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料理ときどき乙女模様

 微睡むように、蕩けるように。

 薫じられた芳香が辺りを包み、思い思いに並べ飾られた品々はその香りを目一杯に吸い込んでいる。

 内外を隔たる扉から内へ至ること最奥。

 バーを思わせる対面式のカウンターには四人掛けに並んで三人。

 挟んで向かいには笑乃が、ゆったりとした動作で四つ並べたティーカップに白茶色のポットから金色を溢れ出させる。

 少しずつ、均一に注ぎ終えると、

「それで、今日はどうだったのかしら」

 声をかけつつカップを渡していく。

「自習ばっかりだった!」

「わたしも!」

 すると笑乃は苦笑して、

「・・・あなた達、笑乃さんはそういう事聞いてる訳じゃないの知ってるでしょう」

 差し込まれた妃の言葉にコクリと頷く。

「えー、だって今日の微妙だったし」

「うー、わたしも・・・」

 渋い顔をする二人を見て、

「唯理はともかく、千華ちゃんもよくなかったの?」

「おかあさん、ともかくはひどいよー」

「ふふっ。・・・それで、どうだったの?」

「うーん、、、点数はそれほど悪くなかったんだけど、目標値にはまだ届いてないなぁって」

 片肘をつきながら、受け取ったカップの縁を指で撫でる。

「あら、源一さんは言わないから静音ちゃんかしら」

「そう、お姉ちゃんと」

「・・・クリアしたらシフト増やしてもらえるのよね」

「あら、それじゃ頑張らないとね」

 カウンター内で椅子に座ってカップを手に取り、薫じられた香りを楽しむように目を瞑る。

「それで、妃ちゃんは?」

 静かに口元へ傾けていたカップを机に置くと、

「・・・勉強した分くらいは、まぁ」

「そう。よく頑張ったわね」

 まっすぐに微笑む笑乃に、小さくはにかむ。

 するとカップを柔らかく両手で持った千華が、

「ぶーぶー。勉強量なら同じくらいだもん。不公平だー」

 大きく煌びやかにさえ見える瞳を細めつつ、持ったカップの縁に口づけて、

「・・・あなた勉強してないじゃない」

 ぶふっと吹き出しそうになる。

「えほっ、えほっ!・・・ちょっと妃。それは無いでしょう」

 妃は目を瞑り、薫りを辿るようにカップを持ち上げて口元へ添えると、

「・・・だってあなた、お酒の勉強しかしてないじゃない」

 そう言って小さく縁に口づける。

「うぐっ」

 苦い顔をして、

「そ、そんなことないもん・・・」

 弱々しい言葉を紡ぐが、

「・・・あるでしょう。一日中お酒の雑誌ばかり。・・・むしろそれでよくその点数取れてるわね」

 畳みかける妃の言葉に二の句が継げずに、小さく頬を膨らませながら押し黙ってしまう。

「あわわ・・・ち、千華ちゃんも頑張ったもんね!」

 わたわたと唯理が取り繕うが、

『・・・・・・』

 冷静に、片や憮然と。

 静かに火花を散らす二つの沈黙に焦燥の行き場を失い、唯理も黙ってしまう。

 誰の言葉も無く過ぎる時刻。

 それぞれのカップが口元とテーブルを行き来する音だけが響く。

 言葉の往来では剣呑な状況にありながら、しかし一人は嬉しそうに微笑んでいる。

 それを見咎めるように、

「ちょっとお母さん!なんかフォローしてよー」

 而して泣きつくような唯理の言葉に、

「ふふっ」

 含み笑った笑乃はゆっくりと立ち上がり、

「いいじゃない、こういうのも。青春ねぇ」

 懐かしむように呟き、後ろを向いて冷蔵庫に手をかける。

「さて、と。折角買ってきてくれた事だし、お昼ご飯にしましょう。・・・いいわね、三人とも?」

 不穏な空気を引きずりながらも、三者三様に頷く。

