王子様は公爵令嬢の瞳を独占したい
ご覧いただきありがとうございます。
前のお話の続きなので、出来ましたら転生者は悪役令嬢を回避したいからご覧いただければと思います。
「あの、アシュレイド様。あの、ちょっとちか」
「何か言った、リディ?」
俺がより近づき、耳元で吐息を吹きかける様に呟くとリディは顔を真っ赤にして俯いた。
「…別に、なんでもございませんわ」
リディはかわいーなー。
今日は平民学校の視察に二人で向かっている。
馬車の中でぐらい、ちょっといちゃいちゃしても許されるだろ?
リディは俺の婚約者だ。
俺、エスティオール王国第一王子であるアシュレイド・トゥ・ナ・エスティオールは、フォリーティナヴィ公爵令嬢のリディア・フィラ・フォリーティナヴィと婚約している。
俺が、リディの、婚約者だ!
大事な事だから三回言ったんだぞ?
一回で覚えろよ?
最近なんだか煩い小蝿みたいな女が俺の周りをちゃらちゃらしていたが、この間俺の大切なリディに変な言いがかりをつけてきたから、ちょっと、いや、がっつり睨んでおいた。少々大人気なかったかと反省している。
リディのとりなしもあったので、特に処分はしなかったのだが俺に全くまとわりつかない様になった。
リディとの時間がゆっくりとれていい事だ。
俺のリディはやたらと恥ずかしがりで、すごい努力家で、改革的な貴族で、稀代の女優でもある。
ついた二つ名は暁の天使、銀河の歌姫、慈愛の紅薔薇、叡智の女神、最後に『棘殿下の小鳥姫』だ。
解せぬ。
棘殿下って俺な?
うちの国の古いおとぎ話にある、悪い魔女が美しい声で鳴く金の小鳥を棘の檻で捕まえたって件から取られたらしい。
まあ、捕まえたって言えば捕まえたんだろうし、逃がす気なんてさらさらないから、むしろ周りに対して牽制になって良いかもしれない気がしないでもないが、でもな、おとぎ話なら他にもあんだろ?
例えば、龍に連れ去られた姫を助ける勇者の話とか、閉じ込められていた姫の呪いを解いて助けだす王子の話とかさ。
棘って、檻って、仮にも王子に対して酷くないか?
リディの二つ名は他もどうかと思うけどな。
ピンクの髪と瞳の美少女で暁の天使とか、孤児院で歌う子守唄がきらめく星みたいだから銀河の歌姫とか、病院の手伝いを白衣で献身的に行ったから慈愛の紅薔薇とか、王都民学校の設立や大きくなった孤児の受け皿としての全く新しい業種の起業から叡智の女神とか。
ピンクで暁とか、白衣で紅薔薇とかうちの国民は総じて色彩感覚がおかしい。
特に銀河の歌姫はなんか不安を感じる。
なんでだろう?
とりあえずリディは俺の婚約者で、民にも認められる素晴らしい公爵令嬢だ。
そして俺はリディが目指す国を一緒に作るために、この国の王子に生まれたんだと本気で思ってる。
運命だと思う、と母上に話したら気持ち悪いって言われたからそれ以来誰にもいってないけどな。気にして…るに決まってるだろ。母上子供相手に酷すぎる。
いいんだ、きっと運命とは本人にしか理解できないものなんだろう。多分。
リディがいくら素晴らしくても所詮は公爵令嬢。
しかもリディが国のために動き出したのは確か七つぐらいの時だ。リディもその頃は全くなんの権力も権限も持たないただの貴族の子供だった。
だから俺はリディが望む事ができる様、元々候補だったので正式に婚約者にしてもらい、未来の王族の立場を与えある程度の活動ができる様に手配した。
といっても当時九つの俺にも大した権限など無かった。が、血筋だけはトップクラスだ。せっかくの血筋を有効に活用するため、俺は母上に頭を下げて信頼できる文官を貸してもらった。
その文官は俺やリディから根気よく話を聞いて、サクッと王都民学校と病院を作った。
びっくりの手際だった。
リディが起こした事業も王族の権限で模倣した商売を禁止して、市場を独占できる様にした。
これはちょっと文官と揉めたけど孤児の受け皿にと言うリディの尊い志があった為認められた。
そしてそれらはリディの手柄だと、民に広く知らしめた。実は俺が広めた。
そして今では俺の思惑通り、未来の王妃はリディしか考えられないと言われるようになった。
作戦通り、あとは俺が王におさまればリディが娶れるわけだ。
俺はリディに負けない様に頑張った。
リディの興味は国内、いわゆる内政や商業に向いていたので、俺は外交と国防面に特化して勉強した。
国内外の歴史や政治について学び、語学も4か国語を習得。剣術、武術、魔術、軍事学も一通りおさめた。
割と出来はいい方、だと思う。
