第10話「決意」
何…?
私のやりたいことって…何…?
なんで私…
泣いてるんだろ…?
(目を覚ませよ!志保!!
ジョーカーが志保から奪ってったもの…
俺が全部取り返してやる!!)
3BECAUSE 《スリービコーズ》
第10話
「決意」
善は叫びながら最後の力を振り絞って、志保に飛びかかった。
「うぉぉぉぉっ!!!」
「善!!うかつに飛び込むな!危険だぞ!?」
がむしゃらに突っ込んだだけの善の攻撃は
明らかに能がない攻撃であり、危険だった。
しかしそんな攻撃に対し、志保は無防備で棒立ちで、ただひたすらに泣いているだけだった。
「なっ!何もしてこない…!?
行け!!今だ!!善!!」
「うぁぁぁぁっ!!!」
雄叫びがこだました。
善の全身全霊を込めた火の剣の攻撃が、志保の体へと入った。
やはり力が足りなかったのか、その攻撃は会心のあたりということもなく、志保の体に浅く入っただけ。
だが、それでも今の志保にはその攻撃で十分だった。
善の攻撃を受けた志保は、まるで支える気がないくらい、あっさりと後ろ向きに倒れた。
「やった…やったのか!?」
レトインは善のもとへ、急いで駆け寄った。
「大丈夫か?善!!」
「俺は大丈夫だ…
はぁ…はぁ…それよりあいつは…」
善はちらっと志保の方を見ると、志保は倒れながらも、ずっと泣いていた。
まだ余力が残っているようにも思えたが
心が折れ、気持ちで負けた志保は
もう立ち上がることはできなかった。
勝負は見えた。
この勝負、あきらめることを決してしなかった善の勝ちだった。
「なぜだ…?なんでだ…?」
苦しそうな声で、善は倒れている志保に話しかけた。
「なんで手を抜いた…?」
「!!!
手を抜いていただと!?」
これにはレトインも驚いた。
志保はそんな素振りを全く見せていなかったからだ。
直接相手をしていた善だから、感じることができたのだろう。
「あぁ…始めっからな
ここはおまえの得意な戦場だったんだろ?
やろうと思えば、一気にかたをつけられたはずだ…
それに俺が食らった攻撃だって…あれは全力じゃなかった…」
「善がずっとひっかかってたことって…
このことだったのか…」
まるでもぬけの殻のように、気が抜けきっていた志保が、善の質問に答えた。
「………
レトインだっけ…?あんたが言ってたこと…
ほとんどあってるわ
なんでそんなこと知ってんのかは分からないけど…」
「………」
「私は両親を失った…そして一人になった…
そんな私に行く宛はなかった…
親戚の人達も、どこも面倒を見てもらえず
施設に預けられることになってたのよ…
それが私…どうしても嫌でね…」
そのいきさつを聞いて、レトインは察した。
「そんなとき声をかけてきたのが…
ジョーカーだったのか…」
「そうよ
あの人は私にすべてを教えてくれた…
私が“リミテッド”であること…
私のせいで、お父さんが死んだこと…
すごいショックだった…
けど、そんな中、私を支えてくれたのはリーダーだった」
「!!!」
「私には何でもしてくれた…好きな物だって何でも買ってくれたし…
こうして行きたかった高校にも行けた…」
善はレトインに、志保に聞こえないくらいの小さな声で囁いた。
(なぁ…話聞いてる限りじゃ、ジョーカーのリーダーって、そんな悪いやつじゃないんじゃ…?)
(いや…まだそう決めつけるのは早いぞ)
(えっ…?)
「私に好きなことをさせ、何でも与える代わりに…
私がリミテッドとして、ジョーカーの一員として、リーダーの言うとおりにするのが条件だった」
「条件…」
「この“力”を使って、ありとあらゆる犯罪行為をさせられた…
そして“いつか”に備えての、リミテッドの訓練…
それは想像を絶するほどの辛さだったわ…」
「いつかに備えて…って、どういう……」
「こういうときのためだろ」
レトインはそう言って、善の肩をポンと叩いた。
「なるほど…
俺みたいなジョーカーに反発するやつらを潰すためか…」
「そうよ…そのために私達は日々訓練をしてる…」
「だからか
どうりで明らかに戦い慣れをしていると思ったが…」
泣き続ける志保に、善は自分のことのように悔しがる。
「それなら…そんなに辛い思いするぐらいならやめろよ!