「それじゃお肉焼いちゃうから、唯理手伝いなさい。千華ちゃんと妃ちゃんはサラダ作ってちょうだいね」

「はーい」

 返事は一つ。

 しかし笑乃とカウンター越しにいた三人は同時に席を立ち、奥へと向かう。

 入室時に少女達が持っていた袋から食材を冷蔵庫にしまっていた笑乃は、手際良く調理台に食材を出していく。

「・・・あら?これお魚ね」

「あっ!」

 弾けるように声をあげた千華は、

「そうなんです笑乃さん!それカサゴです!今が旬でお店の方曰く、脂がのって美味しいって!」

「あら、そうなのー?それじゃ美味しく食べなくちゃねー」

 流れるような手つきでカサゴを取り出し、まな板に乗せて調理台の下をのぞき込みながら、

「唯理、お湯沸かしてちょうだい」

「うん」

 そして包丁と大ぶりな鋏を取り出す。

 躊躇なくカサゴを包んでいたラップを外すと、シンクで勢い良く出ている水で洗い流していく。

 その様子を興味深そうに眺める少女が約一名。

「・・・・・・」

「・・・ちょっと千華。手を動かして」

「あぁ、はいはい」

 壁側、大きな棚から白い平皿を出して、

「・・・五枚よ」

「え、四人だよね?」

「・・・月理もくるでしょう」

「えー月理友達とご飯食べてくるよ、きっと」

「・・・いいから、五枚」

「はいはい」

 一枚追加した五枚を、包丁を素早く動かしている妃の横、同化しそうな程に白い色合いが似通った調理台に置く。

「ほえー。いつ見ても妃ちゃんの包丁捌きはすごいねぇ」

 ぽつぽつと気泡の湧いてきた鍋の前から、唯理が感嘆の声をあげる。

「・・・別に。唯理ちゃんもすぐに出来るわ」

「うーん、わたしにはまだちょっと難しいかなぁ」

「だよねぇ、難しいよねぇ」

「・・・あなたはすぐにマスターなさい」

「あれぇ!?私は強制!?」

「・・・当然でしょう。おうちでは静音さんに任せっきりなんでしょう」

「うぐっ」

 切り終えたパプリカを大きなボウルに入れ、脇に置いてあったルッコラを千華へ軽く押し当てる。

 不承不承といった感じで受け取った千華は、袋から取り出して適当な大きさに千切りながらボウルに入れていく。

 数歩移動して冷蔵庫の前に立った妃は、

「・・・笑乃さん。サラダに何か足してもいいですか?」

「いいわよー。確か紫玉葱とトマトがあったと思うから、使っちゃってちょうだい」

 コクリと頷き、冷蔵庫を開く。

「お母さん、お湯沸いたよー」

「はいはい、丁度下準備も終わったわ。唯理、これにお湯かけてから、鍋にいれちゃって」

 返事を待たず後ろを振り向き、冷蔵庫を物色している妃に並ぶと、

「玉葱は下の野菜室よ。トマトは、そうそれ」

 自身は小さな引き出しを引っ張り、パックに入った薄切りの肉を取り出す。

「あら、これもう下味ついてるのね」

「うん。ちょっと横着しちゃったー」

「じゃあもう焼いちゃいましょう」

 調理台の下から面積の広い浅型のフライパンを取り出し、ガスを点ける。

「お母さん、お魚さん鍋にいれたよー」

「そしたらそこの調味料、全部入れちゃって、火を点けて」

 言われた通りに動く唯理。

 ルッコラを千切り終えた千華は、

「妃ー。何かする?」

「・・・いいわ、すぐ終わるから。それより食事の体裁整えてくれないかしら」

「おっけー」

 調理している側から抜けるように歩き、途中自立型の物干しラックに掛かっている正方形のランチョンマットを四枚取る。

 そして先程まで座っていた席に、空いていた一席も含めてマットを敷き、各席に備え付けられた薄型の引き出しからナイフとフォークと箸を取り出して並べていく。

「あ、そだ」

「ん、なあに?」

 気づきの声をあげる唯理に、笑乃が答える。

