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現代物が突然書きたくなりました。
・・・別に自分がすごい仕事できるとか、可愛い顔してるとか思ってない。
森川知乃、28歳、独身、某中小商社のIT部所属6年目。
名前はともの、ではなくて、ちの、と読む。
今日は金曜日。
花金、といわれる時代もあったようだが、そんな華やかな生活とは無縁の今、オフィス街にある会社を出ると真っ直ぐに地下鉄の駅に向かう。
「お疲れ」
聞き覚えのあるやや低め声に、振り返ると、紺のスーツ姿の男が背後に現れた。
「高屋くん」
同期入社である高屋は少し長めの前髪から覗く、やや釣り目の瞳で知乃を捉えながら、その長い脚ですんなりと彼女の隣に追いつく。
「チノ、今日残業なし?珍しいね」
「うん、ちょっと調べ物が溜まってるくらいで今週は割と平和だったよ」
知乃の所属するIT部は、最近行った社内のデータベースシステムの刷新で問い合わせ対応に追われ、毎日午後10時、11時帰宅が常態化していた。それが先週やっと運用が軌道に乗るようになり、今週からはやっとのんびりとした毎日が戻って来ていた。
「高屋君も?」
「ああ、まあ営業は数字さえ出してりゃ、出退勤は自由だから」
軽く目の前の優秀な男は言うが、それが簡単ではないことくらい門外漢の知乃にだって分かる。
大手の商社に比べて知名度やネットワークの広さが不利な状況で、営業一人一人の能力への依存が高くなっている。そのせいで、力不足やストレスで中堅社員でも離職するケースを時に見てきた。
金曜ということもあり、一週間の疲れか、時折こちらを見る高屋の目元にもうっすら隈が見える。
「そっか、とりあえず高屋くん、一週間お疲れ様」
弱音は滅多に見せない高屋の心情を思い、笑顔で労う。
彼が軽く肩をすくめた気がしたが、まあ気にしないでおこう。
些細な話をしながら地下鉄の駅まで歩いていく。
「あ、あのシステム、そんな機能あんの?まじか」
「うん、今までは全部手入力だったでしょ。新しいシステムは過去のデータから予測して候補を出してくれるから便利だよ。ちょっと見方がわかりにくいんだけど」
「来週俺、大阪出張だから今週のやつどうしよっかな・・・よし、チノ、今日これから時間ある?」
地下鉄改札を潜って、唐突に思いついたように高屋が知乃の顔を覗き込んで来た。
「え?今日はもう帰るだけだけど・・・」
不意打ちで近づいた高屋のにっこりとした顔が、見慣れてはいても心臓に悪い、と知乃は思った。
お読みいただきありがとうございます。次話からストック分、毎日10時に投稿予定です。