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ラスボスの孫  作者: お代官
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赤い果実と少年

 永久の夜を謳歌する山脈で雷鳴豪雨が共鳴す。

暗黒の空に向かってそびえる城は、稲妻に照らされて禍々しく光り輝いた。

 

繊細な彫刻が施された黒曜石柱の回廊。

両端にはズラリと魔物の灯像が置かれている。サタン、ヴァンパイア、オーガ、ドラゴン、ケルベロス、ミノタウロス……。像といえども人の背丈以上あるそれらに、常人なら恐怖を感じずにはいられないだろう。

回廊を進んだ最深部に巨大な扉が現れる。

豪奢な寝室に、息絶え絶えの老人と若い娘の姿があった。


「父上、父上。あぁ、どうかお気を確かに……。」


 娘は老人に向かって悲痛な声をかける。

 老人の目は虚ろで、頬は痩せこけ、蓄えられた白髭も威厳を醸すには程遠い。ようやく絞り出した声は枯れていた。


「すまない…そなたを巻き込みたくは、なかったのだが…。私の、私のこの血のせいで、そなたの最愛の者は去って行ってしまったのだな…。許せとは言わぬ。愛娘の幸せを、この父は壊してしまったのだ……。」

「そんなことはない!父上、私は父上の子供に生まれて幸せだった。例え魔王の子と罵られようとも、私だけは…私と母上だけは、父上の本当の姿を知っている!」

「はは、そうか。そうか……。」


 老人は小さな幸せをかみしめると、弱々しい笑顔を浮かべた。

 息詰まる思いの娘は顔を歪ませ、瞳から一滴の雨を流す。


「私も生き物なのだ。これも寿命だ。呪いが解けた今、私にも万物と同じく平等に死が訪れよう…。そしてその時はもう、近くまで迫っている。」

「そんな…!」

「私には、分かる。数百年もの長きに渡り、魔王として有り続けたのだから。」


 余りにも弱々しい言葉。なんと弱々しい姿。

 まるで虫も殺さぬような穏やかなその顔には、かつて「魔王」と恐れられた面影などどこにもない。

 娘はついに、返す言葉が無かった。


「そなたの子だ。きっと可愛らしい子なのだろう。この目で見ること、ついに叶わなかったが……。」


 愛おしさを隠しきれぬ老人の目線が、ゆっくりと娘の腹に向けられる。

 余分なものが一切無く、成人の健康的な肉体をもつ娘の腹はしかし僅かに膨らみを帯びていた。

 魔王の血を引く新たな命が誕生を待ち望んでいるのだ。


「赤子の名は、もう決めたのか?」

「いいや……。まだだ……。」

「ならば最後の土産だ。この父から、魔王から、赤子の名を授けるとしよう。」

「ありがたく、頂戴する。」


 仰々しい返事をした娘は、迫る現実を振り払うかのように涙をこらえると、己の腹を撫でるように手を当て、老人の姿をまっすぐと見つめた。


「そうだな。こう名付けよう――――。」


 老人は今生の愛を持って、その名を与えた。






 ○○○○●○






かつてこの世界には魔力が存在した。


魔力の全てを手中に収め、魔王と呼ばれるようになった存在がひとり。

魔王は己の力で悪逆非道の限りを尽くし、大陸中を恐怖のどん底に陥れた。


しかしそれも終焉を迎える。勇者の出現だ。

勇者はどこから携えてきたのか、聖なる力で魔王を討ち、世界を救った英雄となる。

この時、恐怖の元凶にして争いの火種となった魔力は、この世すべての邪悪が集う《魔国》に魔王もろとも封印されたという――。


そんな如何にもな勇者伝説が語り継がれて800年の時が経った。

魔王が蹂躙したとされる大陸は、現・アトランティス王家によって今日(こんにち)まで統治され「統一大陸」と名を改めている。

王が直轄で統治するのが王都。となればそれを囲むようにして分けられた6つの領地は国の一部でありながら、王に仕える6名の領主がそれぞれ治めていた。


ここはその内の一つ、北東に位置するペンタス領の小さな街―――。


歴史あるエーデルワイスの街の中心部は大いに賑わっていた。

食物、工芸品など、様々なものを売る露天が立ち並び活気づいている。中には普段お目にかかれない他領からの輸入品もあるものだから、道行く人々が珍しそうに眺めていく姿も珍しくない。