「お魚さん三匹しかいないけど、どうやって分けようか?」

「そうねー・・・結構大ぶりだから、二人で一匹でいいんじゃないかしら」

「そしたら一匹余らない?」

「大丈夫!」

 重ねる質問に千華が答える。

「それはね・・・」

 と、カランと鐘の音が響き、奥へと向かってくる人影。

 小さくほくそ笑んだ千華は、その人影が展示された品々の隙間を縫って現れたのを見計らい、言い放つ。

「この大食漢に任せましょう!」

「・・・開口一番何なんだよ」

 カウンターの四席から誰も座っていなかった席にまっすぐ向かうと、

「・・・おかえりなさい、月理」

「あぁ、ただいま」

 カウンターを挟んで向かいまで移動した妃は、

「・・・はい」

 小さくくるくるとまとめられたおしぼりを手渡す。

「さんきゅ」

「・・・飲み物は麦茶でいいかしら」

「うん」

 すぐに手元のお茶を差し出す。

 受け取った月理はくいっと一口飲み込むと、

「・・・ふぅ。・・・ん、なんだ?」

 人数が揃っていながら妙に静かな周りの空気に思わず呟き、すぐ脇にいた千華を見やる。

 千華は別段表情を変えることなく、ナイフとフォークと箸を並べる作業を続けながら、

「べっつにー。おかえりなさいませ、ご主人様ー」

 目線を合わせず、軽い調子で言葉を発する。

「ごしゅじんさま?なんだそりゃ。・・・おい唯理。なんで笑ってんだ」

 横を見やると唯理が口に手を当てて笑いを堪えている。

「えー、だっておにいちゃん、千華ちゃんが言った通りなんだもん」

「意味がわからん」

 笑い続ける妹に憮然とする兄。

 と、

「こーら、月理。実の母への挨拶は無しなの?」

 優しく見咎める笑乃が、

「その上妃ちゃんを給仕さん扱いしちゃってもぅ・・・お母さん恥ずかしいわ」

 ぷりぷりと怒っている口振りを見せながら、熱したフライパンにたれの絡んだ薄切りの肉を投入してゆく。 

「いや、それは・・・うーん」

 返答に窮する月理は視線を上げて妃を見る。

 すかさず、

「・・・丁度来るかなと思って準備してただけだから。気にしないで」

 淡々とフォローを入れる妃に、

「いや普通準備しないし」

 千華が言葉で応じる。

「ま、いいわ。そろそろお肉も焼けるから、月理、手洗ってらっしゃい」

 切り替えるように笑乃が声をかける。

「ん」

 腰をあげると、

「ちょっと、家に荷物置いてくる」

 椅子にかけていた鞄を手に持つと、出入り口に向かって歩き出す。

「・・・待って」

 声をあげながらカウンター奥から歩いてくる妃に、月理は足を止めて待つ。

「荷物置いてくるだけだぞ?」

「・・・のの、様子見るんでしょう?私も行くわ」

「あれ、妃ー。サラダまだ作りかけだよ?」

「・・・もう終わったわ」

「早っ!・・・じゃあ取り分けは適当にやっておくね」

「・・・よろしく」

 並びかけた妃と足を揃えるように、二人は出入り口へと向かってゆく。

 すぐにカランと鈴の音が鳴り、ガラス越しに二人が隣の住宅へ向かう姿を見ながら、

「はー。あれが阿吽の呼吸ってやつなのかなぁ」

 感嘆するように唯理が声をあげる。

 すると食事の体裁を整え終わった千華は苦笑しながら、

「あれは特別だよー。月理のしそうな事、大体先回りしてるもの」

「へぇー。妃ちゃんすごいねぇ」

「あら、それなら千華ちゃんだって一緒よ」

 平皿に焼いた肉を並べながら笑乃が合いの手を入れる。

「へ?私もですか?」

 カウンター奥へ向かっていた千華は、吃驚したように足を止める。

「そうよ。あなた達三人は、ね」

 言葉を切ると、

「唯理ー。お肉みんなに配っちゃってねー。お母さんはカサゴをやっつけるわ」

 むん、と腕まくりをする笑乃。