ジョーカーなんかやめちまえばよかったのに…!!」
「これでもリーダーには恩があるから…
私を利用するために良くしてくれたのかもしれないけど…
私はリーダーに助けられ、心の支えになってくれたことは事実だから…
例えジョーカーが“こんなこと”をしていても、いけないことだと分かっていても…
今の私の家族はジョーカーだから!!」
「家族が…ジョーカー…」
善の頭の中にはそんな考えなど、頭の隅っこにもなかった。
志保にもう親はいない 頼れる親戚もいない
志保にとっての家族は、ジョーカー
例え、どんな人物でも…どんなことをしていても…
大切な人であることは変わることはなかったのだ。
「リーダーの言うとおりに、私は色々なことをしてきたわ…
でも…たった一つだけ…どうしてもできないことがあった…
人の命を奪うこと…
それだけは…それだけはどうしてもできなかった!!」
「!!!
(だから志保は…俺との戦いで手を抜いたのか!!
俺を殺さないように…俺が死なない程度に戦っていたのか)」
「人が死ぬこと…大切な人を失うこと…
それがどれだけ辛いことか…
それを誰よりも知ってるのは、私達リミテッドだから!!」
「志保……」
志保の涙は止まることはなかった。
地べたに寝っ転がって、起きる気力などもうない。
泣くことしか…ただひたすら泣くことしかできなかった。
「ねぇ…橘善…」
「……?」
「殺してよ…私のこと」
「!!!
なっ、何言ってやがる!!」
「いくら人の命を奪うことはしなかったって言っても…
数々の悪事を私は行ってきた…
私なんて生きてる価値なんてない…
生きる資格なんてない!いっそのこと殺してよ…
私なんて死んだ方がいいのよ!!」
「………
あんたが決してできなかった、人の命を奪うと言うこと
それを俺には、やれって言うのか?」
「………」
志保は黙った。
返す言葉が見つからなかった。
そんな志保に善は言った。
「そもそも生きるのに資格なんて必要ないだろ」
「橘善……」
「それに…本当に悪かったと思うなら、反省してるんなら
死んじまったら、その罪は償えねぇ
逃げるな 死ぬことで逃げようとするな」
今まで泣き続けていた志保が、泣くのをやめた。
そして…
「あんたって…ホントに偉そうね
大して歳も変わらないくせにさ…」
志保は、くすりと笑った。
今まで見せることのなかった笑顔。
心の底から笑うことのできなかった志保…
志保を縛りつけていたものが、彼女の笑顔を奪っていた。
その鎖を取り除いたのは紛れもなく…
たった2つしか歳の変わらない、同じ高校生の善だった。
「へっ…なんだよ できるんじゃねぇか!」
「えっ…!?」
「あんたにもそんな顔できるんだな…ってよ!
その笑顔を俺は見たかったんだ
怖ぇ顔してるより、あんたにはそっちの顔の方がよっぽど似合ってるぜ!志保!」
照れくさそうに言う善に、志保は応えた。
「やめてよ…それって口説いてるつもり?
それに…
気安く“志保”なんて呼ばないでよね!この名前は…
私の大切な人がつけてくれた名前なんだから」
「そう…だったな!」
そんな笑顔を見せた志保を後に
善とレトインは静かに志保のまえから去っていった。
どこへ向かうわけでもなく、歩き出した善とレトイン。
そして、志保の姿が見えなくなるやいなや、レトインは善を睨みつけだした。
「!!なんだよ…?」
レトインは善の目の前まで歩み寄り、もの凄い眼差しで善に言った。
「何をやっている…
なぜトドメをささなかった!?なぜ志保を生かした!?」
「………
いけなかったか…?」
「当たり前だ!!いつまたどこで、あいつが襲ってくるか分からんぞ!?」
「だったらまた…叩き潰すだけだ」
「よく言えたもんだ…
志保は手を抜いてたんだろ?
