2-11.忘れがたく尊い絆
泡が浮上して、ぱちりと弾ける。
それは夢。そして苦痛。避けがたい内なる罪。
触れたゆびさき約束ひとつ。重なる違い手かたちはふたつ。
「背負わなくていいものを、背負わないで」
それは奇跡のような再会だった。
聞こえないはずの言葉。届かないはずの声。
物言わぬ死者が蘇り、生者と言葉を交わす。それは未練が作り出した虚構だ。
だからそれは幻。空々しいだけの嘘。
そうだとわかっていた、それでも。
『化け物になって仲間を憎むようになるくらいなら、死んだ方がマシだ』
カインは確かにそう言った。
色の無い左手が静謐な歌を紡ぎ出す。
現れたのは過去の姿。どこまでも都合のいい幻影。
俺はその夢に縋り付き、そしてきっと呪われた。
『ありがとう、気にするなよ。それから、いいパンチだったぜ』
俺が殺した男は、そう言って美しく光の中へ消えていった。
なんて呪わしい赦し。
その輝かしい一瞬が、心を縛り付けて離さない。
あの時からずっと、俺は幻に取り憑かれている。
教会の広い中庭から見えるこの街の空はいつもより高く感じられる。
夕焼けが遠ざかったあとに広がる空は、闇に染まる直前の静謐な藍色だった。
ブルーモーメント、あるいはマジックアワーと呼ばれる薄明の青。
沈む太陽と共に夕焼けが去り、夜が星々を引き連れて来るまでのわずかな時間。
空に広がるのはどこか不穏な、それでいて幻想的な青い闇だ。
俺はこの空が嫌いではなかった。
かつて俺を救ってくれた青い闇は、この空のような色をしていた。
こちらの思考は語らずとも伝わる。
想起したかつての記憶を読み取って、伊達男が何かに思い当たったように微笑んだ。
「ああ、じゃあそれはきっと禍鳥だ」
「ペリュトン?」
「さしずめ君にとっては青い鳥、かな。遠い幸福ってやつだ」
何が言いたいのか、男の言葉は奇妙なほど優しい。
たまに、こういうよくわからないことが起きる。
俺の知らない知識をどうして妄想の男が知っているのだろう。
無知な俺の深層意識が捏造した知識だとは思うのだが。
「共に死線を潜り抜けた戦友との再会の約束か。ならこの場所でただ待つことにも意味はある。生きて未来に希望を繋ぐ。それは間違った生き方なんかじゃない」
俺がこの異邦を訪れた最初の日を思い出す。
森の中で遭遇した修道騎士の集団との出会いと冒険、怪物との死闘、そして別離。
今もまだ夢に見る。毎晩のように、流れた血と断末魔を再生する。
死の光景が、目に焼き付いて消えない。
その中で交わした、たった一人の生き残りとの約束も。
「俺は無力だよ。恩人の窮地に何もできないんだから」
ごく自然に、俺は修道騎士アズラの話を妄想彼氏に打ち明けていた。
キロンとの出会いから明らかになった恩人の窮状。力になれるかもしれない機会を蹴ったこと。恩人が所属している槍神教との対立。俺が奴らに抱く不信。
多分、俺は誰かに話して楽になりたかったのだろう。
そしてここには理想的な聞き上手がいた。それはそうだろう。妄想彼氏が聞き上手じゃないことなんてまずありえない。
「そうか。恩師に対する義理は裏切れないか。全く、ままならないもんだ」
静かに息を吐いて、男は天を仰いだ。
それから真っ直ぐに空を見つめたまま、ひどく真剣な表情になる。
「だが、君は俺の大切な人の身を案じてくれている。槍神教の修道女である彼女をだ。大切なことが何か、もう気付いているんだろ? 槍神教とかティリビナ人とかそういうことじゃない。相手がどこに立っているかなんて、そんなの関係ないんだ」
これは俺の心が実行しているセルフカウンセリングなんだろう。
俺が必要としている言葉、俺が理想とする答え、そうできたらいいという願望。
だがそれはあくまで妄想。思い描くだけの絵空事だ。
「そんな簡単にはいかないだろ」
「そうだな。だが君はどちらでもない自分を選んでる。俺の事が見えるのは、きっとそんなふうに生きているからこそだ」
