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恋で性別が変わる世界の話。



 お気に入りの清楚系ワンピースに袖を通した。

 等身大のスタンドミラー前でくるりとまわってスカートの裾をはためかせ、鏡の自分に向かって大きく頷くと最後の仕上げに入る。

 ドレッサーの椅子を引いて腰掛けてからが、さあ戦いの時間だ。

 まずは化粧水やらパウダーやらを聞き覚えた通りに塗りたくり、肌の色や凹凸を整える。眉を書き足して、左右のバランスを確認。よし、上手くいった。きっと今日は良い日に違いない。

 付け睫毛は苦手だから、アイメイクに命を懸ける感じだ。切れ長の一重まぶたな目元だって、きっとアイメイクがどうにかしてくれると信じている。最後にペンシルでアイラインを整えてから、念入りにドレッサーの鏡で確認をする。

 今日の化粧の色は、無難にブラウン系で統一した。たぶん、清楚系ワンピースには合っているはずだ。

 念のためにもう一度だけスタンドミラーの前で仕上がりの確認をする。

「よし、これなら大丈夫…………な、はず? うーん、うーん……」

 経験値が少ないと、どうしても不安になってしまうのがいただけない。

 加藤瑞樹(かとうみずき)は、いわゆる大学生デビューというやつだった。

 高校までは勉強一辺倒でまさにガリ勉! としか言いようのない人間で、ある日ふと気が付くと周りがちゃんと恋愛していることに気が付いて愕然となり、大学生になったら自分も恋をするのだと考えていた口だ。

 ガリ勉だけに幸いにも希望大学には推薦枠で合格できたから、大学生デビューを果たすまでにネットでそれっぽい服装や化粧をする時間はあった。資金不足を補うために両親に理由を告げて喜ばれて、恥を忍んで妹の悠里にアドバイスをもらって……瑞樹は無事に大学生デビューを果たして、二つ年上の先輩に恋をしたのだ。

 今日は、その先輩との初めて二人だけでお出かけをする日なのである。

 これに気合いを入れずに、いつ気合いを入れるというのだ。

 スタンドミラーの前に立って、何度も乙女っぽいポージングを決める。

「あのさ、お姉ちゃん……変顔はそのへんにして、そろそろ出ないと遅れちゃうんじゃない?」

「は、悠里! 私これで良いと思う!?」

「知らないよ。ほら、行った行った」

 妹に背中を押し出されるようにして、瑞樹は騒がしく家を出ることになった。




 待ち合わせに指定されたのは、大学近くにある洒落たカフェだった。SNSなんかでも話題の人気のカフェで、看板メニューはかわいくトッピングされたパンケーキであるらしい。

 実際に訪れたのはこれが初めてだったが、噂に違わずかわいらしい内装の店内を見回して瑞樹の心は弾んだ。

 走って来たせいか30分も前に店へ到着して、先輩の到着を待つ……つもりが、驚いたことに先輩の方が先に到着して待ってくれていたようだ。

 店内にいる大部分の客は女性で、イケメンで長身の先輩はかなり目立っていた。コーヒーだけ頼んで時間を潰していたらしく、テーブルにはコーヒーとスマートホンが並んで置いてある。