青空のもと往来は人で溢れ、客を呼び込む声や談笑する声が自然と気分を高揚させる。

楽師が指先一つで音を奏でれば、皆がそれに倣って歌ったり踊って見せたりと、とにかく人々の顔には笑みがこぼれ、浮かれた雰囲気が漂っていた。


露店の一角で品物を買い求めるこの人物も、それらを肌で感じているに違いない。


「おばちゃん、これ一つ貰っていい?」


ローブをまとったこの人物。フードを目深にかぶっており顔は見えないが、背丈は大人より小さく、どこかあどけなさの残る声をしている事から少年だという事が分かる。


「はいよ!5リールだよ!」


喧騒のなかで年増の女主人の声はよく響いた。


少年は言われたとおり、文字と数字が刻まれた硬化を5枚、店主に手渡すと、陳列棚にある赤い果実をひとつ手にする。表面が艶を帯び、少し凸凹している。ツル生えの部分は僅かに割れていた。


「それひとつでいいのかい?これなんかオススメだよ!」

「ふーん……?見たことないけど。」


女主人が指さしたのは先ほど少年が手にとった赤い果実と非常に良く似た、しかしそれよりも小ぶりで白い粉を纏った果物だった。

初めて見る果物に、思わず顔を近づける少年。なんだか柔らかそうだ、と思う。


「南の方から仕入れたのさ。ここらじゃあんまり見かけないけど、やわらかい果肉と、噛めば甘酸っぱい果汁が溢れて美味しいんだよ!すももって言うんだけどね……」

「じゃあそれもひとつ。」

「毎度有り!」

「商売上手だなぁ。」


少年は我ながら苦笑した。

初めは買う気など無かったのだろう。しかしあれよあれよと女主人の商売トークに乗せられ、その味を試してみたくなったのである。追加で7リール払うことになったのは言うまでもない。


ちなみにこのリール、統一大陸で流通する最も一般的な通貨である。

市民の1日の食費が平均80リールとされているから、支払った額は適正であり、この果実屋がボッタクリでない事は誰の目にも明らかだった。


「ガンガン商売を仕掛けていかなきゃ今の世の中食っていけないのさ!」


女主人は頼もしく良く言ってのける。


いくら適正価格といえど、なけなしの金を思わぬところで使ってしまった少年は若干後悔したのだが、太っ腹な女店主が「すもも」とやらを2つおまけしてくれたのでよしとする。


「ここらじゃあんまり見ない格好だね。旅人さんかい?」


女主人はフードを目深にかぶって顔もよく見えない少年をまじまじと見た。この往来にあっても、少年の風貌は確かに現地の街人と異なっていたからだ。


「まぁそんな所かな。」


帰ってきた答えはあやふやで、何かをごまかしているようにも見える。

ハッキリ教えてもらえないとなると女主人も「何か事情があるのだろう」と思うしかない。


「まだ若そうなのに大変だねぇ。どこから?」

「うんと東のほうだよ。多分、おばちゃんも知らない場所。ド田舎だから。」


フードの少年は軽く自嘲しながら言い終えると、身の上話から遠ざけるように話題を変えた。


「ここは楽しい所だね。それとも今日が特別なのかな。なにかのお祭りみたいだけど?」


辺りを軽く見回す少年。目に映る光景は「祭り」と表現するのにまこと相応しい。


「あぁ、祝いさね。代々ここを治めてきたエーデルワイス王の―――いや、今はもう街か。とにかくエーデルワイス家の第3御息女がお偉いさんに嫁ぐのさ。純白の髪がとても美しいお嬢様でね。街の人はみんな”白亜の君”って呼んでる。」

「へぇ、それはめでたい。一度お目にかかってみたいものだなぁ。」


旅人故にエーデルワイス家をよく知らない少年だったが、地名と同じこともあり、かつてここを治めていた没落名家か何かなのだろう、という事くらいは察しがつく。

女主人も妙に誇らしげで、そのお嬢様だからなのかエーデルワイス家の人間だからなのかは分からないが、随分と街人に愛される存在らしい。


少年が視線を戻すと、女主人の引きつった笑みがそこに佇んでいた。先程までの朗らかな威勢のいい雰囲気がまるで消え失せているから、少年は違和感を覚えずにはいられない。


「?どうしたの?」

「………実は、そうでもなくてねぇ。」


女主人がちょいちょい、と手招きするので少年は身を乗り出す。

露店を挟んだ状態で、できる限り距離を詰めた女主人は声を抑え、少年の耳に届く程度の声量で何かを口にする。


「へー。それはそれは……。」


十数秒後、大まかな事情を知った少年は何とも言えない気持ちになった。と同時に先ほどの女主人の表情に妙に納得がいく。

この話は果たして事実なのか?どこまで正確で、街人のどれくらいが把握しているのかも分からない。街人でもない身で意見するのもどうかと思われたが、少年には素直に思ったことがひとつだけあった。


「酷い話だね。」


それより他の感想は、出てこなかった。

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