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彼が神子と呼ばれるまで  作者: 杏子
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ユリウスは目を覚ます。


見慣れた天井を確認するように何度か瞬きをする。



「はぁ…」



深く息をつくと同時に身体の緊張が解けていくのを感じる。吐いた分の空気を吸い込み、全身を新鮮な空気で満たしていく。指先まで冷え切った身体をのそのそと動かしてベッドから這い出ると、ぶるりと寒気が全身に走る。汗ばんだ服を脱ぎ捨て、太陽の匂いのする服に袖を通す。


「はぁ…」


ドッドッドッとうるさく鳴る心臓を落ち付けようと息を吐く。自然と手は胸を掴む。

ついに、とユリウスは呟くもそれは声にならなかった。


憂鬱な足取りで部屋を出て、階段を降りる。



「ユリウス〜?」



足音に気づいた女がひょっこりと奥の部屋から顔を出す。



「おはようございます、母様」

「おはよう、ユリウス。もう少しでご飯よ」

「はい」



挨拶を済ませたことに満足したように女は元いた部屋へと戻っていく。

それを横目に階段下の部屋へと入り、おざなりに顔を洗う。



「はぁ…」



朝から何度目になるか分からないため息に顔をあげると、少年と目が合う。


紺よりもさらに濃い、黒色にみえるほど暗い藍色の髪と瑠璃色の瞳を持つ齢8歳の少年。

名をユリウス・クラウディアという。


その少年にむけて手を伸ばすと、彼もまた同じ動きをする。その様を見て目の前の少年が鏡に写る自分なんだとはっきりと認識する。


その場で回り、服をたくし上げて背中を見る。

外で駆け回るより、中で本を読むことを好むユリウスの肌は白く、平均より細身である。したがって、そこに写るのはガリガリの白い背中。



「ない、よな…」



さわさわと背中をさすりながら、ないはずのものをないと確認する。確認しなければならないほど、あの夢は、あの夢の感覚は現実的なのだ。



「うぇっ」



フラッシュバックの様に思い出された感覚に、胃が締め付けられ喉が熱い。空っぽな胃から出るのもはなく、不快感だけが残る。



始まりはユリウスが4歳か5歳くらいのときだったと思う。

そこは謎に包まれた世界だった。

ボタンを押すと人が写る箱やその瞬間を切り取り保存する機械など、ユリウスには理解できないものばかりの世界に[彼]はいた。

毎晩繰り返される夢の中で[彼]は徐々に、しかし確実に成長していった。あぁ、これの夢は[彼]の一生なのかと理解したのは、しばらく経ってからだった。


自分は何故この夢に囚われているのかと疑問を抱くよりも、自分は何故この夢を懐かしいと感じているのかとユリウスは不思議でならなかった。

それを両親に伝えようにも、夢の、しかも謎めいた世界の出来事を表現できる術を幼いユリウスは持ち合わせていなかった。


抗うこともできず見続けていた夢は、次第に現実を帯びてユリウスを侵略していく。

いつからだったか、夢の中の[彼]の感情が、触れた感触がユリウスの中に容赦なく雪崩れ込んでくるようになった。[彼]が初めて肉を裂いたときは、震えがとまらなかった。[彼]が絶望した翌朝には、涙がとまらなかった。[彼]と自分の境界線を確認するため、ユリウスは毎朝鏡の前に立つ。

そうして確かめるのだ。自分は、ユリウス・クラウディアだと。


目を閉じると、先程まで見ていた景色が顧みられる。


ついに、[彼]は最期を迎えた。

ユリウスが思っていたよりも、それは残酷で残忍で理不尽だった。圧倒的な恐怖が駆け巡る。



「うっ」



喉が熱くなる。

不快感を吐き出してしまいたい衝動に身をまかせるも、空振りに終わった。

もう一度、顔を洗い、うがいをする。


時間をかけるすぎると両親が心配することを知っているユリウスは、疲労を訴える身体を動かしてリビングに向かう。



「おはようございます、父様」

「おはよう」



すでに着席してコーヒーを飲む父、ラグナ・クラウディアと挨拶を交わして、その隣に腰掛ける。胡桃色の瞳と目が合えば、その瞳が僅かに曇る。



「ユリウス?大丈夫か?」

「えっ」



[彼]のことを見透かされたような質問に、身体が強張る。大丈夫だとも、何故そんなことを聞くのかとも、答えられないユリウスの額にラグナの手が伸びる。



「熱は…ないか」

「あら、どうしたの?」



ことり、と朝食がラグナとユリウスの前に並べられる。それらを運んできた母、リアーナ・クラウディアはユリウスの顔を覗き込む。長いブロンドの髪がさらりと揺れる。



「ユリウス、顔色が悪いわ。どこか痛いの?」

「い、痛くないです。大丈夫です」



一児の母とは思えない風姿を持つリアーナは、眉を下げ首を傾げる。



「無理しないで、もう少し寝ていたらどう?」

「そうだな、そうした方が良い」



大丈夫だと首を振るも、両親の心配は途絶えない。思ってた以上にひどい顔をしていたのだろう。



「本当に、大丈夫です。母様のご飯を食べれば、顔色なんてすぐ良くなりますよ」



にこりと微笑む。

あれは、夢だ。夢でしかないのだ。どれだけ現実味があろうと、夢なのだ。だから、最悪な気分に引きづられてはいけない。



「いただきます」



運ばれてきた朝食に手を伸ばす。ね、大丈夫でしょう?その意味を込めて、食べ進める。

ラグナとリアーナは顔を見合わせてから息子を見て、渋々食事をはじめる。



「体調が良くないのなら、無理しなくて良いのだぞ?」

「いいえ、行きます」



今日は休んでも、と続けようとしたラグナの言葉を待たずに答える。



「今日は国王様に会う日ですから」



ユリウスは自分の表情が強張るのが分かったが、気づかないふりをした。









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