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2-23.冬を好きになれる日が来たら9/竜蛇の争い




 列車ワームというのは古代王国の地下を移動するために品種改良された『搭乗獣』という生物の一種らしい。呪力という形のないエネルギーだけを喰らい、生物を消化する能力は持たない。そのかわり、乗車賃として生物が発する微量の呪力を吸い上げて走行する。そういう仕組みの公共交通機関なのだという。


 地下を移動し続けるその怪物に捕食、そして格納された『天使を制御するための秘宝』。現在行われているのはその秘宝とやらを巡る戦いであるわけだが、肝心の列車ワームがこの場所にやってこなければ話は始まらない。


 地下に広がる空間にそれらしい姿はなかったが、列車ワームは呪力というエネルギーを主食とする都合上、呪力を感知することができるらしい。

 ラズリさんの説明によれば、呪力というのは主に人が発するエネルギーであり、これだけの集団が集まっていれば待っているだけで列車ワームの方からやってくるんだとか。


 まして、今は二大勢力が激突する乱戦の真っ最中だ。

 視界をでたらめな軌道で埋めつくす無数の弾道予測線。弧を描いて降り注ぐ巨大な火の玉、地面から隆起する岩の壁、人を吹き飛ばす突風に正確に追尾してくる投げ槍。


 ラズリさんが展開していた超重力発生地帯は既にキロンが放った光の矢に引き裂かれて消滅していた。槍神教側の最大戦力はヤンブロスクと熾烈な戦いを繰り広げながら俺に向かって「目を覚ませ」とか「今助ける」などと呼びかけてきているようだが、ラズリさんへの愛情で埋めつくされた俺の心はまったく揺らがなかった。


 激突する勢力の数はいずれも三十から五十人程度のものだったが、ラズリさんが用意していた伏兵の参戦によって戦場の混乱は増している。

 餌となる呪力は既に大量発生しているはず。

 超常の神秘が飛び交うその場所に、徐々に振動と轟音が近づいてきていた。


「サタン、部隊を下げて。そろそろです」


 ラズリさんの指示に従って、凶悪な大顎を持ったワニ頭の男が指揮している部隊に後退を命じる。俺もまた呪動装甲を操作して広間の中央から離れた。

 直後だった。奥の方にあった隧道トンネルから巨大な何かが現れたのは。

 側面に幾つも穴が開いた細長いミミズのような生物、と言うのが適当だろうか。

 流線形のフォルムには目や鼻といった感覚器は見当たらず、口さえ存在しない。


 腹を蠕動させているのか、下に小さな足でもついているのか、何らかの手段によって猛烈な勢いで移動する長く細い巨大生物。その様子は確かに列車さながらだ。

 遂に現れた列車ワームはまっすぐに戦場のど真ん中めがけて突っ込んできている。

 その上に見えた人影には見覚えがある。

 メガネをかけたコブラ男としか形容できない怪人、ネフシュタンが叫ぶ。


「生贄は十分に集まった! さあさあ、楽しいパーティを始めましょう!」


 轟音と共に逃げ遅れた牛人たちが轢かれていく。人体が潰される音と絶叫が混ざりあい、戦場の混乱は更に拡大していく。列車ワームは自らが生み出した大量の屍に引き付けられるように広間をでたらめな軌道で周回し始めた。大質量が通過するたびに悲鳴が響く。

 そんな混乱の中から飛び出す影。

 身軽な跳躍で列車ワームに飛び乗った武僧がネフシュタンに正面から挑みかかる。


「奉竜山の恥晒しめ! この『双連掌』ハギリ・ホウの名にかけて、貴様はここで倒す!」


 ラズリさんが集めた頼れる仲間たちの一人が堂々と名乗りを上げてネフシュタンの注意を引く。左右の掌を上下に互い違いに並べた構えからの踏み込み。鋭い打撃が蛇人の身体へと吸い込まれてく。迎え撃つネフシュタンは片腕のみでそれを軽々といなしてみせた。

 武僧ハギリの表情が絶望に染まる。


 渾身の初撃を防がれたからではない。

 本命の一撃をネフシュタンの背後から放った仲間の暗殺者、バイター・ベルシェロンが血を吐いて倒れ、列車ワームから振り落とされるのを見てしまったからだ。

 あっと声を上げて恋人に手を伸ばすハギリ。動揺から隙を晒した武僧の首筋に突き刺さるネフシュタンの貫手。致命傷だった。おそらく暗殺者も同じようにあの毒牙の指先にやられたのだろう。目、鼻、口、耳から血を流しながら崩れ落ち、恋人と同じ末路を辿る。


