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母、太后エミリアの秘密  作者: りんご
偽りのはじまり
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エミリア=トラント -2-




「今でも鮮明に覚えているよ。エミリアが生きている、と知ったあの日のことを」



 エミリアの父、アルダ=トラントがフォークで口にものを運びながらそう言った。


「あれは……。そう、いつものように、朝ベッドから起きて、体操をしている時だった。寝室のドアが突然激しくノックされたんだ。ワシはビックリしてな。足を滑らせ、床に頭をうった。それぐらい本当に激しいノックだったんだ。ワシは眉間にしわを寄せて、ドアを激しくノックするバカタレに名を名乗るように言ったんだ。すると、とても嬉しそうな声で『はい。ラスゲイでございます』なんていうものだから。ワシはいよいよ頭にきて、この無礼なラスゲイを叱り飛ばそうと思い、ドアに近づいた。すると、ラスゲイが声を弾ませながら『エミリア様からの文でございます』と言ったんだ。


 ワシは思ったよ。こいつはきっと自分が何を言っているのか分かってないのだろうな、と。ワシの可愛いエミリアはデイン征伐の戦いで、激しい戦いが行われた場所に我先に飛び込んでいった、という話だったから、ワシはもう諦めていた。それにあの戦いから3年が経っていた。生きているなんて思う人間はワシを含めて、周りに誰ひとりとしていなかった。

 だから、これは冗談ではすまされないぞ、と思った。なるべく考えないようにしていたのに。こいつはワシをそんなに苦しめたいのか『そんなにワシの手にかかって死にたいのか』と、思った。

 踵を返し、一旦ドアから離れ、ベッド脇に置かれた剣を握りしめたことを覚えているよ。ワシは、こいつめ! 串刺しにしてくれる! と思いながら剣を構え、ドアを開けたのだ。

 にこやかな表情をしていたラスゲイはそんなワシを見て、途端に青ざめ、固まったようだった。

 すると、直立不動で立ちつくすラスゲイの手に手紙が握りしめられていたことにワシは気づいた。ワシはそれをラスゲイからむしり取り、手紙を破き、中の文を確かめた。そこにはエミリアの文字で色々なことが書かれてあった。


『元気にやってます』とか『記憶をなくしデイン城近くの村で暮らしてる』とか『記憶を取り戻し故郷への想いが募る一方』とかな。覚えてるだろ? そして最後には『一日も早くお父様とお母様にお会いしたいです』と書かれていた。ワシはもういてもたってもいられなくなって、隣にいたラスゲイにエミリアを迎えに行くように指示を出したんだ。するとなラスゲイは迷惑そうな顔で『何故私が?』と言いおった。少し考えれば分かるだろうに。エミリアの顔も知らぬ連中に行かせても、誰だかわからんだろう。だからお前なんだ、と話をすると、ラスゲイは『でも他の者もおりましょう?』と言いおった。ワシは頭にきて、もう一度剣を振りかぶると『すいません。すいませんでした』と言い、溜息混じりでようやくデインに行きよった。そして、無事君をつれて戻ってきた」



 喋り終わったアルダ=トラントは幸せそうな笑みをこぼしていた。



「ラスゲイがそんなにデイン行きをしぶったなんてはじめて聞きましたわ。私に会った時なんて、お嬢様! よくぞ生きていてくださいました、と言って涙を流したのに」と私が言うと、ケイトリンが口に手をあて笑みをこぼした。


「とにかく、私もこの地に帰ってくることができて、とても嬉しいですわ」と私は言った。「デインはとても寒い土地で、骨まで冷えるという言葉が相応しいような土地でした。特にあの“雪”というものは格別冷たいもので、ずっと触っていると指先が針でチクリとさされたように感じるのです。そうチクリと……」



 そこまで言った私はデインの冬を思い出していた。しんしんと降り積もった雪のあと、私は4つ上のお兄様とよく雪合戦をしたのだ。私の投げた雪玉はうまく遠くに飛ばず、逆にお兄様の雪玉は面白いように私に当たった。ある時、お兄様の投げた雪玉の一つが私のほっぺたにぶつかった。ジーンと刺すような痛みが頬を貫いた感じがした。そして、そのあとようやく“冷たいと”いう感覚がやってきたのだ。私は泣いた。力の限り泣いた。すると、だいたいお母様がその場に現れワイトお兄様を叱るのだ。お兄様は「正当なルールの範囲内だ」と言い張り、逆にお母様に酷く怒られたりした。彼はいたずらが大好きで、軽口を叩く男だったが、自分の誇りがかかると、彼は一切の卑怯な行いをしなかった。それほど誇りと己の手段に拘る男だった。私は彼をよく「いたずら好きのお兄様」と呼んでいたが……、あれほど本質的な意味で卑怯さと無縁な人間はいなかった。