 どこか居心地が悪そうにしているのを認めて、後から来たのが申し訳ない気分になった。

「佐々木先輩!」

 瑞樹が控えめに声をかけると、店内の視線が一斉に瑞樹に集中する。

 その瞬間、先輩がいかに目立っていたかを瑞樹はあらためて知ることになった。

「すみません、遅れました」

「いや、良いよ……そんなに待ってないから。それに、僕が早く来すぎただけだろうからね」

 照れくさそうな笑顔を見せる佐々木に、瑞樹は天にも昇る心地になった。生きていて良かったとまで思うのは、言い過ぎか。

 見れば、テーブルの上に置かれたコーヒーカップはすでに空っぽになっている。先に来て待っていてくれたのだという事実と心遣いに、胸の奥がじんわりと温かくなった。

「パンケーキを食べたら移動しようか」

「はい!」

 パンケーキを食べ終えてから、サークルの備品を揃えるために大手スポーツ用品店が入っているショッピングモールへと移動する約束になっている。

 続きがあるのだというだけで、瑞樹の胸はいっぱいになった。

 その後も瑞樹は夢見心地のまま、二人だけでのお出かけは大成功に終わった。




 翌週になって、佐々木から指定された待ち合わせ場所もまた同じカフェだった。

 10分前に到着すると今回もまた佐々木は先に来ていて、瑞樹は照れくささに負けて時間を調整した自分を悔やむことになった。

 瑞樹は席につくなり前回とは別のパンケーキと紅茶を選んで、コーヒーを飲み終えていた佐々木もパフェを頼む。

「佐々木先輩って甘いものが好きなんですか?」

「うん、まあ……それもあるけど、男だとなかなかこんな店に入れないからね。やっぱり変かな?」

「そんなことないですよ! その……良いと思います」

 先週は、ショッピングモールでイケメンの身体に花柄のワンピースを当ててみるなどという暴挙に出て、佐々木を照れ笑いさせることに成功したものだった。

 思わずスマートホンを向けて佐々木に逃げられたりもしたが、その後二人で並んで静止画像に残すことには成功して、その静止画像は瑞樹の宝物になった。

 今回も、甘いもの好きだと告白する姿に新しい佐々木を発見できた気がして瑞樹は嬉しくなる。

「佐々木先輩、今日も待たせちゃったみたいですみません」

「いや、いつも加藤を付き合わせているのは僕の方だから」

 今日は、カフェから移動せずにサークル活動の打ち合わせをすることになっている。前回といい、佐々木に一目惚れした瑞樹がサークルにまで追っかけをした甲斐があるというものだった。

「それにしても、こんなに早い時期から合宿とかするんですね」

「うちは、意外と大会とか出ているからね。練習量もそれなりにあるし、毎年この時期に親睦もかねてすることにしているんだよ。予約さえすれば、大学の合宿施設が無料で利用できるのも大きいかな」

「そっかー。料理はあんまり得意じゃないですけど、他のマネージャーと相談しながらがんばりますね」

「うん、期待しているよ」

 それからサークル内の人間関係や学部の必須科目の話題で一通り盛り上がって、浮かれていた瑞樹は、ふと気が付く。

 瑞樹と話をしているのに、なぜか佐々木は正面にいる瑞樹ではなく、瑞樹の右側ばかりを気にしているように見えた。

 釣られるように瑞樹も自分の右側を見ると、器用にパンケーキを運んでいるウェイターがいた。細身の佐々木とはまた別のタイプのイケメンだ。がっしりとした体付きをしていて、格闘技なんかをしていそうだなと瑞樹は思った。

「……佐々木先輩? 聞いてますか?」

 遠慮がちに声をかけると、佐々木ははっとした様子で瑞樹を見た。

「え、あっと、ごめん。何の話だっけ?」

「先輩……あのウェイターさんがどうかしましたか?」

「えっ!?」

 大袈裟に驚く佐々木を見ているうちに、瑞樹の心に一つの疑惑が浮かび上がった。

 恋は、人を変えてしまうものだ。

 瑞樹が佐々木に恋をして女らしさを増したように、佐々木もまたそうなっても何ら不思議はない。

 女が同じ女に恋をすれば男へと変容するし、男が男に恋をすればそれは女に変容しもするだろう。これが中性であればどちらであっても選び放題になるし、だからなのか中性状態の人は恋愛に自由奔放な人が多い傾向があるらしい。

 瑞樹の知る限り、佐々木は男だったはずだ。もしも仮にウェイターに恋をしているのならば、現在は変容の最中であるわけで……それはすなわち、目の前にいる佐々木が中性状態であることを意味している。

 人間は、恋をすることによって子孫をもうけるための身体へと変容するようにできている。変容に要する時間には個人差があって、数時間で終わる者もいれば数年を必要とする者もいる。

