その6の4 さよならを。
「…!あなたは…」
「…ぅ…ぅぅ…」
フィリアが研究所跡に着いた時には、もうカルマの姿は無かった。
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「…優華ちゃん…」
「…カルマは?」
「…」
ただ座り込んでいる陽美。
喋らずにただ、クレーターの方へ視線を向けた。
「…そう…」
「…私…は…」
擦れるような弱い声。その後に続く声はフィリアには聞こえなかった。
陽美は折り畳みのできるナイフを取り出して、自分の喉元に突き立てた。
「それで?」
「…?」
「あんたは死ぬの?」
「…生きてても…また…誰かを…殺してしまう…」
フィリアは腕を組んだまま、眉をも動かさずに座っている陽美を見下している。
「そう。だけどね、少しの間あんたには生きててもらうわ」
「…?」
「カルマを捜しに行くのよ。ほら、立ちなさい」
襟元を引っ張り、無理矢理陽美を立ち上がらせ、両手で前を向かせた。
「でも…先輩は…」
「…あのね。カルマは私が一番付き合いの長い人でね、なんとなくわかるの。あいつは呆気なく死なない。だから、死体が無い限り私はカルマが死ぬなんて考えられない」
「…ぁ」
真直ぐな目。少しも光を失わない目を見て、陽美の目にまた光が戻る。
信じてみよう。
そう陽美は思った。
「…OK?じゃあ吹き飛んだとしてもそう遠くへは行かないはず。それに、真後ろに吹き飛べば一本道だから道に叩きつけられるはず。それが無いということは」
「川の反対側の林の中に吹き飛んだ。正解だフィリア」
思わぬところから声がして、二人ともその声の方へ向く。
すると、そこには腕を押さえながらカルマが歩いてきた。
「カルマ…」
「先輩!」
「う…っお?」
歓喜余りカルマに抱きつく陽美。
「先輩ぃ…よかったぁ…先輩ぃぃ…」
「お、おいおい…俺は大丈夫だ…よ?」
「…」
抱きついて泣きじゃくる陽美。と、抱きつかれているカルマに向かって恐ろしい殺気(羨み少々)が当然発せられている。
「あ〜…」
カルマはどうにもできずにフィリアから視線をそらした。
「…ぐすっ…先輩」
「ん?」
「…ありがとう…ございました…」
陽美はカルマの胸からそっと離れ、涙を拭いて笑顔を見せた。
「私幸せでした。少しでも人間らしく生きれて」
「…」
「でも、もう…」「…他人に迷惑をかけるような生き方はしたくない。そうだな?」
「…はい」
カルマに背を向けて、ナイフを手にとってボロボロになった研究所へと歩いていく。
「…そのままでいいから聞いてくれ」
「え…」
「陽美、今日は楽しかった。俺も生まれてからミカエルの施設で生きて、それからすぐに遠くへ行って任務をした俺にとって、今日はとても楽しかった」
「…」
「…この町に来てまだ間もないが、俺は昔と比べて人間臭くなった気がする…現に今もこうやって喋ってるしな」
「…ダメなんです」
「だから…ん?」
陽美は泣いていた。
背中越しだが、フィリアとカルマにはなんとなくわかった。
「私は力の制御ができにくいんです…失敗作として破棄されるはずだったから…きっとこのままいたら…また誰かを傷つける…」
「…そうか」
「私はいないほうがいいんです…私なんて…」
「馬鹿じゃないの?」
今まで喋らずにいたフィリアがついに痺れを切らしたように喋りはじめた。
「人間に理想を求めすぎなのよあんたは。誰にも迷惑かけずに生きてく人間なんているわけないじゃない。気負いすぎなのよ」
「ッ…でも…」
「今を生きたくないのか?この先も生きていきたくないのか?…もう、誰にも会いたくないのか?」
「…生き…たい…」
静かな川原に、消えてしまいそうな小さな声が響いた。
「…生きたいです…これからもずっと…みんなといたい…笑っていたい…兵器じゃなくて…人間になりたかった…」
「なら生きればいい。まだ求められるんだよ『三野陽美』」
「…!」
今まで堪えていた涙が溢れてこぼれた。
「ひっ…く…ひっく…先輩ぃ…せんぱぁぃ…」
「大丈夫だ。その感情があるかぎり…人間で在り続けられるから…」