ゼップの夜?
ホテルの部屋に戻って、ちょっと一息。
「今日は歩き廻って、疲れちゃたよ」
「マコちゃんは街で何か良いもの見つけた?」
「良いもの?ううっ、まぁ有ったと言えば、有ったかな?」
「えーなになに?」
「えっとまぁ......そっ、そんな事よりお腹空いたよね、ご飯まだかな!」
「マコちゃん、なんか怪しい.......」
「あっ怪しく無いよ.......」
「そうかなぁ?まぁ良いや、どうせロクでも無い事考えていそうだし、晩ご飯はお部屋に運んで来てくれるんだっけ?」
「なに?ロクでもないって.......」
そんな会話をクリスとしていると「失礼します」とホテルの人が食事を運んで来た。
ダイニングのテーブルに沢山のお料理を並べていく。
小鉢や焼き物、鉢盛りのお造りまで、懐石料理って感じだね。
「では、ごゆっくりとお食事をお楽しみ下さいませ」
そう言って頭を下げて、ホテルの人は部屋を後にする。
ダイニングのテーブルに二人とも付いて、並んだお料理を見廻す。
「じゃあクリス食べようか?」
「そうだね、頂きまーす」
真っ先に手を付けるのは、鉢盛りのお刺身。
ワサビをチョンと乗せてお醤油を少し付けて頂く。
「ん〜!プリプリしてて脂も乗ってて美味しい!」
これはハマチ?この世界のお魚も美味しい。
流石は海に近いだけあって新鮮。
同時にお刺身を口に入れたクリスも目を丸くしてる。
「私、生のお魚なんて初めて食べたけど、美味しいんだねー」
「新鮮だからだよね、そう言えば王都じゃ、お魚無いよね?干物は見たけど」
「そりゃそうだよ、海の無い王都じゃ、生のお魚なんて魔術師が氷の魔法で凍らせて運ぶしか運びようが無いから、高くて庶民じゃ買えないよ、マコちゃんは元の世界で食べてたの?」
「そうだねぇ魔法は無い世界だけど、凍らせたり、速く運ぶ技術が有るから何処でも誰でも食べられるからね」
「へー、なんか想像もつかないけど、どんな世界なのかな?見てみたいものだね」
「まぁ見せられるものなら見せてあげたいけど.......まぁ無理だね」
そう答えはしたものの、忙しい日々に忘れかけていた元の世界の事が頭を過ぎる。
もう戻れなくても本当に良いのかな?微かに心に引っ掛かる刺を感じながら笑顔のクリスと豪華な食卓をぼーっと眺める。
「マコちゃんどうかした?」
不意のクリスの問いかけにハッとして視線を合わせ取り繕うように「なんでも無いよ」と返事を返す。
ジッと見つめるクリスになんとなく居た堪れなくて食卓の端に視線を逸らす。
逸らした視線の先に気になる物が。
「ん?土瓶?コレってもしかして!」
そっと土瓶の蓋を開けてみると、そこには........この世界にもありました!
「松茸だ!えっ?夏に取れる物なの?」
「えっ?なにマツタケ?」
驚く僕に興味を示したクリスも土瓶の蓋を開けて微妙な顔を向けて呟いた。
「唯のキノコじゃん?」
「えー松茸だよ?高級食材だよ?」
「高級ねぇ.......」
そう言いながらクリスは土瓶の松茸を箸で摘み、ひょいと口に放り込みシャクシャクと咀嚼して、首を傾げながら呟く。
「なんか.....味しない........」
「まぁ、香り松茸、味シメジって言うくらいだからね、香りを愉しむ物だよ」
僕は土瓶に付いてるお猪口に土瓶蒸しのスープを注ぎコクリと飲み干す。
「んっ良い香り!」
「香りじゃお腹は膨れないよ?」
ほっぺに手を当て松茸の風味に舌鼓を打つ僕にクリスは呆れた様子で迷い箸で次の獲物を物色する。
行儀わるいよ?
「やっぱりお肉だよねー!」
クリスはジュウジュウと熱した石板の上で焼かれるカットステーキに箸を伸ばし、丁度ミディアムレアに焼き上がったソレをお口に放り込み、蕩ける様な笑顔を向ける。
「んー!なぁに、このお肉?柔らかい!おいひー!!」
幸せそうなクリスの様子をポカーンと眺めていてハッと自分の分のお肉の事を思い出した。
焼き過ぎない内に食べなくちゃ!