「はーい。・・・千華ちゃん?」

 足を止めたままの千華に唯理が声をかけ、

「えっ?・・・あぁそっか盛りつけしなきゃ」

 あたふたと動き始める。

「千華ちゃん千華ちゃん」

「ん?なんですか?」

「カサゴなんだけど、わたしと唯理、千華ちゃんと妃ちゃんで分ければいいわよね?」

「あ、はい、それで大丈夫ですー」

「うんうん。・・・それじゃ唯理、わたし達のはこれだから、綺麗に切り分けといてね」

「えぇー。お母さんやってよー」

 深鍋からカサゴを取り出している笑乃の脇でぶーぶーと文句の唯理。

「だーめ。なんでもやってもらってたら何も上達しないでしょう。・・・はい、これ」

 取り分けたカサゴの乗った平皿を唯理に手渡す。

「むー。お魚さん、ぼろぼろになっちゃうよー」

「いいのよ最初は。そうやって覚えていきなさい」

 それ以上の文句は無く、調理台脇のスペースにお皿を置いた唯理は、引き出しから菜箸を取り出すとカサゴとにらめっこを始める。

「はい、こっちは千華ちゃん達の分よー」

「あ、はーい」

 受け取って、再びカウンター奥から魚の乗った皿を持って椅子のところまでやってくる。

 皿を置き、一思案すると、

「・・・笑乃さん」

「んー、なあに?」

「あの、ふわり君見てきてもいいですか?」

「あら大歓迎よー。おやつはいつものところにあるから、適当にあげてあげてね」

「はい。すぐ戻ります」

 踵を返すと、真っ直ぐ出入り口へと向かう。

 やがて鐘の音が響き、ガラス越しに流れていく千華の姿。

「ねー、お母さん」

 眉をひそめながら菜箸で魚をつつく唯理が声をあげる。

「んー?」

 最後の一匹を鍋から取り出し、皿に盛りつけながら返事をする。

「千華ちゃん、ふわりとそんな仲良しだっけ?」

 ぽろぽろと解れていく魚肉を少しずつ取り分けながら質問をすると、

「んー、そうねぇ」

 魚影のなくなった鍋に、いつの間にか取り出したキューブ状の固形物を投入して、

「結局ね、仲良しなのよ。三人は」

 ぐるりとかき混ぜながら、視点は遠くを見つめている。

「三人?うーん、よくわからないなぁ」

 ハテナを浮かべる唯理に、

「ふふっ。しばらくすればあなたにもわかるわ」

 母の顔で柔らかく微笑む笑乃。

「よしっ、出来た!ちょっとボロボロだけど・・・」

 取り分けた魚の解し身を、笑乃へ差し出す。

「あら、随分食べやすくしてくれたのね」

「なっちゃったんだよー。難しいよー」

 受け取って、カウンター内の調理で使用していない箇所へ静かに置く。

 もう一皿を持ってカウンター裏から出ていく唯理は、先程まで座っていた席まで行き、

「じゃあ、そうしたらさ」

 お皿を置き、

「お母さんはわかったの?仲良しでいるってこと」

 漠然と、しかしはっきりとした口調で尋ねる。

 調理台のすぐ脇、折り畳まれた椅子を取り出して広げるとゆっくりとしいた動作で座り、

「・・・そうね」

 両肘をつき、合わせた両手に顔を乗せると、

「わかったような、わからなかったような・・・そんな感じかしら」

「えー」

 カウンター越しの対面、唯理は椅子に座って身体を前に乗り出すと、

「お母さんもわかってないの?」

 非難するようでいて問いかけるような言葉に、笑乃は目を瞑り、

「・・・そう、わたしもまだわかっていないのよ、きっと。だから・・・」

 言葉は優しく濁り、次の言葉は発せられない。

「だから?」

 反芻する娘にそれ以上の言葉は告げず、そこに追う言葉も無く。

 ただ温かな昼餉の薫りが辺りに立ちこめていた。

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