第48話「一滴のしずく②」
レトインに志保と大悟の会話は聞こえていただろう。
だが、レトインは黙り、何も答えることはない。
そのレトインに対し、善は頭の中が混乱し、周りの会話など一切耳に入ってきていないようだ。
善は自分の中にあるモヤモヤをレトインにぶつけた。
「レトイン…今まで俺達を利用してただけなのか…?
俺は…俺達はおまえのこと信じてたんだぞ!?
それなのに…おまえがあの犯罪組織のジョーカーを創っただって!?
今まで騙してたのか?なぁ!なんとか言えこら!!」
善は険しい顔で、まっすぐレトインの目を見つめている。
レトインも目をそらすことなく、善の目をしっかり見て返した。
「何度も言ったはずだ
俺が“敵か味方かは貴様が判断しろ”とな」
「ふざけんなてめぇ!!!」
とうとう善のイライラは限界を越え、レトインを殴りに、飛びかかろうとした。
「ま、待て善!!」
善の体を、大悟と志保が後ろから力づくで引っ張って止めに入る。
善の怒りは鎮まらない。
「何かあるとすぐてめぇはそれだ!!
こっちは全部さらけだして話してるって言うのに、てめぇはちっとも心開いてきやしねぇ!!」
志保と大悟が善を止めようしても、善は振り切ろうと暴れだす。
志保が善をなだめる。
「落ち着きなさい 善!
熱くなってたらまともに話なんかできない!」
大悟も説得に入る。
「そうだ!少しは冷静になれ!
レトインはおまえが戦いで死にそうになれば必ず助けてくれた
俺との戦いの時、四天王・綾音の時も!
レトインは影ながら助けてくれたじゃないか!!」
二人の説得も応じず、善は力の限り暴れ続け、ついには二人の制止を振りきった。
そして、志保と大悟の方を振り返り、かすれた声で善は言った。
「なんだよ…みんなレトインの味方かよ…?」
「い、いや…そういうわけじゃ…」
善の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
その善の姿を見た大悟は、何も言い返すことができなかった。
熱くなっていた善だったが、少し落ち着きを取り戻したのか
静かなトーンでレトインに向かって話し出した。
「俺は…志保がジョーカーに入った理由を聞いた時…
ホントあんたには感謝したんだ」
「!!!」
素直な善の感謝の言葉に、レトインは驚いた。
善が涙を堪えながら話しているのが、声からも分かる。
「ジョーカー・ジンが自暴自棄になった志保に優しい声かけて、ジョーカーへと誘い込む…
もし最初にリミテッドについて話してくれたのがあんたじゃなかったら
俺ももしかしたら志保みたいに…
ってな
心の底からレトインには感謝した!」
レトインは黙って善の言葉をしっかりと聞いている。
善は話を続けた。
「だから俺は、ちょっと変わったやつで、少し怖ぇ部分があるあんただけど…
信じてみようと、あんたの言うことは正しいんだと…
そう思って今まで信じてやってきたんだ!
なのに…それなのに!!
なんだったんだ今までのは…
ジョーカーを創ったのがあんただったなんて…」
大悟がたまらず話に割って入った。
「善、話せばきっと分かる!
レトインだってジョーカーを創った何かしらの理由が……」
「どんな理由があるって言うんだ!!!」
善は声を張りあげた。
静かな口調で話していた善が、大声をあげた。
そしてとうとう、善の目からは涙がこぼれ落ちた。
「理由も…言い訳も…何も聞きたくない!!
レトインはジョーカーを創った!!
そこに…なんの偽りもないんだろ…?
そうなんだろ!レトイン!!!」
「………
あぁ…
ジョーカーを創ったのは俺だ」
否定して欲しかった…本当は…
言い訳して欲しかった…
ほんの少しでも
“やったのは俺じゃない”
そう、アピールして欲しかった。
けれどもあいつは、いつもと同じように冷静に返事をした。
その言葉を聞いた俺は…気が付くとレトインの目の前まで走ってた。
そして俺の拳は…
レトインの顔のすぐ隣にあった。
「善!!やめなよ!!」
レトインは全く動じなかった。
きっとレトインも思ったのかもしれない。
殴られて当然だと…
けど俺の手は…止まった。
気づいてしまったんだ。そんなの無意味なことだって………
「何も変わらないじゃないか…
何も!何もかも!!
俺がおまえを殴ったって…何も変わらない!!
ライジングサンとキングが手を組むのを拒んだって…
何も変わらない!!
ジンを…ジョーカーを倒さなきゃ、何一つ変わりやしないじゃないか!!!」
拳を降ろした善は、しゃがみこみ、地面に手を着いてうなだれた。
その善の目のまえでレトインは力強く言った。
「そうだ それが今の現状だ
倒せ…ジンを
ジョーカーを止めるんだ…善」
善はうつむきながら、服の袖で目をこすり、涙を拭いた。
「チッ…結局あんたの言う通りかよ」
そして善は立ち上がり、レトインに背を向ける。
「いいか…レトイン…これだけは覚えとけ…
ジョーカーを倒し、キングを倒し…そしたら…
その次はおまえだ
忘れるなよ」
背中越しで、レトインに宣戦布告した。
善はレトインを完全に敵対視した。
「行くぞ!!志保!大悟!」
「行くって…?」
「帰るんだよ もうこんなとこに用はねぇ」
「え、えぇ…」
善と志保は、レトインを置いて歩き出す。
だが、一人大悟は留まって、レトインに一声かけた。
「貴様が散々言っていた“敵か味方か判断しろ”ってのは…
こういうことか」
「まぁな…」
「善がもっと大人なら…
話し合いで解決したかもしれんな
それが…どんな理由か…
言い訳かは知らんがな」
レトインは空を見上げて呟いた。
「いや…変わらないさ
“真実”は変わりはしない」
「フン…悪いが俺は善につくぜ
俺が気に入ったのはあんたじゃない、善だ」
「好きにしろ」
そうレトインに言い残し、大悟もレトインを背にして離れていった。
こうしてライジングサンとレトインは、決別した。
もっと何かいい方法が他にあったのかもしれない。
そうすれば、お互い別々の道に進む必要はなかっただろう。
しかし、真実は変わることはない。
どんなことがあろうとも。
レトインが降らした、リミテッドの力による雨が、今止んだ。
敵地に一人、レトインは取り残された。
レトインは去る善達の背中を、どこか寂しそうな目で見つめていた。
そのレトインの目からは、一滴のしずくが溢れ、地面へとぽたりと落ちた。
そのしずくの正体は、雨なのか、涙なのかは定かではない。
雨が止んでも、辺りは暗かった。
光は見えてきそうにない。
夜はまだ始まったばかりだ。
第48話 “一滴のしずく” 完




