻は仕方ないんだ、と常日頃から主張しているが、遅刻の理由にならなないと同じく低血圧の英語の教師から口を酸っぱくして言われている。もっとも、低血圧だから仕方がない、というのはうわべだけの理由で、本当は「どうして遅刻しちゃいけないのかわからないから」だった。
遅刻というのは、礼儀に欠ける行為。だから駄目なのだろう、となんとなく想像してはいるが、「学校」というものを相手にどうしてそこまで礼儀を払わないといけないのかがあきらにはわからない。
もしもこれが、大事な友人などだったら話は別で、あきらは決して遅刻などしないが、学校に遅刻してはいけない、という理由がどうしても思いつかないのだ。
屁理屈だとわかっている。
けれどあきらはその考えの呪縛から逃れられないでいる。
もしもこの問いに納得のいく答えをくれる人間がいたなら、遅刻する自分を恥じたかもしれない。
しかしまわりにいる学友、教師たちはそんな事まで考えていないような素振りで、馬鹿の一つ覚えのように「遅刻はしてはいけないものなんだ」と繰り返す。それが更にあきらの気分を害するのだ。
(ばかばかしい)
チャイムが鳴り、ぱらぱらと急ぎ足になる他の生徒を横目に、あきらはもう覚えてしまったピアノのメロディーを口の中で呟きながら、まだも足を速める気もなく歩き続ける。
もっとも、こんなくだらない事にしか気がいかない自分の単調な生活に飽き飽きしての、ただの現実から逃れるための悪あがきなのかもしれないが。とちょっと自嘲気味に考えてみたりもする。
こんな事を真面目に考える自分は、実は誰よりも真面目な生徒なのではないだろうか、などと考える自分もいて、笑いたいような不思議な気分になる。