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しっかり短編

縁の下にはもう誰も居ない

作者: 閑古鳥



「なあ晩御飯はどうしたんだよ」


イライラとした様子で彼は俺に話しかける。


「そこにあるじゃないですか」


彼の目の前にあるのは固く焼かれた黒パンが数個。晩御飯というには貧相だけど全く何も無いってわけでもない。だから俺が言ったあるという言葉は間違っていない。


「こんな固くてまずい黒パンだけなはずないだろ。さっさとおかずと白パンを出せよ」


しかし彼はそれを認めない。豪奢な食事に慣れた彼はこれを晩御飯だと認めようとはしない。


「おかずも白パンもありませんよ。だからさっさとそれを食べてください」


もう俺達の所にある食べ物はこの黒パンだけしかない。だから彼にもこれを出すしかない。それをわかっていないのは彼だけだ。


「無いはずがないだろ。昨日まではちゃんとあったんだから」


「ないものはないんです。しつこいですよ。駄々をこねても出てきませんからね」


聞き分けの悪い彼だけど、今回ばかりは我慢してもらうしかない。俺達は黒パンしか作れないのだから。


「ちっ。次こんな飯出したらぶっ飛ばすからな」


「そうですか」


どう言われようがこれは変わらない。ぶっ飛ばされようが何をされようがそのわがままが通ることはもうないというのに。






「おい何で服が破れてるんだ」


昨日の夕方に枝に引っ掛けて破れてしまったからだ。適当に歩いているからそうなるのだと言っても聞きもしなかったのだけれど。


「あなたが補修してないからでしょう」


この程度なら布を裏から当てて補修すればきちんと直すことが出来る。


「今までそんな事したことがないのにできるはず無いだろう。さっさとやっておけ」


できないやれないやらないと言い訳ばかりで自分で動くこともない。ご立派なのは肩書きだけ。それももうこの集団の中では地に落ちた称号だけれど。


「そうですか」


俺達は辛うじて怒鳴る声を呑み込んだ。言っても無駄だと知っているから。けれどもうこの人の為に動く気など誰も持っていなかった。






「おいどうして野営の用意がまだなんだ」


野営のために旅を中断してからずっとだらだらしていた彼はそう言う。


「あなたが手伝っていないからでしょう」


こちらが大変そうにしていても何も気にせずただただだらけていたお前にそんなこと言われる筋合いなどないというのに。


「今まで手伝っていなかったのに今更手伝う必要なんて無いだろう」


その姿勢が反感を買っているのだとは言えないけれど。


「そう思うのならそうなのでしょうね」


あなたの考えなど聞きたくもない。それはどうせ俺達を使い潰すだけの考えなのだから。





「おい、服が臭いぞ。さっさと洗濯しろ」


服を汚すばかりで洗う手間など考えていない彼はそう言う。


「あなたが洗わないからでしょう」


こちらは自分で自分の服を洗っているのになぜあなたの面倒まで見なければいけないのか。


「今までそんな事したことも無いのにするわけないだろう。それはお前達がやればいいことだ」


俺達を雑用程度にしか思っていないのがよくわかる回答だ。甘やかされてちやほやされてそれでどうにかなるものではないというのに。


「なるほど。あなたはそう言うのですね」


こんなのが続いていたらそりゃあうんざりする。





「おいこれはまだか」


「あれはどうなった」


「それはできたのか」


命令ばかりで自分は動かず高みの見物。国の精鋭を手足のようにこき使い心も体も疲弊させる。こんなやつが勇者だなんて笑い話にもなりやしない。先輩に見捨てられたのも自覚していないこんなバカにはもううんざりだ。


「なぜそれらができると思っているのですか?だってもう彼女は居ないのに」


「はあ?彼女?」


もうそれすらも忘れたのか。あの人がどんなに助けてくれたか知らないからそんな発言ができるんだろうな。


「あなたが6日ほど前に追い出したじゃないですか」


「ああ、あの役立たずのことか」


少し考えてようやく先輩の事を思い出したようだ。常に先輩を約立たずと言っていた彼はやはりこの状況がなぜ引き起こされたのかわかっていないみたいだ。


「役立たず……ですか……」


「だってあいつは戦いもしない。回復ができるわけでもない。支援を加えるわけでもない。何もしていなかったじゃないか」


戦いの事しか見ないなんて視野が狭いにもほどがある。それだけで生きていけるなんて思い上がりもいいところだと言うのに。


「あなたはやっぱり何も見ていなかったんですね。彼女が毎食用意をしていた事も。洋服を繕ってくれていたことも。野営の準備をしていた事も。戦いではない部分の支援をすべて引き受けて居てくれたことを。」


「は……?」


ぽかんとした顔で勇者はこちらを見てくる。正直顔面を殴りたいがそうなってはここまでの苦労が水の泡になる。耐えるしかない。


「勇者様はなぜ先輩がこの行軍に入れられていたかご存知なかったようで。」


皮肉った口調で勇者を嘲る。先輩がなぜこの行軍に付き合わされていたのか。それは行軍で発生する生活面での問題を解決してもらうためだ。炊事洗濯などの日常生活に必要なものから野営の準備や繕いもの、行軍の調整、詳細なルートの把握、人員のメンタルケアまで全て先輩がやってくれていた。そんな事勇者様以外全員知っていたというのに。どれだけ先輩が苦労していたか知っていたのに。


「「後輩のあなた達に苦労をさせたくなくて我慢していたけれどもう限界。出ていけと言われたから出て行くわ。ここからだと10日もかからずにこの旅も終わるはずだから、私が居なくても平気でしょう。だって私は"何もしていないお荷物で役立たずの屑みたいな女"だそうですから。これ、昨日までに作り置きしていたご飯。贅沢しなかったら足りると思うわ。足りなかったら教えた通りに調理するのよ。あの方法なら失敗はしないはずだから。野営のやり方は教えたからもうできるわね?もし何かあった時は連絡してちょうだい。」先輩はそう言って去っていきました。まあもう明後日には魔王城に着くでしょう。それまでこれが続きますが辛抱してくださいね」


俺達後輩に迷惑をかけない範囲まで来た瞬間先輩は去っていった。とうに我慢の限界は超えていたのだろう。それを俺達のために耐え続けてくれていたのだ。あと数日我慢するくらい何だと言うんだ。お前もそれくらい我慢すればいい。先輩のした我慢には遠く及ばないだろうけど。


「待て!!明後日までこの状況で居ろというのか!!!」


「そうですよ。だって仕方ないじゃないですか。縁の下の力持ち。その支えを断ち切ったのはあなた自身なのですから。」


ちゃんと支えてくれていたのにそれを捨て去るなんてバカな人だ。


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