 瞬く間に二人の刺客を返り討ちにしたネフシュタンの上体が大きく揺らぐ。

 キロンとの戦いの片手間、隙を見て放たれたヤンブロスクの鬼火が炸裂、熱波と衝撃をまき散らして一瞬の隙を作り出す。

 その瞬間を、彼女は見逃さなかった。


「これで詰みだ」


 その声は大広間の真上から響いていた。

 上に空いた大穴から翼付きの搭乗型呪動装甲がゆっくりと降りてくる。

 円形に開いた操縦席から身を乗り出している白い服の女はアルテミシア。

 この時のために待機していた彼女は眼下の戦場を見渡せる位置から巨大な列車ワームの全体像を正確に捉えていた。全てを石化する恐るべき視線が怪物を呪縛し、その動きがゆっくりと減速し、やがて停止した。


 列車ワームの上に立つネフシュタンはぎこちない動きながらまだ動ける様子で、全身を震わせながら上空のアルテミシアを見上げようとした。静止した蛇人に次々と突き刺さる炎と熱線。竜導師たちによる攻撃を受けながらもネフシュタンの動きは止まらない。

 その顔が上を向く。双眸が妖しく輝き、コブラ特有の頸部フード中央にある斑紋がぎょろりと眼球のような質感を宿してアルテミシアを睨みつける。


 四つの視線が石化の眼光を押し返す。

 アルテミシアの表情が苦痛に歪み、降下しつつあった呪動装甲が不可視の力によって真下から押し返されていく。巨大なオカルトパワードスーツが足元から灰色に石化していくのがここからでもはっきりとわかった。


 必勝を期したラズリさんの作戦がネフシュタン個人の圧倒的な力によって打ち破られつつあった。ヤンブロスクの翼がキロンの矢に撃ち抜かれ、鳥人が地面に転がり落ちる。形勢が一気に変わろうとしている。またわからなくなった。やはり、ネフシュタンの背後にいる黒幕は槍神教だったのか? 今、この場の状況をコントロールしているのは誰なんだ?


「心配しないで。仲間たちを信じましょう? あの子が活路を開いたら列車ワームに乗り込んで目的の物を奪取してください。いよいよあなたの出番ですよ」


 混乱する俺の背後からラズリさんがそっと囁きかける。

 頭の中が圧倒的な多幸感に包まれた。その危険性を強く認識しつつ、俺は呪動装甲を前に進ませた。ラズリ・ナアマリリスはまだ余裕を見せている。ここまでは予定通り推移しているということだ。


 予想を裏付けるように、上空の呪動装甲が完全に石化した瞬間、アルテミシアは機体を乗り捨てて空中に身を投げ出した。いつの間にか手に握っていた巨大な赤い宝石が閃光を放つ。詳しくないがルビーあたりだろうか。両手で支え持った宝石を前に突き出しながら、勢いよく呪文めいた言葉を唱えるアルテミシア。 


「極北より来たれ死の地霊ゴグマゴグ! 我が父祖ノゴル・ギ・ガマルの名において命ず。十一座の担い手、『大いなる固定者ルーレイショー』よ! 呼び声に従い地の摂理を示せ!」


 意味はわからない。俺に理解できたのは目の前の現象だけだ。

 ネフシュタンの左右に広がったコブラのフードが突然弾け、その上体が崩れる。

 列車ワームの真下で床面がひび割れ、隆起した大地が巨大生物の全身を挟み込むようにして固定、更に接触した部位から石化させていく。


 アルテミシアが何らかの奥の手を使い、ネフシュタンとの睨み合いに勝利した。

 俺に分かったのはそれだけだ。そしてそれだけで十分だった。

 左の幻掌を押し込む。呪動装甲が疾走し、列車ワームに取りついた。

 側面の穴に侵入しようとするや否や内部から何かが襲い掛かってくる。


 大蛇、いや、その抜け殻だけだ。脱皮した蛇の残骸が単独で動き、突進してきたのだ。

 中身が無いにも関わらず、重量感あふれる衝撃。こちらを丸呑みにできるほどの質量が呪動装甲に噛みつき、そのままの勢いで外へ押し出そうとしてくる。

 意味が分からない。まともに相手にしようと考えるだけ無駄だ。


 アルテミシアに倣い、機体を乗り捨てて大蛇の抜け殻をやり過ごす。

 列車ワームの中に突入した俺は、座席や吊革が並ぶ人工的かつ肉感的な体内に少し驚きつつ周囲を見渡す。先頭に近い場所に巨大な棺のような箱を見つけた。

 恐らくあれが目当ての品だ。近づこうとした瞬間、真上から誰かが落ちてくる。


「全く、なかなか楽しませてくれますね」


 アルテミシアの顔面を鷲掴みにしながらネフシュタンが笑う。

 血まみれの女を外に放り捨て、蛇人が俺の目の前に立ちはだかった。


「今度はたっぷり遊びましょう? その『鎧の腕』が見掛け倒しでないことを祈ります」


 右半身を前に構え、敵を睨み据える。

 秘宝を巡る争奪戦、その流れを決定付ける戦いが幕を開けた。




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― 新着の感想 ―
[一言] このまま鈴国派として取り込まれるのが最善なのか
[良い点] オデュッセウスの鎖 最高w
[良い点] ラリラリアキラくんで笑ってしまった
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