褒美は嫁を望みます
「この度西方の国境に現れた鬼の群れの殲滅、見事であった。そなたのおかげで我が民の命が救われた。褒美としてその方の望みを一つだけ何でも叶えてやる。何なりと申せ」
何でも望みを叶えてやる、帝にそう言われることをずっと待っていた。その為に軍の中でここまで昇ってきた。何度も危ない橋を渡ってきた。
ようやく手に入れることができる。
「では、蒼玉殿を私の妻にいただきたい。私の望みはこれだけです」
帝の右脇に控えてこちらを見つめている瑠璃色の瞳を見据えながら言った。
正直、俺には過ぎた女だと思う。でもお前が俺を望んでいるなら、俺はお前がほしい。初めて会った時から10年が経った。ずいぶん待たせてしまった。
俺と蒼玉がじっと見つめ合っているため、帝も口を開けないでいる。
そんな中、皇女が非難するかのように叫んだ。
「ふざけるな。この恥知らずがっ。蒼玉を妻にだと。我が国の守護をお前のような奴には渡さんわっ」
その声に蒼玉が顔をしかめる。不愉快なのは分かるが顔にでているぞ。
「華乃、口を慎め。この七房はこの度の鬼討伐の功労者だ。七房が鬼を殲滅しなければ我が国は甚大な被害を被っていたのだぞ。」
「ですが兄上、蒼玉は我が国の守護者ですぞ。渡すなど……」
「黙れ。我は七房に望みを叶えると言った。お前に口を出す権利はない」
「しかし、蒼玉に無理矢理婚姻を強いるのは友人として納得いきません」
兄妹とはいえ、帝に口答えをする華乃様を冷めた目で見つめているこの国の重鎮達には討伐前から、褒美には蒼玉を望むことを伝えていたので特に反対はない。
多分あれだな、俺が望んでも帝が蒼玉を俺に嫁がせるわけないと思ってんだろうな。蒼玉が帝に仕える時に出した条件が、好いた男としか婚姻を結ばないっていうのは割と有名だし。
俺と蒼玉は身分が違いすぎるから、隠れて会ってたなんて中央の連中は知らんだろうし。西方では割りと有名なんだけどな。何か芝居にとかなってたし。
蒼玉の目に殺意が宿り始めたので、この辺りで話を進めないとな。
「華乃様、これ以上帝のお手をわずらわせないでください。謁見の時間には限りがあります。皆さまお暇ではないのですよ」
俺が言葉を発する前に、帝の左脇に控えていた焔玉が華乃様を窘めた。焔玉の言葉にほっとした様子だった帝だが俺を見つめると居住まいを正した。大丈夫です、俺は何も見ていません。
「西方守護軍第三部隊隊長、七房辰之助。この度の鬼征伐の褒美として我が守護、蒼玉を与える」
帝がそう言った途端、室内が騒然とする。何を、とか、守護はどうされるのです、とか色々聞こえる。
与える、というのはどういった意味だろうか。無礼を承知で帝を見つめる。
しかし、その一言を言ったきり帝は退出してしまった。焔玉に手を引かれ帝の後を進む蒼玉を視界の端に捉えて、ため息をつく。
あれだな、逃げたな。
蒼玉の意志が不明な中、嫁がせると言えば契約に反するかもしれないし、だからといって拒否をすれば、鬼を討伐した俺への褒美が与えられず、臣下から帝への信頼にヒビが入る。
でもまぁ、一応もらえたみたいだし連れて帰るか。
俺が蒼玉を連れて帰る算段をしていると、華乃様がこちらを睨みつけていた。
友人思いの優しい皇女様はいい噂を聞かない地方軍人に友人が無理矢理嫁がされるのを阻止したいんだろうな。
華乃様を無視して謁見の間を退出し、そのまま西方軍の駐屯地に向かう。とりあえず、ここまで協力してくれた部下たちに蒼玉が手に入ったことを報告しよう。