「なぁ、ジェバンニ。俺は王に、リディの隣に立つに相応しい存在になれてるかな?」
「今のところは、まあ、合格範囲なんじゃないですか?」
ジェバンニは母上がつけてくれた文官だ。
名前からすでに一晩でなんでもこなしそうな有能さが伺われる。
今のところはとは…耳が痛い話だ。
まあ、王子として行っていた事など国から見れば子供の手伝いの様なもの、王となれば自ずと求められる事は増える。
国を、国民を、背負うのだ。
覚悟はできているが、まだ、それに見合う力を手に入れられたとは思えなかった。
もっと、知識も力もいる。リディに負けないくらいに。
リディは昔、幼い頃見知らぬ男に刃物で刺されそうになって以来刃物を怖れる様になり、触れることはおろか視界に入れるだけでも怯える様になった。
その後リディは食事用のナイフに限り使える様になったが、それをなし得るまでのリディの様子は思わず目を背けたくなるほどだった。
当時子供であった自分よりも、まだ幼いリディが真っ青な顔色で涙をこぼしながら震える小さな手でナイフを掴む。
きつく握りしめられた拳や噛み締められた唇からは血の気が引き、真っ白に見えるほどだった。
手の震えでナイフを取り落としても、痛ましそうな顔で代わりを差し出すメイドに感謝を伝え、繰り返し、繰り返し訓練を行っていた。
俺はそんなリディをずっと見ていた。
それが義務だと思ったし、俺なりの謝罪だった。
昔リディが拐かされそうになったのではない。
実際は俺が拐かされそうになったのだ。
俺たちの婚約がまだ本決まりではない頃、俺は複数の妃候補との顔合わせを繰り返していた。
リディはそのうちの一人で、その時の俺にとっては、まだリディも他の面倒くさくて喧しい令嬢達となんら変わらない存在だった。
繰り返される顔合わせに嫌気がさし、当時若干の反抗期でもあり不貞腐れていた俺の気分転換に、だったのかも知れないが、俺とリディの顔合わせは珍しくフォリーティナヴィ公爵家で執り行われた。
俺は久しぶりの王宮の外に浮かれていた。
大人達の前でこそ王子様然とした態度を崩さなかったが、二人で庭をちょっと散歩しておいでと目を離されたのを幸いにリディなど放っておいて、フォリーティナヴィ邸の庭園の探索に夢中になった。
リディは顔を真っ赤にし、必死に走って付いてきていたが正直俺は鬱陶しく思い、どんどん速度を上げていった。
途中見つけた猫を追っていたら、たまたま壁に空いた小さな穴を見つけた。
子供がやっと通れるくらいの小さな穴。
猫は穴から外に出て行ってしまった。
俺はすこし躊躇したが、好奇心に負けて穴から外に這い出ようとした。
後ろでリディが叫び、大人が駆け寄ってくる気配がする。
余計なことをと舌打ちをしたい気分だったが、外にでてしまえば、この小さな穴を通り抜けれない大人達は俺を追ってはこれない。
あとで叱られるであろうとわかっていても、それすらも俺はなんだか楽しく感じられたから、そのまま穴から外に急いで這い出した。
大人達が騒いでいる声は無視して、服についた埃を払い身なりを整えていると、不意に目の前に一人の男が現れた。
ああ、もう冒険は終わりなのか、とがっかりしていると、その男は俺に襲いかかってきた。
かろうじて俺がそれを避けた時、俺が出てきた穴からリディが転がりだしてきた。
あからさまな敵に対し、リディはただ闇雲に突進していった。
無論直ぐに取り押さえられたが、そこで初めてリディは俺を見つめて…なんとも言い難い表情をした。
ちなみに後にリディに聞いた所「それはドヤ顔と言うのです。殿下」と例の表情を見せた。
最近なんだかアレを見るとイラっとする。
そしてリディはきっぱりと言い切った。
「殿下、屋敷にお戻りください」
例え幼女一人であろうと、全体重を掛けしがみつかれれば動きが鈍る。
屋敷に戻る穴はすぐそこ。
リディを見捨てれば俺の命は助かる。
一瞬の迷い。
男はそれを見てとるとすぐさまリディを排除すべく、ナイフを振りかざした。
リディがくる痛みに対して耐えようとするかの様にきつく瞳を閉じる。
俺は叫んで割り込みたい気持ちと、今すぐ逃げ出したい気持ちと、浅はかな自分に対する後悔と、自分が引き起こした事の罪の意識と、何よりも今この場をどうにかしたい、どうにかしなければという思いで、身体は縄で縛られた様に雁字搦めになり、声すらも絞り出せなかった。
なぜか視線は反らせず、ただ俺は目を見開き立ち尽くしていた。
まるで時間が止まったようだった。
そこに見知った背中が割り込み、男の腕を切り飛ばした。
