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母、太后エミリアの秘密  作者: りんご
白の大地 Ⅰ
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すべてのはじまり -4-

 私はベッドの上で仰向けになりながら、時折、窓越しに見える空を眺めた。ただの黒い空だと思っていた景色が徐々に色づいてくると、やがてその大半が雲であったのだ、と気づいた。

 もう朝になったのか。私はそんなことをどこかで思いながら一度唇をかむと、その後、大きく息を吐いた。

 一睡もできなかった。

 昨夜のゾーイの言葉を考えていたからだ。



『そうねぇ。じゃあ端的に言うけど、あなたのお父様、お母様、お兄様、弟、そしてアナスタシア。デインの血を受け継ぐ全ての者は残らず殺されるのよ。今から3ヶ月以内にね。全員。全員死んじゃうの。ふっ、ふふふ』



 その不気味なしわがれた声が私の中で何度も木霊した。

 あれは本当のことなのだろうか? そう思い、考えを巡らせていたが答えは出なかった。全てゾーイの狂言である可能性はあった。

 魔女である、という言葉も予言も何もかもが嘘っぱちの嘘つきである可能性。

 むしろ、そう考えた方が自然な気もした。



「運命?」



 私は自嘲気味に笑った。

 そんなことが起こりうるのだろうか。全員が殺されるという事は、少なくとも明確な殺意をもってデイン家に攻撃を仕掛けてくる輩がいる、ということを意味していた。だが、ミッドランドの北部の地「デイン」は14年変わらぬ平和が続いており、何も起こり得ないように思えた。乾ききった大地の住人が、明日洪水で大地が水没する、と言われても絶対に信じることがないように、私にもゾーイの言葉が本当であるようには思えなかった。思えなかったのだが……、あの赤い目……。吸い込まれそうだった。嘘をついている目には見えなかった。とてもそうは見えなかった……。


 だとしたら――


 私はその先を想像した。

 突如、背中に悪寒が走り、歯が震えた。私は今まで恐怖という感情をそれほど強く持った事はなかった。せいぜい幼い頃、闇が怖かったというぐらいだろう。

 だが、今はハッキリと“それ”を感じていた。

 脳裏に映像が広がる。

 誰かに強引に縄を首に巻きつけられ、横を見るとうめき声をあげ、口から泡を吹く家族の顔がある。私の全体重を支える階段を蹴られ、私の体は垂れ下がり、揺れ、やがて私も自分の体重に耐えきれなくなり、舌を出しながら青紫になり、晒され、腐り、虫と鳥についばまれ、やがて――


 コンコン。

 突然ドアがノックされ、私は少し上ずった声をあげてしまった。毎朝のメリッサのノックだった。


「アナスタシア様? 起床のお時間です」

「……分かったわ」


 私はそうメリッサに告げると、体を起こし、ベッドからゆっくりと足を出し、スリッパに足を通す。そして、一歩、床を踏みしめた。踏みしめたのだが、すぐにベッドの端に腰を下ろした。


 一回息を短く吐き、目を瞑り、親指で自分のこめかみのあたりをゆっくりと押した。すると、やや鈍い痛みと共に疲労が少しだけ和らいだ気がした。

 だが、何度もその動作を続けているうちに堪えようもない熱いモノが自分の中に溜まってゆくのを感じた。


 私はほとんど泣きそうになっていた。


 怖かった。とても怖かった。

 “いつも”という日が、突然変わってしまったように思えた。

 いつもは、朝日を浴び、ベッドから飛び起き、歯を磨き、口をゆすぎ、髪と服を整え、針のお稽古や踊りのお稽古、文字のお稽古をする。それがいつもの私だった。まだ6歳の弟のユスフの面倒をみたり、兄のワイトのイタズラを巧みな方法で潜り抜けるのも、いつのもの私だった。

 ベッドの上でうなだれ、涙を堪える私に「いつもの私」はいなかった。


 命が続かないかもしれない、と心のどこかに思っただけで、私の“いつも”は容易く崩れた。


 私は、大きく息を吸い込み、喉を鳴らすと「確かめなければいけない」と強く思った。

 本当にゾーイが魔女であるかを。

 あの「デインの一族は3ヶ月以内に死ぬ」という言葉は本当なのか、を。

 もうお父様との約束にも構っていられなかった。

 決意の炎が私の目に宿る。

 私は息を整え、ベッドから立ちあがり、扉を開けた。



 驚いた。


 そこには腕組みをしたお父様が手すりに体をあずけ、佇んでいた。

 どうやらお父様は怒っているようだった。それは眉のつり上がった彼の顔つきからヒシヒシと伝わってきた。


 お父様は私と顔を突き合わせた途端「昨夜、ゾーイに毛布をもっていったらしいな」と言った。


 ――しまった。


 恐らく、昨夜外に飛び出した私をメリッサは尾行したのだ。そんなところにまで気がまわらなかった。私は、まずい、と思いながらも何と言っていいか分からず、ただ頷く事しかできなかった。


 その瞬間、お父様の拳が私の頬をとらえた。

 私は3メートルほど後ろに吹っ飛び、壁に背中を打った。空気を震わすような低く恐ろしい怒鳴り声が城中に響いた。


「あいつとは喋るな、と言ったはずだぞアナスタシア!」

 お父様は続けた。

「あいつはキルローリアンだ。蛮族はおかしなことを言って人を惑わせる。そういう奴等なのだ。特にあいつは……、あいつの話していることは……本当であるはずがない」


 ――?


 お父様もあの話を聞いたのだろうか?

 お父様の顔を見た。どこか様子がおかしかった。額から汗が噴き出て、顔が引きつっていた。私が口を開こうとすると、その前にお父様は衝撃的な言葉を私に放った。



「ゾーイを今日中にでも処刑する」



 ドクン、と心臓が大きく一回跳ねた。

 額からも汗が噴き出した。


「やめてお父様! 私はゾーイに聞かなければならないことが――」


 そう言いかけた私は、もう一度お父様に殴り飛ばされた。

 殴り飛ばされる刹那、思った。

 もう一度、ゾーイに聞かなければならない。必ずゾーイに聞かなければならない、と。


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