肉汁滴るお肉をそっと一切れ口に運ぶ。
途端に広がる甘い脂、コレって和牛?和牛だよね?間違いないでしょ!
確かに香りじゃお腹は膨れない。
「んーお肉美味し!」
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食事も終わり、ダイニングの食器も片付けられ、ポッコリ膨らんだお腹を摩り摩りソファーで一息。
「お腹いっぱい!僕、もう何にも入らないよ」
「じゃあマコちゃん、先にお風呂入って来たら?後、クローゼットにユカタ?って言うのが有るんだって、ホテル用の寝巻きらしいけど、外にも着て行って良いんだって」
そうだ!そう言えば温泉!この旅のメインだよ!立派な部屋風呂が有るし、それに浴衣かぁ、まぁ温泉には定番だけど.......
ベットルームに向かい、クローゼットを開いて項垂れる。
有ったよ浴衣、期待はしてなかったけど........
クローゼットには二着の浴衣。
片方は黄色の向日葵柄、オレンジの兵児帯、もう片方は紺の朝顔柄、紫の兵児帯。
どう見ても女物、サイズ的に向日葵が僕用?まぁ今更.......どうせ寝るだけだし。
気持ちを切り替えて浴衣と替えの下着を持ってリビングに。
「じゃあクリス、遠慮なく先にお風呂頂くね?」
「良いよー行ってらっしゃい」
いざ!温泉!洗面脱衣室に行き服を脱ぎ、備え付けの大判のタオルを持って浴室の引き戸を開くと、途端に硫黄の香りに混じって檜の香り。
眼前にはバルコニーに続く総檜造の半露天風呂!浴槽だけで六畳ぐらい有るかも?
部屋風呂と言うにはとっても贅沢!
先ずは洗い場の椅子に腰掛け髪と身体を洗う。
今日は暑い中、歩き廻って結構汗だくになっちゃった。
サクッと洗い終えて早速浴槽へ。
タオルを浴槽の淵に置き、そろりと湯に脚を挿し入れる。
「あっ熱っい!」
結構温度高め?宿屋のお風呂は、チョットぬるめで物足りなかったんだよね。
コレコレ!僕だって日本男児!熱っいお風呂に我慢して入るのが、お風呂の流儀だよ!
髪を巻き上げて、お腹に力を入れ手を握りしめて、ソロソロと乳白色のお湯に浸かっていく。
肩まで浸かると、ヒリヒリした熱さの痛みが引いていく。
ん!慣れた!
一度グッと手足を伸ばしてから浴槽の淵にもたれかけると、一気に身体中が弛緩する。
「はぁ!良いお湯ー!」
外の風とお風呂の熱を楽しみながら目を閉じてトロッとしたお湯を擦り込む様に身体を撫でてると、脱衣室の方でゴソゴソと物音がする。
な?クリス?まさか?!
脱衣室の方を振り返ると同時に引き戸が勢いよく開け放たれる。
「マコちゃーん!一緒はいろー!」
「なっ!なにしてんのクリス!」
僕はサッと視線を外に向け、淵に置いてたタオルで前を隠す様にしてタオルの端をキュと胸元で握りしめる。
チラッと見たけど、クリスはバスタオルを身体に巻いてた.......はず?
チャパチャパと洗い場でクリスが身体を洗う音がする。
恥ずかしくて顔を動かせない。
「なんで入って来たの!」
「えー良いじゃんたまには!お城でも一緒に入ったよ?」
「そっ、そんな覚えてもいない事言われても困る!」
「まぁまあ、そう言わずに、ね!」
洗い場の水音は止み、ヒタヒタと足音が浴槽に近づく。
外を向く僕の目の端にクリスの白い脚が浴槽の水面にスッと挿し入れられる。
「熱ッツー!!!えーい!」
掛け声と共にドブン!と一気にクリスは肩まで湯に浸かる。
跳ねた水滴が僕の顔にバシャバシャと掛かる。
「もう!もっとゆっくり入ってよ!」
身を縮こませて熱さに耐えていたクリスが顔を上げる。
「ヨッシ!もう慣れた!マコちゃんそんなに怒んないでよ、熱いんだよ!」
そう言いながらクリスは僕と並ぶ様に浴槽の淵で身体を伸ばした。
なんか近い!