俺の警護担当の近衛騎士だ。
男は他にも駆けつけた者を見てとると、逃げに転じた。
およそ半数の者がそれを追い、残る半数の者に俺もリディもすぐに囲まれ、それぞれ別々に隔離される様に保護された。
俺は申し訳なさでいっぱいだった。
家臣たちにも、フォリーティナヴィ公爵家にも、何よりもリディに。
リディは犯人の血を全身に被りカタカタと音がしそうなほど震えていた。
自分よりも二つも年下の女の子を危険な目に合わせてしまった事実、しかもそれは俺を守るためだったことは明白でこの事件は俺の深い傷になった。
隔離されたままリディと話しが出来ずに、暫くが過ぎた。そうしたらどうにも話がおかしなことになっていってしまった。
今回の件は俺とリディが一緒にフォリーティナヴィ邸の庭で遊んでいる時、たまたま壁の穴から小柄な男が忍び込み、リディがさらわれそうになったが犯人は撃退され、そのまま逃亡。金目当ての物取り、もしくは盗賊によるもの、とされたのだ。
俺は俺が悪くないという風になっている噂に幾分かほっとし、しかしそんな自分の思考に嫌悪感を覚え、決死の覚悟で父王に真実を告げた。
自分が一人で抜け出したこと、犯人は最初から俺を狙ってきたこと、リディは俺をかばうために外に出たこと、犯人はリディをかどわかすのではなく殺そうとしたこと。
あと、俺のことは生け捕りにしようとしていた様だったこと。
犯人はリディが邪魔になり、はじめてナイフを取り出し、そして殺すことにためらいもなかった。対して俺のことは素手で捕まえようとしていた。
それらのことからリディは完全なるとばっちりで、何ら非がなく、むしろ俺一人が悪いと訴えた。
正しいことをきちんと行えたという高揚感と、自分がこれから受けるであろ断罪に対する恐れで、俺がまたしても固まっていると、父王はわずかに頷き「知っている」と答えた。
父王がそのあと話したことに俺は更に打ちのめされた。
実はあの犯人は捕まっており、現在キナ臭いと言われる隣国の間諜であったことが判明。
隣国の間諜が第一王子をかどわかそうとしたなど公になれば、現在の状況では即開戦もありえる。
また、王子が一人で脱走し事件に巻き込まれるなど外聞が悪く、こんな些細なことであっても第一王子失脚を狙うものには付け入る隙になってしまう。
であれば、あれは物取りの犯行とし、また二人はただ庭で遊んでいただけで、そこに犯人が忍び込んで来た、でいいではないか?
と、フォリーティナヴィ公爵令嬢から提案された、と父王は言った。
もちろん父王はそれではフォリーティナヴィ邸の警備の甘さが問題視されてしまう、と反対したそうだがリディは微笑むと例の表情で「貸し一つ、でございます」そして、もちろん父も了承しているのでご心配なく、と告げたらしい。
父王はそれに対し「何とも形容しがたい表情だった。あと、しゃべっているのが本当に五つの子供かと疑ったが、逆に『菓子一つ』と五つの子供らしい願いだったのではないか、と悩んだりもした。とゆうか今も正直悩んでる」と素直に告白してきた。
また、犯人が隣国の間諜であったことはまだ一部のものしか知らない事実だ。リディが言うとうり、噂が流れている程度であっても緊迫した両国間の関係は悪くなりかねない。どこで聞いたのかと父王がたずねたところ「男の様子から隣国のものだとは大体想像はついていた」と答えたそうだ。振りかざしたナイフの作り、服の素材や織り、ナイフの鞘などの革製品の細工、全てが隣国で多く使われているものだった。王子の顔を知っていて狙ってくるならばある程度の情報が得られる組織に所属していることが考えられる。しかし、公爵令嬢たる自分は連れて行こうとしなかったことから金目当てではない。百年あまり戦争を起こしていないこの国の王族が国外の組織から個人的な恨み、で狙われる可能性は少ない。他に考えられるのは政治的な組織。政治的な隣国の組織に所属するものとなれば隣国の間諜である可能性が高い、と告げるとリディはハッとした様に口を押さえてもごもごしだしたそうだ。
その様子は大変可愛らしかったと父王は力説した。
俺が気がついたのは犯人の狙いは俺だった、ということだけ。
本当に、何一つ俺はあの五つの女の子にかなわないと悲しくなったが、でもそれでも、彼女は俺が生涯守らなければと、心に決めていた。
なぜならあの時の様に、リディが恐怖に震えることなど二度とあってはならないからだ。
彼女は全身で俺を守ってくれた。
次は、俺がリディにそれをかえす番だと思う。