 瑞樹が見たところでは、佐々木の性別は今のところまだ男であるように見えるのだが……。

 思えば、なぜ前回のショッピングで瑞樹は男であるはずの佐々木に花柄のワンピースを合わせてみたりなんかしたのだろうか。

 そのあたりにすでに答が出ているような気がしてならなかった。

「佐々木先輩。用事を思い出したので今日はこれで帰りますね」

 早口に告げた瑞樹は、うつむき加減になったまま手早く荷造りを終えると、返事も待たずに逃げるようにしてカフェを後にした。

 一度思い当ってしまうと、佐々木を見ることができなくなってしまったのだ。




 翌週になって、佐々木の方から三度目のお誘いがあった。

 さすがに、この状況では会うべきなのかを迷ってしまった瑞樹である。

 誘ってもらえたことは素直に嬉しい。けれども、佐々木の側の目的が問題だった。瑞樹にしても同じようなものなのかもしれないが、少なくとも佐々木が瑞樹と会って傷付くような要素はないはずだった。

 瑞樹はスマートホンの文字と睨めっこをして、結局半日ほど悩んだ挙句に誘惑に負ける。

 好きなものは好きなのだから、しかたがない。

 前回のデート? 以降ずっと、瑞樹はサークルで会うたびに佐々木から何かを言いたそうにしている様子を感じ取っていた。一度、二人だけで話をする機会を持った方が良いだろうというのは心にあったのだ。

 そんなわけで、重い足取りでカフェへと向かった瑞樹だったのだが、いざ到着してみると、今日に限って佐々木の姿が見当たらなかった。

 いつも先にいたんだけどな、と首を傾げて佐々木の到着を待つことにした。

 このカフェは、立地が良いのもあってにぎわっている。行列ができることはめったにないが、いつもほぼ満席状態だ。

 時刻は昼下がりの午後、女子高生の集団やお茶を楽しむ主婦さんたちがそれぞれのティータイムを楽しんでいる。やはり女性人気が強いのか、男性の姿はほとんど見かけなかった。

 斜め前の席で制服姿のカップルが楽しそうにデートしているのを見て、佐々木の方がイケメンだと優越感を持つも、すぐに現実を思い出して仲が良さそうでうらやましいなとため息を吐く。

 視線を移した窓際の席には、モデルみたいな美女がいた。楽しそうに隣に座る体格の良い男と話しているのを見るに、こちらもまたデート中であるらしい。

 花柄のワンピースを着ていて――何だか、見覚えがある? 隣の男も見覚えがあるような……?

 窓際の美女を見ていた瑞樹のスマートホンが、音で着信を知らせてくる。

 急いで内容を確認すると、「窓際の席にいるよ」とあった。

 ――窓際?