はっとして目を見開く。
視界の中心に、そいつは確かに実在する。
「俺は、どこにもいないからな」
幻が笑う。俺は何を求めている? 恩人を救うことか。恩師の仇討ちか。それとも哀れな女に手を差し伸べることか? どれも正解で、どれも不正解だ。
俺が求めているのは幻だ。
あの時、どうしようもない絶望の中で見せられた魔法。
救済の虚構。死を偽る物語。
死後という名の幻想を夢見るのが、死んだ後を生きる転生者なんて滑稽な話だ。
だとしても、どうしようもなく美しい嘘がこの世には存在していると教えられた。
俺はこんなにも、幻影という名の救済に焦がれている。
「なあ、どうせなら未来を見ようぜ。都合のいい夢だ」
「夢か。景気のいい話は嫌いじゃない。無敗のチャンピオンとか、悪の外人反則野郎をとっちめる善玉ブルドッグとか」
「お、調子が出てきたな。ならその方向性で行こう。最強の男を目指すってのはどうだ」
俺たちは馬鹿みたいな話をした。
存在自体が馬鹿げているから、それは多分あるべき姿だ。
最強。強さ。揺るがぬ力。それこそ男が好きな大嘘でしかない。
それでも伊達男は憧れるように遠くに手を伸ばした。
「街の中心に宣名碑があるだろう。俺の名前をあそこに刻みたい」
「この街の番付表だったか? 我らが犬のチャンプが自分の名前見つけて喜んでたな、そういえば。あれってどこの物好きが管理してるんだろうな」
いつ誰が建てたのかは不明だが、街の中心で何かの記念碑のように堂々と聳え立つその石碑にはずらりと俺には読めない文字が刻まれていた。とはいえ言葉のわからなかった時期の俺にも周囲の様子からそれの正体は理解できていた。百人ばかりの人名が並んだ、それは『強さのランキング』だ。好きな奴は永遠に好きな『誰が一番強いか』というアレだ。
「嫌いじゃないだろ?」
「否定はしない」
無関心を装う俺の態度に隣で苦笑の気配。まあわざとらしいか。
男に名前はない。女は設定を作り込まなかったし、俺も名付けていない。
脳内彼氏がその存在の証を誰かに示す事はできない。
だからこその夢。都合のいい未来を思い描くことくらい、誰にでもある。
「俺はたとえ妄想の中でも『最強』を望まれた男だ。だからこそ、竜帝が認めるほどの誇りと強さをもって一つの戦域を登りつめてみたい。なんてな。名無しのクランテルトハランスには過ぎた願いだ」
そう言って、恥ずかしそうに笑う。
この街における強さの番付。それを見た男が一度は夢見る最強の高み。
知らないはずの単語。俺の深層意識が望んで喋らせている妄想の言葉、それはつまり俺自身の内なる願いということだ。
俺はこんなことを考えていたのだろうか? 最強になりたいと?
たぶん違う。本当に望んでいるのは、むしろ『この場所に名を刻む』ことの方だ。
「そうか。俺たちの実力だと、まだ遠いな」
「中々シビアな自己評価だ。もう一戦くらいやっておくか? 少しはランクを上げられるかもしれないぜ?」
冗談めかして夢を語る。
無謀、不可能、そんなことは知っている。
形だけでも未来や希望があれば救いがあるような気分にはなる。
明日くらいなら生きてもいい。いままでの俺はずっとこの繰り返しだった。
だが、これからは。
「なんか戦いたくなってきたな。やるか」
「よしきた。と、しまった。やる気にさせといて悪いが、呼ばれてる」
互いに向き合って構えたところで、伊達男はばつが悪そうに俺に謝罪した。
その姿が薄れていく。遠くで幼子が泣き叫ぶような声。
俺は構えを解いて首を振った。
「気にするな。さっさとお姫様を救いに行けよ、王子様」
誰かの妄想彼氏は、気持ちの良い笑顔を浮かべて夜に溶けていった。
いつしか空は黒に染まっていた。魔法の時間は終わったのだ。
遠い悲鳴が収まっていく。必要とされた幻が、あるべき場所に帰った結果だろう。
妄想彼氏は変わらず誰かを救うために存在している。
なら俺は?