俺よりも随分と先に行っているリディを守るなど、おこがましいことかもしれないし、難しいことだと思うけど、それでも、そう、決めたのだ。
もう自分でリディを助けられず、他の誰かが助けて悔しい思いをするのはいやだ。他の誰かではなく、次は俺がリディを守る。
一生俺が守るんだ。
なんのことはない、俺の初恋だった。
俺はそれから一人称を私に改め、なんでもがむしゃらにがんばった。
勉強もサボらず、剣術や魔術も全力で取り組んだ。
フォリーティナヴィ公爵に誠心誠意謝罪し、父王にお願いして異例ではあったが早々にリディ以外の候補を廃し、事実上婚約者に確定させもした。
もちろん、リディの元にも足繁く通った。
リディは話してみると子供らしいところも、女の子らしいところも沢山あった。
俺がお土産を持っていけば花より菓子を喜び、レディ扱いしてみれば真っ赤になりどもり出す。
もちろん俺よりも優れる部分も沢山あり、二人で話していると越えるべき壁の高さにため息が出ることもあったけど、リディが頑張っているから、俺も頑張れた。
平民学校の視察では、校長が要らぬ気遣いで全校集会を開いてしまった。
校歌斉唱時、校長に「是非校歌を作ってくださった先生に伴奏を」と請われ、お供について来ていたジェバンニが渋々引き受けていた。
学校の開設時、細かな部分は全部ジェバンニが取り決めたのだが、校歌までジェバンニがつくってるとは思わなかった。
ジェバンニってピアノも弾けるんだな。
なんでも出来すぎてウケるな、あいつ。
不機嫌そうにピアノを弾くジェバンニを見ていると笑いが込み上げてきたが、そこは俺も王族なので神妙な顔で校歌をきいておいた。ちなみにリディの歌声は素晴らしかった。
まぁ、あとは俺から一言って言われたんだがリディがつくった学校だぞなんだから、リディないがしろにしたらダメだろと、王室風に柔らかく回りくどく校長に伝えると、リディが青くなった校長を哀れんだのか「最後には殿下からも一言いただけますか」って言うから笑顔で頷いた。リディと一緒なら喜んで。
校長はすぐさまニコニコしだした。ムカつく。
平民学校のホールに、リディの凜とした声が響き渡る。
そろそろリディのスピーチも終わりそうだな。
リディは大勢の人の前で話す時、ゆっくりと視線を左右に振りながら一人一人を見つめるように話す。
こんなことされたら目があった奴はリディを好きになってしまうと思うんだが、リディに目を閉じさせるわけにもいかないし。目を閉じてたらそれはそれでキスを待ってるみたいで、やっぱりそんなリディ見たら好きなってしまうと思う。だめだ、いっそのことリディを隠してしまいたくなる。
俺が王になった暁には男はリディを見るの禁止と言う法をつくってはどうだろう?
「…我がエスティオールの未来を、皆様と共に、造っていければと、願っております。皆様の努力と献身に、心より感謝します。ありがとうございます」
拍手が起きる。おっと俺の番か。
下がろうとするリディの腰を引き寄せる。
リディは困惑したような表情だが俺の手を振り払ったりはしない。どうだお前ら。羨ましいだろ?
リディの腰を抱き寄せたまま、俺はスピーチを始めた。とりあえず教科書通りに。最後はもちろん、
「…私と、そして婚約者であるフォリーティナヴィー公爵令嬢との二人で、生涯この国を守るため、国民の生活をより良くするために力を尽くし続けると誓う。皆も私達二人と共に、より良い国を目指し協力欲しい。以上だ。」
リディが隣にいるんだから俺は頑張るんだぞ。
もう二人の将来誓っちゃうからな。
リディは俺のだぞ。お前ら好きになるなよ?
うわ、ジェバンニがすごい顔で拍手してる。
…これは母様に告げ口されるな。なんで母様とジェバンニは俺をいじめる時あんなに仲がいいんだ。
リディは俺が言外に含めた意味もきっちり拾ったようだが、ほとんど顔色も変えず公爵令嬢の顔を崩さなかった。
やっぱり人前のリディはすごいな。
実際俺より王族らしいんじゃないだろうか?
馬車の中みたいに二人っきりなら真っ赤になってると思うんだけどなぁ。
そんなかわいい所もあるリディだけど、俺は今でもまだ、追いつけたとは思っていない。
だからこそ、俺はリディから一生目が離せない。
いつの日か、リディにも俺から一生目が離せなくなって欲しいと、そう思う。
俺は、いや、私は、未だ公爵令嬢の瞳を独占できない。
あーリディかわいーなこんちくしょう。
いつか絶対俺のことしか見えなくしてやるからな。
とりあえず帰りの馬車は覚悟しとけ。