あいつが全力を出していれば、おまえはいとも簡単にやられていたんだぞ!?」
「次来たときも負けやしねぇ!!
そんときには俺だって、今より強くなってる!!
それに…
あんな精神的にやられてた状態なら、あんたでも志保をやろうと思えば、できたんじゃないか!?違うか!?」
「………」
善がそう言うと、レトインは善から目を反らして黙った。
そして少しの沈黙が続いたあと、2人はゆっくりと地べたに座りだした。
そんな静まり返った中、善が口を開く。
「俺…やるよ…」
「……?」
「ジョーカーを倒すって話…
俺、引き受ける
俺にその力があるっつーなら、俺がやってやる」
「!!!
どうした…?あんだけ拒否し続けていたのに…?」
「許せないんだよ ジョーカーの頭が」
ぎゅっと、強く握り拳を作りながら善は言う。
「自分がリミテッドだと知らされて、すげぇショックを受けてる辛いときに…
優しい言葉かけて、いいやつぶって…
そしてそいつを従えたら、まるでオモチャのように…
駒のように都合いいように使うだけ使ってよ…」
「………」
「志保の話を聞いてて俺もゾッとした…
もし、俺がリミテッドだと分かったとき、いたのがあんたじゃなくて、ジョーカーだったとしたら…
俺だってどうなってたか分からねぇ
正直、あんたには…
いや、やっぱなんでもねぇ…」
「……?」
善はレトインに何かを言いかけて、途中で言うのを躊躇ってやめた。
「俺がジョーカーをブッ倒すってことは、決めたんだけどよ…
これだけは俺と約束してくれないか?」
「約束…?」
「あぁ…
目の前にいるやつが、例えどんなやつでも…
例えどんなに悪いやつであろうとも…
俺はそいつを殺さねぇ」
「!!!
そいつが…ジョーカーでもか…?ジョーカーの頭でもか!?」
「あぁ、そうだ
それから…
助けられる命は必ず救う 自分の身に危険が及んでもな
俺の目の前で、死人なんてもんは絶対出させねぇ!!」
この善が持ち出した約束に、レトインは反発した。
「またさっきみたいに、どこぞの誰かも分からぬ、トラックの運転手の時のように
自分の身を投げ出してまで救うと言うのか!?
分からんな…俺には…
そんなことをして、おまえに何のメリットがある?」
「メリットとかデメリットとか、そんな問題じゃねぇんだよ!!
人が死んだら誰かが悲しむ…
そいつのことを大切に思ってるやつらが…
もう辛い思いをするのは、十分なんだよ…
リミテッドだと分かったとき…だけでな
もうこれ以上、辛い思いはしたくねぇんだよ!!」
『そんなこと言ってるけど…でも…
おまえが死んだら…
どれだけの人が悲しむと思ってるんだ…?』
“この時”のレトインには、そんなこと思うわけもなかった…
善は熱い気持ちを更にレトインにぶつけた。
「自分の身を犠牲にしてまで、人の命を助けることは無駄なことだと思うか…?
俺はそうは思わねぇ
どうだったかは分からねぇが、実際のことは分からねぇが…」
善は言葉に詰まった。
「……?」
レトインは辛そうに話す善の言葉をじっと待つ。
「あの火事の日…俺が死んだ時…家中に炎が立ち上がる中…
親父は俺のこと助けようとしてくれたんじゃないか?
例えそれが、助からない命であったとしても…
志保の親父だってそう…
志保が溺れている中、命がけで助けに行ったんじゃないかな…?
目の前の人を助けるのは、決して無駄なことなんかじゃない」
「善……」
「だからレトイン…今言ったこと…
それだけは約束してくれないか?」
「………
分かった」
いつもいがみ合っている、善とレトインの2人が初めて交わした約束。
そして、善の決意。
その2人の新たな出発を祝福するかのような、希望の“光”が差し込んできた。
「朝だ…」
目の前に広がる海から、朝日が立ち昇ってきた。
朝の訪れとともに、覆い尽くしていた“闇”が…
消えた。
第10話 “決意” 完