 まさか。

 すぐに思い当たったのは、窓際の美女だった。

 そして、美女の隣にいたのはきっと。

 急に激しい動悸を覚えた瑞樹は、視線を転じて窓際を自分の目で確認する。

 初対面であるはずの美女が笑顔でこちらを見ていて、瑞樹と目が合うと満面の笑みで手を振ってきた。

「まさか……」

 見覚えがあるはずだ。

 ウェイターの男は、今日は私服だった。

 だとすれば、ウェイターの横にいるのはたぶん。

 手荷物を持って、ふらふらと窓際の席まで移動する。

 近くで見ても、彼女は完璧な美女だった。

 同じ女だからこそよくわかる。瑞樹が大学生デビューで作り上げた顔とは全く違っていて、そら恐ろしいことに天然物だ。

 瑞樹が呆然としていると、二人は照れくさそうに顔を見合わせて、それから美女が「付き合うことになったんだ」と言う。

「ささ、き……せん……ぱい……?」

「う、うん。その、変容しかけてたのは自覚してたんだけど。先週、加藤が帰った後にこうなってさ」

 佐々木が恥じらって頬を染める姿は、女の瑞樹の目から見ても魅力的だった。

 この恥じらいを向けられるのが想いが通じ合った男だったならば、それはもうたまらない気分になることだろう。

 恋する女は本当に綺麗で、瑞樹は見惚れるしかない。

 身体が変容するほどの想いに、瑞樹が勝てるはずがなかった。

 くやしいけれども、完敗だ。

「……良かった、ですね……」

 強がってみても、瑞樹は震える声でそれを言うのが精一杯だった。




 結局のところ、瑞樹は逃げるようにして二人の前から去ることになった。

 あのカフェは大学からも近いし気に入っていたのに、もう二度と行ける気がしない。

 少しでも勘違いしていたとか恥ずかしい。泣きたい。

 本当は、もっとちゃんとしていたかった。気の利いた挨拶の一つもして、不自然にならないようスマートに立ち去りたかった。

 だけど、無理だった。瑞樹にはあそこにいられない理由があったからだ。

 走りながら、着ていた服が変容に合わせて伸び縮みするのを感じ取る。変容する自分の身体に、佐々木のことが本当に好きだったのだなと瑞樹は実感する。裸にならなくて済むのはありがたいが、男でミニスカートはさすがに恥ずかしい。

 自分がこんなにも変容体質だったなんて、瑞樹は初めて知ったのだ。美女になった佐々木は、たぶん何ヶ月もかけてゆっくり変容していたのだろうに……どうして自分は、こんなに単時間で変わってしまうんだろう。こんなことならば、定番のユニセックス服を着るんだったと後悔する。

 厚底の靴が災いして、街路樹の根元に足を引っ掻けて派手にすっころんだ。

 変容が急激すぎて、身体がよじれるように痛い。でも、それ以上に心が痛い。

「もう……何でよ……」

 身体が変化して、完全に男になる。

 惨めだった。

 瑞樹が好きになった佐々木はもういないのに、瑞樹はこんなにもわかりやすく佐々木のことを好きなままなのだ。

「こうなったら、絶対にイケメンになってやる……!」

 倒れ伏した状態で泣きながら宣言すると、傍らで拍手が聞こえてきた。

 苛ついた気分で拍手の方へと顔を向けると、かつて瑞樹自身も着ていた懐かしい制服姿の女子高生がいた。

 かわいい。このくらいかわいければ、佐々木に振り向いてもらえただろうかと考える。胸も大きいし、腰もくびれていて、なのに足はほっそりとしている。

 男になった本能なのか、失恋直後だというのに不躾に相手の容姿を確認してしまう自分に嫌気がさした。

「そこのロングヘアなお兄さん、もしかして変容直後だったりするの?」

「そうよ。だからほっといて!」

「やん、メイクがどろどろになるくらい泣いてるのに怒ってるとかカワイイ。めっちゃ好み~」

「はあ!? んぐっ」

 いきなりキスをされて、舌で口の中を探られる。

 気持ちいい……じゃなくて、ファーストキスが……。

「私、市原真央(いちはらまお)。よろしくね?」

「……何がよろしくなの……ってか、痴女……」

「よしよし、真央さんが傷心中らしいお兄さんを身体でなぐさめてあげようじゃないか」

「はあ!?」

 どきりとして、動揺しているうちにほっそりとした手に持ち上げられた首がふわりと柔らかなものの上に下ろされる。頬にあたる太股の弾力のある心地に、どうして良いのかわからなくなってうろたえる。

 良い匂いがするのは、気のせいか?

「うわあ、膝枕くらいで耳まで真っ赤になるとか。やっぱりカワイイ~。かわいすぎで私が死にしそうなんですが?」

「もう、やめて。私は喪女……無理……」

 気を失って、そんでもって起きたらまだ膝枕をしたままの真央がいて、真っ赤な顔で告白されてよくわからないうちに正式に付き合うことになった。

 そんな、恋で性別が変わる世界でのありふれた恋の話。




張り切って男に会いに出掛けたはずの娘が、帰宅したらミニスカートな息子になっていて家族はびっくり(゜Д゜)。

しかも、化粧がドロドロに溶けた顔なのにかわいい彼女まで連れ帰って紹介されて家族はまたびっくり(゜Д゜)。

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