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「さてやるかー」
高屋は知乃から受けとったPCに電源スイッチを押し、システムを立ち上げた。
普段は見ない、真剣に画面に向かう彼の表情に、今更ながら知らない一面を見たようで、知乃はなんだか興味を引かれた。
「チノ。このボックスは何入れんの?」
少しして高屋の手が止まると、画面を指差しながら隣の知乃に見せてくる。
知乃は箸を置いて、高屋の小さめのPCを覗き込む。
「どれどれ。あ、ここは何も入れなくて大丈夫。デフォルトであるだけでうちは使ってないの」
「わかった、サンキュー」
淀みのないタッチで、高屋は入力を再開する。はっきり言って、高屋はITリテラシーが高い。営業マンだとPCのブランドタッチすら怪しい人達もいる中、彼は一度伝えればこちらの話をすぐに理解する。
以前、営業の人達からの問い合わせで何度教えても理解してくれない、と彼に愚痴をこぼしていた時に、それは、みんなリノみたいな若い女子と話したいだけなんだって、って笑い流してたけれども、絶対そうではないと思っている。
大した知乃のサポートも必要とせず、高屋の作業が完了したようで、PCのディスプレイが静かに閉じられた。
「おつかれさま。なんか私いなくても全然大丈夫だったか。さすが高屋くん」
「ううん、細かいところ色々、チノのおかげで助かった。また次もよろしく」
「ははは、私でよければいつでもどうぞ。それくらいしかお役に立てないし」
PCを収納ケースに戻しながら、高屋は思い出したように呟く。
「そういえば花本とはたまに会ってんの?」
花本紗耶、高屋と同じ部署で営業事務をやっていた、同期の友人だ。
「たまにLINEで話すくらいかな。元気そうだよ、紗耶。今は赤ちゃんのお世話で大変そうだけどね」
「ふーん、そうなんだ」
高屋の反応はそっけないが、同期というのもあり、紗耶とはそこそこ仲が良かったと聞いている。
色々紗耶から相談を受けることが多かった知乃は、一時期彼女が高屋のことを気になっていたことも知っている。だが彼女は最終的に、同じ営業部の2つ上の先輩、尾上と結婚し、今は退職している。
「パパが似合ってそうだね、尾上さん。よく子供あやしてる、って紗耶言ってたよ」
よく夫が家事や育児を手伝わない、と怒る主婦の話が世間の話題に上るが、尾上家は問題無さそうな気がする。だが、へえ、と高屋の反応はイマイチだ。やはり仕事が絡むと別なのだろうか。
高屋のグラスが空になっていたのを見て、ビール冷蔵庫から取ってこようか?と立ち上がろうとしたら、高屋に止められた。
「チノ、実は前に尾上さんに狙われてたんだけどね」
少しこちらを睨むように、高屋がとんでもないことを言ってのけた。
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