身体の熱はまだ残っている。どこかを目指したいという衝動もだ。
立ち止まっていても何もできない。
自分にできることなんて、どうせ殴る蹴るくらいしかない。
「よし。決めた」
キロンを殴りに行く。
その後のことは深く考えていない。
ただ俺がそうしたいからそうするだけだ。
修道院内に割り当てられたキロンの住まいは角の方にある大きめの部屋だった。
それなりの地位なのだろう。もしかしたらギデオン亡き今、この修道院における最高責任者なのかもしれない。いずれにせよ部屋の扉は見るからに頑丈そうで、この世界で普及しているらしい無数の文字が刻まれているタイプの鍵で施錠されていた。
「魔導書型ならこいつの出番だ」
ノックなどするものか。俺はこれから喧嘩を売りに行く。
ドアなど強引に蹴破ってこそ勢いが出るというものだ。というわけで俺は『断章』と『幻掌』を併用していつものようにアストラル界を経由した解錠を試みる。
「ぐ、思った以上に厳重だな。いや、だがこっちを押さえておけば、こうなるから」
しばらく目に見えない格闘を繰り広げていると、やがてそれらしい手応えが生じる。
ここだ。俺は鍵を強引にこじ開け、勢い良くドアを蹴り飛ばして室内に侵入。
「邪魔するぞ! 俺と勝負だ、キロン!」
そして勝ったらアズラに会わせてもらう。あ、いや、槍神教内でキロンに味方として立ち回ってもらった方がいいのか? 俺が下手に動くよりある程度の発言力がありそうなキロンに色々やらせたほうが。そこまで考えたところで、俺は思考停止した。
そこにいたキロンが、こう、何と言うべきか、とにかく情報量が多い。
広い室内にいたのはキロンだけではなかった。
愛らしさとあどけなさを振りまくとびきりの笑顔を浮かべた美少年たちが、布一枚を纏っただけのキロンを取り囲んでいる。その背後で優雅に草を食んでいるのは素晴らしい毛並みの穢れ無き白馬。半裸の王子様はその中心で笑っていた。少年のように無邪気な談笑。その瞳からはなぜか涙が溢れて頬を伝って落ちていく。
話し声が止む。キロンがこちらを見て、俺と視線が合った。
そこで俺は気付いた。彼を取りまく美少年たちと立派な白馬は、奇妙に薄い。
絵だ。それは平面の絵画。中庭でキロンが絵を描いていたことを思い出す。
自分で描いた美少年や馬に囲まれて、談笑していたというのか? 少年のように笑いつつ何故か泣きながら? 情報が飽和して俺の判断力が機能停止、危険だと判断して撤退。
「すまん。本当に邪魔だった」
扉を閉じる。なんだあれ。
俺は美貌の王子様が隠し持っていた深い闇を見てしまったのかもしれない。
だからノックしろってあれほど言ったのに。誰だよ鍵を破って突入しようなんて考えた常識のないアホは。思慮と理性がないのか?
しばしの静寂。やがて筆舌に尽くしがたいほど悲痛な声が室内から響いてきた。
「どうして俺は」とか「鍵を忘れるなんて」とかいう叫びや頭をどこかに打ち付けているような音が繰り返し聞こえてくる。俺はよっぽど逃げようかとも思ったが、さすがにそれはどうなんだと考え直してじっとその場で待ち続けた。
なんてことだ。
ティリビナ人と関わってからというもの、俺は確かに槍神教の奴らに敵意を抱いていた。キロンに一発ぶちかましてやるとすら決意した。
だがそれでも、こんなふうに辱めてやりたいとまでは思っていなかった。
深い後悔に苛まれていると、扉が軋みながらゆっくりと開く。
「やあ、どうしたんだい? 急にノックが聞こえたから驚いたよ」
いつもと変わらぬ笑顔がそこにあった。
きちんと身だしなみを整えた完璧な王子様は何事も無かったかのように振る舞っている。もちろんそうすべきだ。俺は即座にキロンの意思を汲み、右手でノックを終えた形を作る。俺は普通にノックをした。キロンはそれを聞いて出てきた。それでいいじゃないか。
「俺と戦え、キロン」
「いいだろう。中庭に出よう。少し汗をかきたかったんだ」
喰い気味の即答だった。細かい理由などどうでもいい。とにかく一刻も早くこの場を離れて話の主題を次に移したい。俺たちの思惑は一致していた。逸る気持ちを抑えきれずに二人で廊下を走って中庭を目指している途中、修道女のまとめ役をしている老婦人に叱責され、並んでお小言をもらうというアクシデントもあったが、とにかくなんやかんやあって当初の目的に戻って来た。
