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ラスボスの孫  作者: お代官
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白亜の少女

少女は駆けていた。どこまでも続く赤レンガ作りの住居に太陽が遮られ、まるで迷路のように入り組んだ裏路地を這う様にして進む。

否、追われていた。呼吸はひどく乱れ、その顔には焦りと苦痛と、恐怖が浮かんでいる。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!)


頭の中はそれで一杯だった。

幸いなのは、路地裏において障害物となりうる人通りが無かったことだろうか。大人がやっとすれ違える幅の道でも一度たりとて止まることなく、思がままに逃げおうせた。

しかしそれは追う者とて同じ事。

背格好が小さく、そのぶん歩幅も小さな少女は次第に追い詰められていく。疲れも相まって、走る勢いは落ちる一方だ。僅かな拍子に足がもつれて、終いには派手に転んでしまう。


少女の後方から数名の男が迫る。獲物を追い詰めたと確信したのか、その足取りはとうに緩やかだ。


「もう逃げられませんよ。手間をかけさせないでください。我々とて暇じゃないんですよ。鬼ごっこがしたいのなら、お屋敷で姉上君達となされば宜しい。」


男たちはみな衛兵の装いをしている。淡々とした声は威圧的で、説得というより脅迫に近かった。


擦りむいた膝と手のひらの痛みをこらえつつ立ち上がった少女は、自分の置かれた状況を把握する。

絶体絶命だった。後方に3人と、左右からも一人ずつ衛兵が現れて、退路は完全に絶たれる。


「さぁ、大人しくこちらへ来て頂こうか、白亜の君!」


衛兵は純白の髪を持つ少女に向かって叫んだ。


少女はふらつく足を抑えながら立ち上がる。呼吸の乱れが収まらない中、グッと悔しさをにじませる少女の顔に、しかし一種の反抗心が込められていると気づいた者はこの場において居たのだろうか?

結論から言うと、居なかった。

今の少女を見たものはみな口を揃えて「袋の鼠」と表現するだろう。


全方位から、衛兵がにじり、にじりと詰め寄る。

その内のひとりが功を()いで少女に手を伸ばそうとした、その時だった。


「ギャッ!!?」


野太い悲鳴が上がる。

少女の蹴りが、衛兵の股間にぶち込まれたのだ。

それは天地をもひっくり返す衝撃となって不運な衛兵を襲い、現場にどよめきと驚愕をもたらす。この一瞬の隙を見逃さなかった少女は小柄な体を逆手に取ると、生きた障害物の隙間をすり抜けて右の路地へと消えていった。


「逃せばあのお方の怒りを買うぞ!」

「捕まえろ!なんとしても無傷で捕らえるのだ!」


すかさず3人の衛兵が追いかける。このまま逃すわけにはいかない。


しかし現場に残った者もいた。不運な衛兵。そして彼を心配する心優しき衛兵だ。

最も、前者は動けない、と言ったほうが正しかったが。


「ま、待てっ!このクソガキがぁ!!!」


不運な衛兵は激痛のあまり素になっていた。急所を負傷した痛みが屈辱と怒りへ変わったのだ。暴言を吐くのも無理からぬことだろう。


「あぁ~あ。エゲつねー事するなぁ、あのお嬢様。」


心優しき衛兵が、不運な衛兵に同情する。見ているこっちまで痛々しい、と言わんばかりの顔。眉間にはシワがより、哀れみの目も向けられた。

しかしその口元は手のひらで覆い隠され、肩が小刻みに揺れている。


「そのっ・・・・・・、大丈夫か?」


心優しき衛兵の声は震えていた。


娘子ひとりに大のおとな5人、それも武装した衛兵という、こちらが圧倒的有利な状況にあって、不運な衛兵はもっとも無様な敗北をしたのだ。その姿は「哀れ」という以上にどうしようもなく情けなかった。


「笑うな!貴様、後で覚えていろよ!!」


負け惜しみが裏路地に響く。猛々しい声はしかし不運な衛兵の哀れさに拍車をかけたのだった。


そして一度は窮地を逃れた少女はというと。

執拗に追ってくる3人の衛兵に困り果てていた。


(どうしよう、どうしよう!?このままじゃ捕まる!)


入り組んだ路地を駆使してなんとか追っ手との距離を保っているが、捕まるのは時間の問題だろう。相手は3人。体力的にも人数的にも少女は不利だ。例の卑劣な技も、相手が警戒しているだろうから2度は通じない。最終奥義と呼べる物を失い、再び挟み撃ちにされたら対処のしようがない。

周りは住宅だらけだ。助けを求めようかとも考えたが、大声を出して扉を叩けば追っ手に居場所がバレてしまう。運良く助けてくれる誰かがいたとしても、一般市民が衛兵の目を欺いて少女を匿うのは不可能だろう。


(もっと人が多いところならっ・・・。)


人ごみに紛れてやり過ごすしかない。そう思った。

幸いにも、街で祭りが催されて多くの人で賑わっているのを、少女は知っていた。

もちろんデメリットが無い訳ではない。人混みに阻まれれば逃げるのが困難になるだろう。それでも、やるしかない。このままではいずれ捕まる。これは賭けだ。


息を切らした少女は祭りの喧騒を頼りに、最後の力を振り絞って街の中心へと向かった。

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