第116話「サイン①」
ジンの巧妙な手口にかかり、善は自分を見失っていた。
レトインは何度も注意を促していたが、それでもジンの話術が上回った。
レトインには焦りの色が見える。
(まずいぞ…善はただでさえジンの攻撃をかわすので精一杯
それにも関わらず、精神まで崩れたら…
このままでは…善は簡単にやられてしまう!!)
すかさずレトインが善のサポートに入る。
もちろんレトインにもそんな余裕はない。
「ジン…善はおまえの相手になってなかったんだろ?
だったらなぜそこまで追い込む…
ここまでする必要はなかったはずだ」
レトインの問いに対し、ジンは満面の笑みを浮かべて言った。
「あいつの絶望する顔が見たくてな!
俺のせいにして勘違いしてやがるから教えてやったのさ!!」
不敵な笑みを浮かべたまま、ジンは善に狙いを定めて攻める。
それを庇うように、レトインが善を守る。
しかし、レトインに善のカバーをするのも無理が生じる。
レトインに大ダメージが入る。
「ぐっっ!!」
ジンの笑いが止まらない。
「くっくっくっ…
レトイン おまえに善を守る余裕なんてないはずだ
善を見捨てなきゃ、おまえもいっしょに殺られるぞ?」
ジンにもレトインが明らかに無理をしているのは分かっていた。
それでもレトインはこうするしかない。
善が正気を取り戻すのを、ひたすら待ち続けるしか手はない。
(チッ……これじゃどうすることもできない…
善 乗り越えてくれ…!!
そうでなければ、このままでは俺も……)
善はただただ、レトインがやられるのを見ていた。
善にももちろん、レトインが自分を守るために無理をしていることは分かっている。
頭では分かっているのに、必死にどうにかしようとしているのに、体がうまく動かない…
一度途切れた緊張の糸は、そう簡単には戻ることはない。
“その時”が訪れるのは、そこまで時間はかからなかった。
ジンがレトインの攻撃を掻い潜り、善の後ろへと回り込む。
善の背後を完全にとらえた。
「!!!
善!!後ろだ!!」
慌ててレトインが叫ぶ。
善はレトインの声に反応し、とっさに後ろを振り返った。
「今更気づいても、もう遅ぇよ
じゃあな 橘善!!!」
ジンはエレクトの力を使う。
すべての力を一点に集中
0から一気に100の力を放出。
時すでに遅し。
善が今更反応して何かしたところで、それは何の意味も持たない。
この攻撃をまともに受けたものなら
間違いなく善は…………死ぬ
「善ーーー!!!!」
「アクアウイップ」
レトインの叫び声と同時に、もうひとつの声と“水のムチ”がどこからともなく飛んできた。
そしてそのムチはジンの手に当たり
善に直撃するはずだったエレクトの攻撃は軌道をそらし、善の体をかすめた。
ジンの全力の一撃を受けずに、死を免れた善は唖然とした表情で、そのもうひとつの声の主の名を呼んだ。
「志保!!!
ど、どうしておまえがここに…?
おまえ黒崎のところにいたんじゃ…」
そう、黒崎と戦っていたはずの志保が、突如善達のまえに姿を現したのだ。
「私がここにいる理由…?そんなのどうでもいいでしょ…」
志保の声はかすれていた。声を出すのもやっとといった様子だった。
「おまえ…どうしたんだよ…そのひどい怪我…
もしかして立っているのもやっとなんじゃないのか…?あまり無理するな…」
「なにそれ…私がいなかったら、今あんた死んでたんじゃない?
そんなあんたに心配される筋合いないわ…」
自分が命の危機にあったことなど、すっかり忘れて志保の心配をする善。
それも無理はない。
それほどまでに、志保の体はボロボロだったのだ。
志保はすでに限界を迎えていた。




