鰯雲
屋上に立つ僕は、空を見上げた。空高くで鰯が泳いでいる。
その空は夕日が綺麗で、絵は苦手だけれど、絵日記にでも描きたいと思うほど、僕は美しいと思い、何も考えず眺めた。
しかし、どこか寂しい。
風が横切り、木々を揺らす。カサカサと音がなる。
下校時刻のチャイムがなる。同級生たちが声を上げて笑っている。
君は、この声が、聞こえているか?
心の中でそうつぶやいた。けれど、返事はなく鰯の群れにかき消された。僕は、かばんをぐいと持ち上げ、帰り道をゆっくりと歩いた。携帯にメールのマークが付いていると期待した。けれど、それは夢の中でしかなかった。会いたいのに、話したいことがあるのに、君には話せない。そんな気持ちに駆られ、僕はひたすら歩いた。
次の日の国語の時間、僕は授業で俳句を書かなくてはならなかった。数日後、クラスで俳句を評価し合い、一番良い評価の俳句を選出するためだった。季節は秋。僕は思い浮かばないわけではなかった。
「兎追い 月光に舞う 赤子の手」
クラスの中で、この俳句はなかなかのものだろうと我ながらに思った。けれど、僕は満足できなかった。これで、選出されてもなにか心に靄がかかるであろう。僕はそう思い消しゴムで消した。
そして、考えだしたのは、やっぱり大切な人に届けたい俳句だったんだ。
「空高く 泳ぐいわしへ また明日」
その俳句は、クラスで3位、選出されることはなかった。
けれど、僕はそれでも満足だった。この俳句は大切な人を思う僕の気持ちでしかなかったのだ。僕の俳句には
「鰯雲は青空で朝のイメージなのに、また明日は夕方のイメージがする」
と評価があった。
確かにそうだ。けれど、僕はこの俳句のまま、大切な人に伝えたい。
この俳句の意味、それは
昨日、オレンジに染まった空に浮かぶ鰯雲を見た。美しかった。けれど、僕はひとりだったから、どこか寂しかったんだ。僕は明日、僕の大切な人が隣りにいると信じている。
だから、いわしよ、どうか明日もこの美しい空を泳いでくれないか。
僕は、大切な人と、その美しい空が見たいんだ。