「行くぞ」
「ああ、やろう」
互いに素手で向き合い。呼吸が整い、視線が絡みあう。
芝生を踏みしめる。冷え始めた夜の空気が肌を刺す。
キロンの全身に緊張が走り、重心が沈む。瞬間、俺も踏み出した。
激突する。こうして俺たちの戦いが始まった。
そして、あっさりと終わった。
大の字になって倒れ込んだキロンが荒く息を吐いて全身を弛緩させる。
それから拳を握る俺を見て愉快そうに笑った。なにがおかしい。
「ふざけるな! お前本気じゃなかったろ!」
別にそこまであっさりと勝ってしまったわけではない。
キロンは相当に鍛えていたし、蹴りにも拳にも十分な威力が乗っていた。
打撃格闘の心得が全くないわけでもなく、きちんと攻防は成立していた。していたのだが、なんというかあまりにも味気ないというか、教本通りという感触というか。
「徒手格闘の訓練もいちおうするけどね。俺はそれほど熱心にはやらなかったな」
「なら得意分野で勝負だ」
「いやいや、そっちが徒手空拳なのに槍や弓を持ち出すのはルール違反だろ? 他には馬上試合なんかも小さい頃からやってたが、やってみるか?」
「それは。馬の乗り方から教えて貰えれば、やる」
思わず言葉に詰まりそうになってしまう。確かにこれで対等な勝負というのは難しい。相手の生死を問わない殺し合いとなれば手段なんかに拘っていられなくなるが、いまの俺はそこまでの覚悟でキロンと向き合っているわけではない。それを見透かしたように、キロンは苦笑しながら言った。
「ほら、本気の試合じゃなくて指導になってしまう。それに俺が最も得意としているのは医術、すなわち癒やしの神働術だ。まず第一に医療修道士としての自分があり、そのための自己研鑽の結果として武術がくっついてきているだけなんだ」
最強なんて幻だ。格闘技チャンピオンの命を救う医者が最強だなんて屁理屈にはそこそこ説得力がある。重武装のスモーレスラーとセットになってる制御人工知能対、無人の多脚歩行戦車の起動キーを持った軍の司令官、どちらが強いかって話になると整備や補給にまで話が広がる。整備係がネジを緩めれば最強はあっさりがらくたに成り下がるわけだ。
「お前のランク、いくつだ」
「あの宣名碑か? 確か十五位だ」
強い。だがその実力がどう判定されているのか、そもそも基準が不明だ。
こいつが得意の医術で救った部下の修道騎士たちが戦果を上げればそれはこいつの功績としてカウントすべきなのだろうか。
わからん。最強とは何だ。俺はどこを目指してどう戦えばいい。
「お前より上がどんな奴か知ってるか」
「それは勿論。俺などでは及びも付かない本物の英傑たちだ。なにしろ地上の最高権威である槍神教が正式に『九英雄』として認めた実力者だからな」
キロンは端末を取り出し、空中に立体映像を表示した。そこに並ぶ名前と重なるように日本語の翻訳文字が見えた。これは俺が知りたかった石碑上位者のリストだ。
そうしてキロンは、歌うように未知の称号と人名を並べていった。偉大な英雄たちはみな異称として二つ名を持つという。その強さと権威を示す形は九つ。
「神殿にて探索者たちに天職を授ける『君臨者』オリヴィア・エジーメ・クロウサー、
西方の古都トルクルトアが生んだ『万能の才人』グレンデルヒ・ライニンサル、
北辺帝国の最も新しき妖精王『噴水の君』リピース・アンピース、
東方諸国で死と力を売りさばく『傭兵王』ダンコス・ドートヘイル、
草原の民にとって唯一絶対なる空の守護者『天馬騎士』アスティン・バートラン、
ただ一言で即死をもたらす呪文の達人『死書使い』ディーフォー、
地上において最も多くの人心を動かす『吟遊詩人』ユガーシャ・ランディバイス、
薄汚れた黒社会で絶大な力を持つ『盗賊王』ゼド、そして」
そこでキロンはなぜか不快そうに眉根を寄せた。それから咳払いして続ける。
「南東海諸島最強の剣士、『海の勇者』イアテム・リク・アルムホプ」
「ゴアーッ! ギョッゲギュー!」
突然これまで静かだった相棒が喚きだした。なんだ。腹が減ったのか?
