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母、太后エミリアの秘密  作者: りんご
白の大地 Ⅱ
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デイン城 -3-




 階段を下りてゆくと、途中から明らかに悲鳴が少なくなっていった。もう戦いが終わりかけているのだ、と思った。途中、3人の敵兵が下から昇ってきた。身構えたが、敵は私を素通りしてゆく。やはりこの体は見えないらしい。


 階段の終わりにゾーイがいた。ゾーイはジッと私を見つめ、そのあと「こっちよ」と言った。私はゾーイに導かれるままそのあとに続く。


 ゾーイと私が扉をすり抜けると、そこにいたのはテーブルにつっぷしたまま動かなくなったお母様と弟のユスフだった。近くに小指ほどの大きさの瓶が2つ転がっていた。

 ゾーイはそれを拾い上げ「毒ね」と言った。


 折り重なるようにしてつっぷしている死体を見ながら私は自分の口をその手で覆った。嗚咽が漏れそうだった。ふたりとも腕がテーブルからダランとぶらさがり、全身から生気が抜け落ちていた。



 家族の死体を見るのは初めてだった。



 小さい頃からの思い出が溢れ、目から涙がこぼれおちてきた。咄嗟に唇を噛んでその心を和らげるが、小さな嗚咽を止められなかった。お母様のすらっと伸びた指。そしてユスフの柔らかな頬に触れたかった。


 ピリッとした電流のようなものが心の奥底に流れた。

 なんだろう、と私は思った。

 それは今まで経験したことのないような感情だった。


 悲しい。もちろん悲しく、そして苦しかった。でも、それだけじゃない。



 黒い炎だ。


 黒い炎のような感情が自分の内側にふつふつと湧きあがってゆくのを感じたのだ。



 次にゾーイはワイトお兄様の場所に案内してくれた。腕がなく。また首がなかった。だから私はそれをはじめお兄様だと認識できなかった。近くで敵兵が首をボールに見立て、蹴り合っていた。それがワイトお兄様の首だった。お兄様は死んだ後、首をとられ、敵の遊び道具にされていた。



 全身の毛が逆立ち、黒い炎が体中に燃え広がってゆくのを感じた。

 お父様は全身の鎧を脱がされ、裸のまま尻から杭を打ち込まれ、その杭が口から飛び出していた。お父様が忠誠を誓った男ユリウス王は無表情でそれを眺め、傍らには大笑いする王太子ハロルの姿があった。


それは、私の目にはまるで食事時の談笑のように穏やかな光景に映った。



 信じられなかった。



 我が一族にこれだけのことをやっておいて、何事もなかったのように笑うこの男達を信じることができなかった。同じ人間なのかと思った。

 それに湧きあがる疑問を消すことができなかった。


 なぜ我が一族がこんな目にあわなければならないのだ。お父様はミッドランド王家に忠誠を尽くし、ミッドランド北部の地デインをキルローリアン共から守っていたではないか。それに15年前の反乱を鎮圧したのもお父様だ。この王家などお父様がいなければあの時に滅亡していたに違いないのだ。


 なのに。なのにだ。

 恩を仇で返した。

 むごい方法で殺した。

 しかも、殺した後に見世物にした。

 ……。



 侮辱だ。

 これは侮辱だ。

 我が一族が侮辱されたのだ。

 私の中の黒い炎はいよいよ、このデイン城を覆い尽くさんばかりに広がった。



 私の傍らには、今触れることのできない男が二人、大勢の貴族を引き連れ、彼等に指図をしていた。


 一人は豪華な装飾品を纏い、黄金の冠をかぶった男、ユリウス=ミッドランド。

 もう一人は、王太子の衣装である銀の鎧を纏い、髪飾りを頭に差した男、ハロル=ミッドランド。



 許すことなどできない。

 絶対になにがあったとしても許すことなどできない。

 死だ。この上なく残酷で苦痛にもがき苦しむ死を与えるしかない。

 それ以外にどんな方法があるというのか。

 それ以外にどんな償いがあるというのか。

 彼等につき従う者も全て同罪だ。

 焼きつくしてやる。

 私の炎で焼きつくしてやる。

 親、子、親族。その全てに至るまで、その全てを燃やし尽くしてやる。



「よし、放て!」というハロル王太子の合図でデイン城に火がかけられた。死体の油でよく火は燃えた。


 デイン城から炎が立ちのぼり、それが夕焼けの空に広がった。

 燃え盛る炎の中で私は「ゾーイ」と言った。

「なぁにアナスタシア」

「見たわ。そして、感じたわ」


「ふ~ん。そうなの。どうだった? 又聞きよりずっと真実が分かったでしょう?」


 しばらく沈黙したのち私は「ええ」とだけ言った。


 燃え盛る炎の中で私は誓った。



 必ずミッドランド王家を滅ぼしてみせる、と。その為ならこの命さえも捧げてみせる、と。



 きっと私は、あの時本物の魔女となったのだ。

 何を捧げようが、何を失おうが、きっとそんなことは何も問題ではなかった。

 恐れていたのはこの胸にやどった憎しみと言う名の黒い炎が消えることだった。この炎だけは絶対に絶やしてはならない。

 私はきっと、このために生まれてきたのだから。


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