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そして僕たちは恋をする  作者: しのたま
1.そして僕は再び彼女に出会う
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第3話

 一歩一歩、緊張でよろけないようにゆっくり歩く。

 後ろの席から黒板が見えるようにと設置された段差にもまた、注意が必要だ。


 転んで恥をかくのは嫌だ。無論、自己紹介で自爆して恥をかくのはもっと嫌だが。


 一つ、彼ら彼女らの自己紹介を聞いていて学んだことがある。これは僕らのように呼ばれるのが遅い組でないと気づかないことだろう。

 そうして僕は教卓の前に立つ。いや、皆から見れば教卓の後ろ側になるのだろうか?

 いや、そんなことはどうでもいいのだけれど。


「――っ」


 正面を見やるとクラス全体からの視線が突き刺さる。

 一年経つと大体忘れてしまうが、これを毎年のように経験してるんだよな、僕らは。


「あー・・・」

 と発声練習。大きすぎず、小さすぎず、丁度いい声量を出すのは結構難しい。

 大体皆あー、とかえーで始まるのはそのせいなのだと思う。

 一発で狙った声量を出すなんて僕には無理だ。


 閑話休題


「幸城幸也です。趣味はまぁ、色々ありますが家でだらだら過ごすのが好きです。よろしくお願いします」


 正直、かなり短い自己紹介だと思う。

 けれども一つ確信がある。

 この自己紹介における剣崎先生の一つのルールとも言っていいと思う。

 それは――


「えぇ、何、終わり?もうちょっと喋ってもいいぞ、順調なおかげか尺余ってるし」


 ・・・と、これは少し意外な切り返し。


 よろしくお願いします、と締めくくれば大体そこで剣崎先生が適当に切り返して終わらせてくれると思ったのだけれども・・・


「いえ、遠慮させていただきます」

 回りきらない頭でそう答えるのが精いっぱいだった。

「しょうがねぇなぁ、余った尺は俺が喋らせてもらうか。んじゃ、よろしくっ」

 ぱちぱちぱち、と拍手をする剣崎先生。

 そんな先生の言葉にえぇー、と何人かの声が上がり、それに釣られるように周りが笑う。


 自己紹介という名の公開処刑を終えた僕にとっては、そんなクラスメイトたちの拍手が突き刺さるような思いだった。


「おつかれ」

「ん、ありがと」


 席に戻ると同時に啓一が言葉をかけてくれた。

 こういう労いの言葉がすっと出てくるあたり、啓一の人柄の良さが伺える。


 やっぱり敵わないなぁ。


 まぁそれが敵ったとしても、啓一のようになれるとは限らないが。


「んじゃ次、最後―」


 そういえば僕の出席番号は二九番だということを思い出した。一クラス三十人なのだから、僕の次の人が自己紹介を終えればこの年に一度の恥ずかしい行事も終了する。

 最後の犠牲者の名前は――


渡瀬(わたせ)―」


 ああ・・・あいつだったか・・・


「は・・・初日から遅刻かぁ?」


 呼ばれた本人が返事をしないので恐る恐るそちらを見ると、窓際一番後ろという良席が空席だった。


 まぁ渡瀬が遅刻なのはよくあることだ。

 なにせ去年同じクラスだったのだからその光景をよく見ている。


 そんなことを思い出していると、教室の後ろの戸がガラリと音を立てて響いた。

 当然、教室の全員が目がそちらを見ることとなる。


 沈黙が、辺りを包んだ。


 他のクラスから漏れてくる喧噪が、開いた扉から微かに聞こえてくる。

 他のクラスから男性の声が、空いた扉から微かに聞こえてくる。


 そんな中でひときわ異彩を放つ女子が扉に手をかけて立っている。


 彼女を一言で言い表すのならば、『方向性を著しく間違えたギャル』と言ったところだろうか。


 彼女を見て、最初に目に付くのは腰まで伸びた長髪で、これがまたやりすぎじゃないか?というくらいに金色に染まっている。

 そんな特徴的なロングヘア―だが、艶のつの字も感じられないくらいに傷んで跳ねていて、手入れしているのか聞きたくなるくらいぼさぼさなのだ。


 そして顔、これもまたやりすぎじゃないか?というくらいに化粧が濃く、逆に怖いくらいである。

 口元は常に大きなマスクで覆われていて、外しているところは誰も見たことがない。一体どこの都市伝説女だろう?


 そんな頭部を支える首を始め、身体の線は細く、日焼けをしていない手足は雪のように白い。それはまるでダイエットしすぎて失敗したモデルのようだ。

 ちなみに身長は女子の中では高く、確か僕と同じくらいだったはずだ。

 しかし残念なことに胸はほとんど無い。


 そんな外見をしていながらも、別に着崩すことなく普通に制服を着ているのがある意味印象的でもある。


 正直、渡瀬という人物を詳細に説明するのならば、言葉がいくらあっても足りない。それくらいに癖のある人物なのだ。


「あー・・・渡瀬、とりあえず席に荷物を置いてくれ、窓際の一番後ろの席な。んでそのあと前に出て自己紹介。もう他の生徒は済んでるから渡瀬は後で個人的に紹介してもらえ。あと、今日の遅刻はな・ん・と・か見逃してやるが、次からはガンガン内申点減らすからそのつもりでいるように」


 剣崎先生の言葉にこくりと頷いて、席に荷物を置く渡瀬さん。名前を呼ばれたときに嫌そうな表情を浮かべたようにも見えたが、正直濃すぎる化粧とマスクのせいでよくわからない。


 そして手招きをする先生の元へすたすたと歩いていく。

 今彼女には教室全体から視線が突き刺さっているはずなのに、それをまるで気にしていないかのようだ。


「んじゃ自己紹介よろしくっ」


 正直そんな空気では無いと思うのだけれども・・・あくまでブレない剣崎先生の姿勢に意地のような何かを感じた。

 そして彼女は――


 黒板に名前を書き始めた。

 

 これ、去年も見た気がするなぁ・・・


 そんなことを思いながら彼女の様子を見守る。

 チョークが黒板を擦る独特の音が教室の中に響いていく。


 そして、彼女が最後の一文字を書き終えて、チョークを置いた。

 僕が黒板にかかれた文字を確認している頃には、渡瀬さんはこちら側に振り向いて、軽く会釈して――自分の席へ帰って行った。


 この間、わずか数秒。


 もちろん誰も口を開いていない。

 先生も、クラスメイトたちも、僕も、そして渡瀬さん自身も――


 黒板にはちょっと異常な三つの漢字が残されていて、ご丁寧にふりがなまで振ってあった。


 殴り書きのように汚く歪な文字で『渡瀬』と

 人格が変わってしまったかのように綺麗で丁寧で、苗字よりも大きな文字で『(かすみ)』と


 なお、苗字にはふりがなは振ってなかった。


 渡瀬(かすみ)


 それが彼女のフルネームだった。



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