第4話
――そうして気づけば放課後になっていた。
話題が話題なだけにうかつに口を開けないし、啓一は人気者ゆえ、一人になることがほとんど無い。
一応、啓一には「あとで話がある」とだけ伝えたけれど、結局未だに相談できていないのだった。
そして、肝心の渡瀬さんはたった今教室を出て行ったところだ。
――大丈夫、まだ間に合う。
冷静に考えれば啓一にこのことを伝える方法なんていくらでもあったと思う。
メッセージアプリを使う、連れ出す、呼び出す、耳打ちする――
でも、この時の僕は冷静さを欠いていたがゆえに、思考が一本道になってしまっていた。
――冷静さを欠く、それはなぜ?
なぜ?それはなぜだ?
「んじゃ俺部活行くわ」
「おうまた明日―」
今だ。
「啓一、来い」
「何だよ、ってああ、そういや何か用が・・・」
「いいから来い」
そうして僕は啓一の腕を強く引いて廊下へ出る。
「――その感じ、マジなやつか?」
「ああそうだよ、マジな相談だよ」
「すぐ話せ」
「っ、でもここじゃ――」
「大丈夫だよ、誰も俺らの会話になんか耳を傾けちゃいない。だから、話せ」
「・・・わかった」
そして僕は昼休みにトイレであったことを話した。
渡瀬霞の新たな噂のこと
下品な男子生徒たちの会話
そして、それを聞いた啓一の反応は
「ばっっっ・・・・!!!!」
――馬鹿野郎!そう叫びかけて、啓一が必死に声を抑え込むのが分かった。
すぅーーーっと大きく深呼吸して、彼は言葉を続ける。
「言いたいことは山ほどある」
「うん」
「とりあえず一言だけ」
「うん」
「俺はお前が友達でよかったと思う」
「は?」
こんな時にこいつは何を言い出すのか。
しかし、顔が笑っていない。真剣な目つきで口元に拳を当てる。
――大丈夫だ、こういう時の啓一は頼りになる。
「大丈夫、その話には四パターンある。最悪なのはそのうち一つだけだ」
「うん」
「そして考えられる渡瀬霞の大まかな行先は三つ、俺たちは二人、ハズレを引くのは三分の一」
「うん」
「単純に計算して一二分の一しかその最悪のパターンは無い」
「もし最悪のパターンを引いたら?」
「その確率すらも潰す」
「オーケー信じよう」
「それじゃあ行動に移すぞ――」
役割分担の結果、啓一が校舎内を担当し、僕が校舎外を担当することになった。
その際に抑えておく何か所かのポイントも教えてもらった。
分担に関して思うことはあるけれど、僕は啓一の言葉を家族よりも信用する。
だから、迷わない。
――ふと、思うことがある
パターン一、渡瀬霞が体を売っているという噂が嘘で、トイレで聞いた会話が冗談だった場合。
これが一番安全なパターンだ。
ひたすら渡瀬さんを探す羽目になるが、何事も起こらない一番理想的なパターン
第一候補、校門前、ハズレ
――普段はあれだけ他人を否定しているくせに、なぜこんな時だけ慌てて動くのか?
パターン二、渡瀬霞が体を売っているという噂が本当で、トイレで聞いた話が冗談だった場合。
ここから正直対応に困る。
ひたすら渡瀬さんを探し回った結果、今日は何事も起こらないが、後で問題が起きることになるパターン。
だが、先延ばしにはできる。時間さえあれば解決策は何かしらあるはずだ。
第二候補、体育館裏、ハズレ。
――なぜ、なぜだと?そんなの決まっている。知っていて何もしなかった、と後悔したくないだけだ
パターン三、渡瀬霞が体を売っているという噂が本当で、トイレで聞いた話が本気だった場合。
この場合はどうするべきだ?お互いの合意があるのなら見逃すか?
それでも最悪説教くらいはしなければいけないだろう。だがそれは別に僕でなくてもいい。教師か、両親か、はたまた啓一に説教を頼んでもいいかもしれない。
退学になったところですべき義理は果たせるはずだ。
第三候補、特別棟裏の隅、ハズレ。
――後悔?後悔するほどお前は誰かに肩入れしていいのか?一度手ひどく裏切られているのに?
パターン四、渡瀬霞が体を売っているという噂が嘘で、トイレで聞いた話が本気だった場合。
これが、考えうる中で一番最悪なパターン。
渡瀬さんに断られて彼らが身を引いてくれれば万々歳。
でもそうはなりづらいと思う。
渡瀬さんは多分「はい」も「いいえ」も、そして「助けて」とも言わない。
絶対に声を出さない。
これは勘。
そして一度火のついた男子の性欲は簡単には収まらないし、本能のみに従うケダモノにだって成り果てる。
だから、犯罪が生まれる
だから、事件が生まれる
だから、悲劇が生まれる
まるでその考え方は正義のミカタのようだ。
自分勝手に悪を決めつけて、正義の押し売りをしようとする。
でも――
第四候補、合宿所裏、アタリ
――うるせえよ僕。四の五の言わずに行動で、示せ!
そして僕は拳を強く握って、一歩前へ出る。
合宿場の外の壁にもたれるように渡瀬さんがいて、その周りを男子三人組が固めていた。
――待て、まて、マテ
微かに残った自制心のような何かが僕の足をそこで止める。
――何でだよ!今ここで行かなきゃ絶対に後悔するぞ!
行け、という炎のように熱い身体と、待て、という氷のように冷たい心。
――勘違いかもしれナイ、パターン三の可能性アり、啓一にレンらク
――様子を見ろってのか?この状況で?どうみてもクロだろう!
相反する二つの信号が全身を駆け巡る。
「近くで見るとマジ胸ちっさ!」
「俺巨乳派だけども小さくてもいけるわ」
「俺穴があればなんでもいい派!」
ゲスな三種の嗤い声
「いやぁそれにしてもホントに喋んないなコイツ」
「実は喋れないんじゃねーの」
「それ逆に好都合じゃね?」
笑顔の三匹のケダモノと、恐怖で震える少女。
その瞬間、僕は全ての感情を炎に委ねていた。
「いいじゃんいいじゃん、倍の六千円払うから――なぶっ」
中央にいたケダモノの腕を引いて、現れた顔横を全力で殴った。
倒れたケダモノを跨いで、僕は少女の腕を強く引いて、後ろに放り投げた。
その場にいた誰もが今の状況が理解できていない。無論、僕も。
まるで、時間が止まったかのような間をおいて、僕は叫んでいた。
「行け!!さっさと行け!!邪魔だ!!!!」
「な、てめぇ何しやがんだ!」
渡瀬霞は、喋らないのではなく、喋れない。
なぜそのことを考えなかったのだろう。
なぜその可能性を見なかったことにしてきたのだろう。
なぜ僕らは勝手に決めつけて、勝手に吹聴していたのだろう。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ――
「一匹くらい道連れにしてやる・・・」
自分で自分が、許せなかった。
正直その後の事はよく覚えていない。
確実なのは、殴った三倍以上に殴られて、蹴った三倍以上に蹴られたこと。
そして、気づいた頃には僕は闇の中にいたということ。