 会いたかった。会ってもう一度罵りたかった。そして、一度でいいから彼に対し、本当は尊敬していたと伝えたかった。


 いつの間にか片目から涙が流れてきた。


 ――しまった。


 それに気づいたケイトリンは「辛かったのねエミリア。デインの冬はとても」といい、瞳に涙をためた。


 私は自分の涙をぬぐい、首を横に振った。「いいえお母様。なんでもありませんわ。え~と……。ただその、ここのところ良いニュースがなかなか聞えてこないな、と思ったもので……。ちょっと涙が出てきてしまったの」


 すると、アルダ=トラントが「ああ、あれのことか」と言い、顔を曇らせながら続きを喋った。「あれだろ。あの最近王都の貴族ばかりを狙う盗賊のことを言っているのだろ。貴族を椅子にしばりあげ、顔を炎で焼くとかいう、このアヴァロン史上最大の犯罪者。まだ捕まっていないらしい。せっかくお前が帰ってきたというのに王都は暗いニュースばかりだ」


 そう言ってアルダは溜息をつくが、ケイトリンは首を横に振る。

「まぁそんなことばかり言ってもしかたないじゃありませんか。少なくとも良いニュースが我が家には一つはあったのです」


 アルダは「確かに」と相槌をうった。

「そういえば」と私は用件を思い出しアルダに確認した。「あのお話はどうなりましたでしょうか?」


「あのお話?」と言いアルダは眉を潜めたあと、少し顔を曇らせ「ああ、侍女の話か……」

「まだ早いのではなくて? まだ帰って来て半年しか経っていないと言うのに」とケイトリンも焦った口調で言った。

「お母様」と私は少し声を張って言った「若いうちじゃなければできないこともございます。それに王妃様にお仕えすることは、王家を、ひいてはこの家を盛りたてることにもつながりましょう? それに善き相手にも巡り合うやもしれません」

 アルダとケイトリンは互いに困り顔で顔を見合わせた。

「それに今度はいつでも会える距離にいるのです」と私が言うと、アルダは肩をすくめた。

「たしかに。もうデインはごめんだ」

 ケイトリンが笑い、私も笑った。

 私は最後の青物が喉から胃袋に向かって滑り落ちると、布巾で口をぬぐった。


「では、私はそろそろ失礼させていただきますわ」


 アルダとケイトリンは微笑み頷いた。私も軽く頭をさげると、立ち上がり、食の間を後にした。私は一人薄暗い廊下を歩きながら、上手くやれたのだろうか、と思った。

 とにかく、不審感を抱かせるわけにはいかなかった。

 夕食のあとは、朝まであの二人と顔を合わせる事も無いはずだ。



 だからこの時間が重要だった。とても重要だった。



 私は、自分の部屋の前まで戻ると、誰もこちらに近づいてこない事を確かめてからドアを閉めた。そして、すぐさまドアに鍵をかけると、ポケットにしまっていた土の人形を手のひらにのせ、それに息を吹きかけた。すると、土の人形が体をくねらせ、どんどん大きくなり、それは完全に私――エミリア――と瓜二つの姿になった。顔も体も髪も衣服も全て同じだった。私は、土で作られたもう一人のエミリアに指示を出す。



「ベッドで寝ているだけでいいわ。なるべく深く眠って頂戴。元に戻る時はこちらから改めて指示を出すわ」



「ワカリマシタ。アナスタシア様」とエミリアの顔をした土人形は返事をした。

 土人形は私の前を横切り、寝巻に着替え、ベッドに向かう。

 私は自分の分身がベッドに潜り込んだのを見届けると、床の一枚をペロンと剥がし、呪文を唱えた。



「セレルナル=アルド=ラオ=デラン=パルメ」



 すると、床の一部が真ん中から割れ、ドアが現れた。私は手燭を手に持ち、そのドアを素早く開け、中に入った。ドアを後ろ手に閉めると、月明かりも断たれ視界は闇に包まれた。私は、炎の魔法で右手に持った手燭に火を灯し、それを前に掲げた。ゆらゆら揺れる火の光に照らされ、どこまでも下に続く階段が姿を現した。



 私は手燭を前に掲げたまま階段を確かめるように一歩一歩下りてゆく。カツン、カツン、と階段をかかとで踏む音が辺りに響いた。しばらく降りると、そこにまたドアがあった。私はそれに手をかけ、ゆっくりと押した。すると、奥の暗闇からしわがれた声が聞えた。



「やっと来たのねアナスタシア」



 私は指を鳴らし、炎の魔法で部屋中のロウソクに火を灯した。

 暗闇は晴れ、十m四方の部屋が姿を現した。

 そして、その部屋の中央には黒いボロ雑巾をまとう赤い眼の魔女がいた。私は赤い眼の魔女に向かって言った。



「さぁ、ゾーイ。はじめるわよ」


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