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母、太后エミリアの秘密  作者: りんご
疑問 Ⅰ
23/37

王宮での暮らし -3-




 この2週間、私は六騎士の動向を探っていた。そして、偶然ユリウス王を見かけたことが何度かあった。



 ユリウスのまわりを囲んでいたのはいつも五人。六騎士なのに五人だった。



『それはな。六騎士殿は交代制なんだよ』と言うアキーフの声が脳裏に蘇る。『だってそうだろ? 一週間は七日間もあるんだぜ? 六人が四六時中陛下にくっついてりゃ、先に六人の方がまいっちまう。だから陛下の警護はいつも五人なんだ。あとの一人は休み。そうやって交代制にすることで、上手く陛下を警護してるのさ』



 その話を聞き、私はこう思った。

 そうか。つまり、常に一人は他の五人と離ればなれになるわけか、と。





 夜も更け、三日月が寂しそうに雲の合間に浮かんでいた。

 王宮の自室に居た私は、それを流し目で捉え、カーテンを閉じた。

 次に質素なベッドに寝転がり、両目を瞑った。



 もうそろそろよいだろう。

 目を繋ぐのだ。

 私の目と土人形の目を。

 私は小さく口ずさんだ。


「エン=ゲランス=クアドラ」


 その言葉を唱えた瞬間、意識が泥のような深く黒い沼に落ちていった。ぬめぬめした何層にもわたる泥を潜り抜け、その奥底に光る二つの穴に吸い込まれてゆく。やがてこめかみのあたりがきつく締めあげられてゆくような痛みを覚え、光りが私のまわりを覆っていった。



 私は目蓋をあげた。

 暗かった。

 とても暗かったが、私は確かめるように自分の手を見つめた。


 ふわふわした茶色い毛糸と丸い手が見えた。次に自分の体全体を見渡した。


 短い足、白い腹、そしてやはり全身が茶色の毛糸に包まれていた。


 上手くいった。今の私はどこからどう見ても熊のぬいぐるみだった。それ以外の何物にも見えない。この魔法は、指定した土人形の意識の中に入りこむ魔法で、私はその魔法を使い、熊のぬいぐるみの形をした土人形の中に入りこんだのだった。


 私は自分の酷く柔らかい手を見つめながら思った。

 たぶん、この手で人を殴ったとしても、誰ひとり傷つけることなど出来ないでしょうね、と。


 次に私は少し視線を下に落とす。

 自分の足下より随分下にベッドが見えた。

 どこか高い所にでも置かれたのだろうか。

 アキーフ殿は恐らく熊のぬいぐるみを六騎士の誰かに届けてくれたとは思うが、私は、一体自分がどこに運ばれたのかを知る必要があった。


 私は上下左右に目を配る。天井が近い。暗くてよく分からないが、一般の近衛兵が寝泊まりするには豪華すぎる部屋のように感じた。



 ――どうやらアキーフ殿の部屋ではなさそうね。



 少しだけ目が暗闇に慣れてきた。

 もう一度視線を落とし、ベッドを眺めた。


 ベッドには誰も寝ていなかった。この部屋には今、熊のぬいぐるみの形をした私以外誰もいないようだった。私は自分の体の一部を伸ばし、床に手をつき、ゆっくりとタンスから降りた。そして、床に降り立って部屋を見回した。



 ――小さな体になると、こんなにも世界は広いのか。



 私はベッドに飛び乗り、この部屋が一体誰の部屋であるのかをつきとめようと、部屋の細部の一つ一つをまじまじと見つめた。


 頑丈そうな扉。暖炉。火箸。洋服ダンス。床に敷かれた豪華な絨毯。そして、そこに並ぶように立派な防具立てがあった。


 私は目を細めた。

 カーテンの隙間から僅かに射しこむ月明かりが、鎧の胸にそえられた薔薇の模様を銀色に輝かせた。手、甲、足、そして兜。その全てに薔薇の模様が施され、素早く動くことのできるよう、軽量化されていた。私は、その妖しく光る曲線美に確信した。



 薔薇の紋章。薔薇の騎士、オーウェン卿。

 六騎士の中でも特に有名な剣士。



 どうやらアキーフ殿は約束を果たしてくれたらしい。この時ばかりは彼に感謝した。ベッドで短い足をばたつかせた私は次に体全体を平べったくさせ、ベッドに潜り込んだ。これが土人形の特徴だった。土人形は、私が触れたものであれば、どんな形にも、どんな材質にも変化することができた。


 私は薄く高級感を漂わせるシーツに化け、ちょうどシーツと同じ大きさに広がった。ベッドの中にシーツが一枚増えた形になるが、それもよいだろう。私は体をなるべくやわらかくさせ、肌触りもシーツと同じようなものに変えた。これでよい。これで。

 私は目を閉じた。


 数日後、その扉から現れた六騎士の一人オーウェン卿は、もうオーウェン卿ではなかった。

 私は最初、アキーフ殿から六騎士の交代制の話を聞いた時に、常に一人は五人と離ればなれになるのか、と思った。そう。だから、これはひょっとして付け入る隙があるのではないか、と思ったのだ。


 だって、この警護団はある事態を想定していなかったのだ。



 もしも、離ればなれになった一人がこっそり誰かと入れ換わっていた場合どうするか。

 もしも、その入れ換わっていた者が、全く同じ顔で戻ってきた場合どうするか。



 そう、敢えて言うなら、そんな場合を想定していなかったのだ。

 彼等がベッドで眠りにつき、それが深まったと同時にふわふわしたシーツは凶器に変わる。シーツの一部が泥に変化し、喉の奥に流し込まれ、残りのシーツは彼等の体を締めあげた。声を出す事なく絶命したオーウェンの頬を、ゾーイの移動魔法で人知れず部屋の中に入りこんだ私がそっと撫でた。


 こうして六騎士は次々と入れ換わっていった。


「エミリア急ぐわよ」というシェリンダの声が耳に届いた。

 今度は香水の香りが気に入らない、という王妃サマンサのどうしようもないワガママが私達を忙しくさせていたのだ。


 急いで廊下を歩く私の前をユリウス王とその周りを取り囲む六騎士が通った。私は立ち止まり、目を伏せ、かしこまった体勢で頭を下げた。

 そして、そのあと、ほんの少しだけ目線をあげた。


 王の周りをとりかこむ五人の騎士が一斉にこちらをチラリと見た。

 私の唇が片方へ歪んで片方へ吊りあがる。

 すでにユリウスの命は私の手の中にあった。


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