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母、太后エミリアの秘密  作者: りんご
王宮にて Ⅴ
30/37

父の正体、そして…… -1-


 ここで母上は突然話を止めた。

 聞き耳を立てていた僕は、不思議に思い母上を見上げた。

 母上の背中が丸まり、苦しそうに呼吸していた。



「母上、大丈夫ですか?」と僕は尋ねた。



 蝋燭の火が揺れ、その灯りが首筋を照らし、母上の鼻筋に影を作る。顔面の頬から上の部分が影に隠れ、見えづらかった。


 母上はゆっくりとうなずき、そして「大丈夫です」と答えた。僕は話に聞き入り、つい母上の体調を忘れかけていた。元々母上は体調が悪いので侍女を下がらせたのだとようやく思い出した。


「母上、苦しいのであれば、また今度にしましょう」と僕が言うと、母上はちからなく首を横に振った。


「今話さなければダメなのです。きっと、今でなければならないのです」


 母上の言葉には覚悟のようなものが滲み出ていた。


「私の人生の半分は、穏やかさと憎しみの人生でした。そして、もう半分は……、幸せと……心のどこかで怯えていた人生……」



 ――怯えていた人生?



 母上の言っている意味が分からなかった。魔女であったサマンサおばあさまが怖かったからだろうか?


 あれこれと考えを巡らせるが答えがでない。

 隣で母上が大きく息を吐く音が聞えた。


「でも、もう言わなければなりません。あなたの為にも、そして私のためにも。たぶん、あのユリウスの言葉を聞いてしまった時から、こうなる運命だったのだろうから」



 ――運命?



 強風が王宮に吹き付け、すぐ傍の窓がガタガタと音を立てた。


「彼は……、ユリウスは私にこう言いました。土人形という魔法は使えるな、と。あの偽物の六騎士たちのような、ああいう魔法を私は欲している、と」母上は一呼吸置いてから続けた。


「私はサマンサの魔法によって身動きがとれませんでした。だから、他に選択肢はなかったのです。いや、この説明は少し間違えているのかもしれない。私にも選択肢はありました。死ぬという選択肢が……。現に私はあの時、何度も殺せと叫びました。あの男に何度も殺せ、と。でも彼は私を殺さなかった。そして、要求し続けました。土人形は使えるか? と。土人形は触った対象を複製できるのだろう? それをそなたはできるはずだ、と」


 母上の手が伸びてきて、ゆっくりと僕の頭を撫でた。


「土人形?」と僕はつぶやき「ええ、そうです」と母上がささやいた。「原始の魔女のみが使うことのできる魔法。土人形。彼はそれを欲したのです」


「なぜなのです?」と僕は尋ねた。

「私も同じ台詞をあの老人にぶつけました。それなのにあの老人は――」と言いかけ、母上は顔を横に振った。どうやら少し笑っているみたいだった。


「あの老人の話は、とても分かりづらかった。生来あのような喋り方をする人物なのか、それとも衰えてあのような喋り方をするようになったのかは分かりません。でも、とにかく、あの時のユリウスの言葉は分かりづらかった。


 私が何故なのか、と尋ねると彼は王家の歴史の話をはじめたのです。王家の親族や親兄弟で争う歴史の話を。彼は言いました。王とは不条理な役職だ、と。望む望まぬにかかわらず、王になることでしか王子は生きることを許されない。なのに、王になればなったで、この国をわたくしすることも許されない。

 どれだけ愛があろうと、非情な決断をしなければならない時もある。こんな不幸な仕事がどこにあるのだろう、と」


 僕は母上の喋るお爺様の言葉がよく分からず、うなずくこともできなかった。僕のその様子をみた母上が含み笑いをし、また僕の頭を撫でた。


「アベル。あなたのその気持ち私も分かります。彼が何を言わんとしていたのか、当時の私はよく分かりませんでした。


 だが、今なら分かる。

 たぶん、あれは彼の長い長い言い訳だったのでしょう。運命に対する言い訳。

 彼はたぶん苦しんでいた。ただ従う事しかできない運命に。運命を呪っていたふしさえあった。王なのに、なにもできない自分に苦しんでいたのかもしれません。きっと、あれはそういう意図を含んだ言葉だったのでしょう。


 でも、とにかく、ユリウスは、あの時、あのように喋ることを選択した。そして最後にポツリと言ったのです。だからサマンサに命じ、ハロルを氷の塊の中に入れ、体が腐らないよう保存したのだ、と」



 ――え?



 僕は母上を見上げたまま、その場に固まった。母上の唇は動き続ける。


「最初、その言葉を聞いた時、何かの音楽にノイズが混じったような……、そんな感覚に襲われました。とても素晴らしいソロヴァイオリンの演奏に、一瞬だけ鍵盤楽器の音色が混ざったような……、そんな感覚です。そして、そのあと私は、ジッと彼の目を見つめました。

 本当に憎たらしい男だった。

 彼は必要のないことは多く喋る癖に肝心なことはあまり口にしない男でした。だから、そこから先をハッキリとは言わなかった。きっと自分でも言いたくなかったのかもしれない。だから、さきほどの言葉から私は考えました。『だから、ハロルを氷の塊の中に入れ、体が腐らないよう保存した』とは、どんな意味を持つ言葉なのかを……。彼は土人形を欲していた。特に何かを複製する能力を欲していた。では、何を複製すべきと考えていたのだろう? そんな問いを自分にしました」


 僕の手のひらが汗でべっとりと濡れていた。



 ――それは……つまり……。



 めまぐるしい速さで僕の中の父上の記憶が掘り起こされていった。父上に抱きかかえられた記憶、父上に怒られた記憶、父上が僕の頬を触り微笑んだ記憶、眠る父上の傍で一緒に寝た記憶、食事を食べ共に笑い合った記憶、剣術の修行の記憶、あの時も、あの時も、あれもこれも。母上の声は続ける。


「ユリウスは、もうすぐ自分は死ぬ、と言いました。彼は病に侵されていた。そしてしきりに自分の死後の世界を気にしていた。彼にはある確信があった。自分の死後、王が不在のままならばミッドランドは乱世となる、と。だから彼は望んだのです。つい先日死んだ自分の息子ハロルと全く同じ姿形をした土人形が、ハロル=ミッドランドとして振る舞う事を……」



 僕は音を発する事なく口をパクパクと動かしていた。たぶん、きっと、何かを言いたかったのかもしれない。でも声が出なかった。



 ――父上が……、土人形だった?



 硬い鈍器によって頭の一部がめりこんだような感覚だった。どこにも頭をぶつけてないのに、キーン、と高い音が僕の頭の中に響いていた。


 信じていたものが崩れそうだった。

 僕は僕であり、僕の家族は、僕の家族である、というたったそれだけのアイデンティティが。



 母上の唇が動いていた。

 話はまだ終わっていなかった。



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