乳白色のお湯にバスタオルを巻いていてクリスの身体は見えないとは言え恥ずかしくて、僕はタオルを胸元でキュと握りしめて顔を逸らす。
二人とも無語になり、なんとなく居た堪れない、そんな雰囲気を察してるのかいないのか?
クリスが僕の方に顔を向け口を開く。
「ねぇマコちゃん?」
「なぁに?」
僕は顔を逸らしたまま返事をするが、クリスはそんな事はお構いもせずにそのまま話を続ける。
「あのさ、ミコトさん.......だっけ?あの幼馴染みって言ってた子.......」
「はっ?なんでいきなりミコト?」
「いや、まぁなんでって、気になってた......て言うか、なんとなく今かなって?」
なんで突然ミコトの事なんだろう?もしかしてクリスはずっと機会を伺ってた?
突然、クリスの口から出てくるとは思っても居なかった名前に思わず僕はクリスの方に顔を向ける。
クリスは僕の目を探る様にジッと見つめながら話を続けた。
「ミコトさんはマコちゃんのお姉さんとか?血縁者では無いんだよね?」
「ソレは無いと思うけど.......って言うか、なんであっちが年上の体なの?」
「あぁ.......何となく?まぁソレは置いといて、実は生き別れの姉妹とか?」
「いや....姉妹じゃ無いし、生き別れても無いし!第一、ミコトにはちゃんと僕とは親戚関係もない両親いるよ?あんまりミコトとは似てないけど.......」
「そう?でもさ、マコちゃんとミコトさんって顔が似過ぎじゃない?双子かって思うくらい.........それに、二人は一緒にコチラの世界に来たの?」
「血縁は無いはず.........お父さんも無い無い!って言ってたし、近くにいる人って似て来るって言うしね、正直な所、僕もなんでミコトがこの世界にいるのかが分かんない......それに変なんだ、小さい時から一緒に居たはずなのにミコトとの思い出が全く思い出せない」
「記憶喪失って事?」
「それは違うと思う、他の事はちゃんと覚えてるよ?ただミコトの事だけ.....まるで初めからミコトは居なかったみたいに.......」
「そうなんだ...........」
「それより..........」
「ん?それより?」
「熱い!もう、僕上がる!」
さっきから熱くなって来てて、もう限界!ポカーンとしてるクリスを置いてサッサと脱衣所に逃げ込む。
身体を拭いて浴衣に着替える。
浴衣って着た事無いんだよね?こんな風?羽織った向日葵の浴衣にオレンジの兵児帯をお腹で蝶に結び、脱衣室を出る。
冷蔵庫からよく冷えた牛乳を取り出して、腰に手を掛けて一気に煽る。
「ふあぁ!コレコレ!滲みるー!」
火照った身体をソファーにダラリと預けて暫しのクールダウン。
その間にクリスもお風呂から上がり冷蔵庫からお茶を出してきてソファーに腰を下ろす。
「マコちゃんの浴衣可愛いね、私初めて着るけどこんなで良いのかな?」
クリスは立ち上がり青色の朝顔の浴衣を、手を広げて見せる。
お腹には紫の兵児帯を蝶にむすんでる。
「僕も初めて着るけど、クリス凄い似合ってる」
「マコちゃんも似合ってて可愛いよ!」
似合ってるって........可愛いって言われてもね?返事もせずに乾いた笑顔をクリスに向けた。
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夜中、隣のベットで小さな寝息を立ててるクリスを起こさない様にそっとベットから抜け出てバルコニーへ。
お風呂でミコトの話をした時からベットに入ってもミコトの事が頭を過り眠れない。
乾いた風が頬を撫でる。
眼下には夜でも賑やかなゼップの街明かりが広がり、その先には真っ暗な海。
墨で塗りつぶした様な漆黒に広がる海の中、遠くにボンヤリとクロノア市国の明かりがポツンと浮かぶ。
きっとこの世界の何処かにミコトは必ずいる。
港でミコトに会った時、僕の知るミコトでは無かった。
次にミコトに会う時、僕はミコトにどんな顔をして、どんな言葉をかければ良いんだろう。
ミコトはこの世界にどうやって現れて一体何をやってるの?今、何処にどうして居るんだろう?
そんな疑問を持ちつつ、何となく凄く近くにミコトがいる様な気配を感じ、バルコニーの手摺りにもたれかかり溜め息を吐き、ボンヤリ遠くに浮かんだクロノアの明かりを見つめた。




