トカゲの顔の正体
「お待ち下さい母上」
僕は母上の話を遮った。すると、母上――エミリア=ミッドランド――は話をやめこちらを向いた。僕はその視線から逃げるように目を逸らしながら言った。
「申し訳ありません……、少しだけ頭を整理したくて……」
母上は黙って頷いた。
現在、僕の頭には情報の波がいくつもの渦を巻きながら押し寄せていた。魔女ゾーイの話、デイン家の話、そしてアナスタシアという少女と突然朽ち果てたデインの城の話。それらの全ての話が僕の頭の中で伸び縮みし、丸くなったり、平べったくなったりしながら、頭のどこかにへばりついているような気分だった。
――果たして本当の話だろうか?
僕はそんなことを思った。
全てが嘘に思えなくもなかった。だが、だからといってすべてが空想とも思えなかった。母上の言葉の一つ一つには不思議な重みがあった。
――もしも、今の話が本当だとしたら……。
僕は大きく一呼吸した。蝋燭が僅かに光る暗闇の中、僕は恐る恐る母上を見上げた。いつもと変わらぬ美しい顔がそこにはあった。その顔を見ながら僕は言った。
「その……、母上の本当の名は……アナスタシアというのですか?」
ええ、という母上のか細い声が僕の耳に届く。
「ならば、デインとは“あの”デイン家のことなのですね?」
ちょっとした沈黙ののち、母上はゆっくり一度頷いた。
アナスタシア。アナスタシア=デイン。
あの忌まわしきデイン家。
母上が僕の瞳を見つめていた。母上の目はとても美しかった。とても美しい、切れ長の二重だった。母上の口がゆっくりと開いた。
「お前のその目は、私の目……、私達の血……」
母上のまるで違う目が、僕のギョロッとしたトカゲのような目を愛おしそうにみつめていた。
「だから、その目を見る度に思い出しました。私はエミリア=ミッドランドではなく、アナスタシア=デインなのだ、と……。そしてこうも思いました。私は、どんなことをしても、何をやっても、もう、絶対に戻ることが出来ないのだ、と」
僕は本来するべき質問を忘れそうになった。
この目、僕の目と母上の目が違う理由。そんなことを訊くはずだった。だが、僕は悟ってしまった。母上の目と僕の目が違う理由を。たぶん、それは――
僕がそう思ったと同時に母上は自分の顔を両手で覆った。影が満ちてゆく気がした。蝋燭の明かりの届かない部屋の隅の暗闇の中から何かが這いだし、母上の顔を覆ってゆく気がした。やがて、その影が母上の顔から過ぎ去ると、母上はゆっくりと顔を覆っていた手を外し、その顔が露わになった。
それはまさに、酷く醜いトカゲのような顔だった。
あんぐりと口をあけたままの僕にトカゲのような顔の母上は言った。
「自分が魔女になったと気づいたのはそれから間もなくでした。あの時、あの黒い玉の中に体が押し込められた時、私の肉体は一度死んだのです。骨も肉も溶け、何もかもが混ざり合い、異界の神々に捧げられた。そしてしかる後、別の肉体を賜り、再びこの世に生まれたのです。それが……私……」
燭台の炎が妖しく揺らめき、母上は続けた。
「私は、黒く成り果てたデイン城を見て気絶しました。それからどれぐらい眠っていたか私にもわかりません。ただ、僅かに意識がもどってくると、何処かでかいだ臭いが私の嗅覚を刺激しました。臭い……、とても臭かった。でもだからこそ分かった。私は素早く上半身を起こし、ある一点を見つめた。……あの時に殺してしまうべきだった。本当に、どうして殺せなかったのか……。あの女が私の全てを狂わせたのに……。あの女にさえ会わなければ……、こんなに……、こんなに苦しまずに済んだというのに……」