ゴアゴア怒りを露わにする小さな怪物の口を閉じて、俺はキロンに話の続きを促した。それより今は情報が欲しい。キロンの上には十四人の強者がいる。地上、つまりキロンと同じ勢力の強者が九人なら、残り五名はそうではないということ。
「残念ながら、それと並ぶようにして地獄の敵勢力、魔将どもの名も混じっている」
「魔将。お前ら槍神教が戦ってる、あの狼野郎と同じ連中か」
俺にとっても因縁の相手だ。
半年前に死闘を繰り広げ、かろうじて勝ちを拾った相手。
それも俺はほとんど囮や肉の壁になっていただけで、勝利できたのはほぼ全て共闘したアズラのおかげと言っていい。
「集団の中で役割を果たすのも強さだ。九英雄はほとんどが大集団の長だし、『君臨者』や『吟遊詩人』の力は他者の能力を引き出すことに特化していると聞く。個人の武勇はもしかすると君の方が上かもしれない」
聞けば、リストのキロンから下の二十位とか三十位以内あたりはほとんどが九英雄たちの部下や側近クラスが占めているらしい。
「あのランキングを駆け上がろうと思ったら、実力を伸ばすと同時に仲間を集めるのが効率的ってことだな」
これは随分と厳しい話になってきた。
話せるようになったとはいえ右も左もわからない異邦人の俺と、存在すらあやふやな妄想彼氏だけでは最強を目指す以前の問題だ。
「やはり重要なのは組織の力だ。『傭兵王』が有する戦力は小国同士の軍事バランスを揺るがすほどだし、『君臨者』が属するクロウサー家は槍神教も無視できないほど聖財界への影響力を有している。オリヴィアが率いる『戴冠神殿』の神官長たちは全員がランク上位者、右腕と呼ばれる『小鬼使い』などは俺より上の十四位だ」
キロンはまだ俺の勧誘を諦めていないのか熱心に集団の強みをアピールしてくる。
熱意を適当に受け流しながら考える。ゴブリン使いというのはあまり強くなさそうだが、それでもでかい組織の要職であればキロンより強いと判断されるらしい。
頭の中で魔将を四人に減らして地上側に一人分足す。
リストを眺めていてふと気付く。九英雄の筆頭らしきオリヴィアとやらはそれだけ凄まじい組織の力を背景にしているのに、全体では二位に留まっている。
それはつまり、一位の背後にはより強大な組織があるのか。それともそんな数の力を覆すほどの絶大な力を持っているのか。俺はその名を読み上げた。
「序列一位、アルメ・アーニスタ。聞いた名前だ」
『達人』フームはそれこそが仇の名だと示してくれた。
だがキロンはそれを否定し、今の天使はその『器』でしかないと語った。
「ああ。だがそれは偽りの名だ。竜帝の石碑が誤認しているのか、転生しかけた魂の欠片がわずかでも器に残っていたか。いずれにせよ、それはもう先代総長ではない」
「それでもあれは最強なんだろ。結局、目指す先にはあいつがいるってわけだ」
俺が倒すべき敵、その名を目に焼き付ける。
妙な事に気付いた。翻訳された文字はしっかりと『アルメ・アーニスタ』という表記で固定されているし、俺もそう読むことができる。だが、背後の立体映像の石碑上では刻まれた文字が不定型に蠢き、その形や長さまでもが流動し続けているのだ。
石碑の隙間から青い液体がじわりと染み出す。そんな幻が目に浮かぶ。
トリシューラの言葉を思い出す。
裏で糸を引く黒幕。真の敵。もし、そんなものが本当にいるのなら。
俺はその正体を必ず暴かなければならない。
予感があった。
謎めいた依頼者トリシューラは無駄なことはしないタイプだ。効率的に俺を利用して最大の利益を掠め取る合理主義者。
だから『青い血』を探れという言葉には必ず意味がある。
それはもしかすると天使の背後に潜む何かに繋がっているのではないだろうか。
槍神教。九英雄。魔将。まだ見ぬ黒幕。
第五階層にひしめく強者たち。
それを目指した先に、きっと答えはある。
最強なんて幻だ。それでも俺は、幻が欲しいと願う。
理由なんて大昔から決まってる。
それは俺たちがどうしようもない大馬鹿野郎だからだ。